第50話 アルスマグナと世界の秘密

 闘技場でピンチのアレックスさん。なんとか助けるために時間を稼ぎましょう。


「カズマ、これを使え」


 クレスさんが投げたのは、聖者レイとの戦いで、カズマが使っていた装備。


「サンキュー。こいつなら……いけるかもしれんな」


「武器を変えたところで、使い手が未熟では無意味だ」


「やってみなくちゃ……わからねえさ!!」


 カズマの姿が消え、カラドボルグの背後から急襲する。

 以前よりスピードアップしたカズマの一撃は、敵を振り向かせることもできずに打ち払われた。


「なにっ!?」


「遅い」


 カズマに無数の雷光が突き刺さる。その衝撃は舞台の壁まで吹き飛ばされるほど。


「うあああぁぁぁ!?」


「攻撃の瞬間が見えない……どう戦えってんだ」


「まだ息があるか……簡単には死ねんと思え。煌く輪舞スパークル・ロンド


 蛇のようにうねる電撃の帯がカズマを襲う。


「ゥオラアァァ!!」


 逃げることをやめ、刃に魔力を込めて切り落とす作戦に出たカズマ。


「切り落とせない速度じゃねえ! このままいく!」


「まだ遅い」


 一瞬でカズマの首を掴み、片腕で軽々と持ち上げてしまう。


「直に当ててやろう。煌く稲妻スパークル・ライトニング!!」


 カズマが光の柱に飲み込まれる。電気の迸る輝く柱は目を開けていられないほどだ。


「うおあああぁぁぁぁぁ!!」


「カズマ!?」


「これだけの攻撃を受けてなお死なぬか。興味が湧いたぞ。伝説と謳われた魔剣の雷撃……容易く耐え切れるものではない」


「そうかい……ならお前を倒せば俺も伝説になるな……ゥオラアアア!!」


 カズマの刃がカラドボルグの胸に突き刺さる。

 あれはアレックスさんが開けた穴。


「流石に俺を掴んだままじゃ避けられねえだろ」


「一端の戦士と認めよう。だが……それでも足りん。我が闘争心は満たされぬ」


 手を離され、崩れ落ちかけたカズマのお腹に、強烈な蹴りが入る。


「げはあぁ!?」


「カズマ! 聞こえる?」


 さっきまでの戦闘は早すぎて、私が告白してもカズマの耳には届かない。

 二人が止まった今がチャンス。


「ああ、どうした? アレックスさんが回復したか?」


「いいから私を信じて! これが私の気持ちよ! 読んでカズマ!! お願い!!」


 好き札を三枚投げる。ハートマーク入り。一枚愛してるも入れた。これでちょっとくらいはダメージが通るはず。


「なにをするつもりだ小娘」


「あやこの気持ち……?」


 カズマが読んだ。私の投げた札は、カラドボルグの近くで激しく発光して大爆発を起こす。


「ぬううっ!?」


「悪いあやこ。爆発のせいで読めなかったぜ」


「そう、なら何度でもいくわよ」


 爆煙の中に人影がある。立っていられる程度には無事ってことね。


「ぐ……おぉぉ……これは……魔法ではない力か……」


「あの爆発でもダメなの?」


 カラドボルグの鎧には、胸の辺りに大穴が開き、兜もヒビが入っていた。


「なに……? 中身が無いぞ、あいつ!?」


 鎧の中には何も無い。誰もいない。鎧だけが剣を持って動いている。


「やつは魔剣カラドボルグ。あの鎧と剣こそが本体じゃ」


「胸に穴が開いても戦い続ける武具か。なぜそこまでして戦うんだい?」


「役目を果たすためだ。最強の剣であること。それが我が存在意義であり、この世界での役目だ」


 魔剣というのならわからなくもないわ。道具は使ってこそでしょうし。


「如意棒も似たようなことを言っておった……その役目は終わりも意味も無い退屈であると」


「意味はある。いつの日か現れる最強の男に、我が奥義と剣を授ける」


「待ってくれ。役目ってなんだ? なぜ、誰のせいでそんなことをしている?」


「あの性根の腐った女……ロイヤルの……下らん戯れだ……」


 知り合いなのね。ロイヤルの名前が出るということは、極楽四天王にもかかわっている可能性が高いわ。


「俺達はロイヤル・ロワイヤルに呼ばれた。アクシデントであいつは死んだけどな。教えてくれ、あいつはなんなんだ?」


「死んだ? ふっふはははは! それはいい! とうとう死におったか!! 実に愉快だ!!」


 大爆笑だ。からっぽの鎧から大きな笑い声が聞こえる。嫌われているわねえロイヤル。


「よかろう! ヤツを滅した礼に教えてやる! この世界はかつて、技術・文明・エネルギーの保管庫であり美術館……いや博物館やもしれぬ。そのような目的があった」


「どういうことだ?」


「優れた技術というものは、決して失われてはならない財産だ。それがエネルギーしかり、乗り物から生活用品まで……そして優れた武具、例えば魔剣! この世界はそういった希少な技術を、絶滅に瀕した別世界から抜き出し、保管する。わかるか? この世界には発達している技術と、そうでない技術に隔たりがあることが!」


 確かに……家は石造りなのに、電化製品は魔法や別のエネルギーで作られていて、私の世界よりも優れているものさえある。上下水道も浄水施設だってある。

 なのに馬車があったり、通信技術やテレビがなかったりするわね。


「妖魔という種族を知っているか? やつらは別世界で人体改造を繰り返した人間の成れの果てだ。人類を支配しようとして負け、この世界へと連れ去られたサンプルよ」


 確かに人間離れしていたけれど、もっとファンタジーな生き物だと思っていたわ。

 まさか改造人間だったなんて。


「我らアルスマグナは究極の武器。武器そのものが己を高め続ける。自己進化する武器。人に倒されるまで戦い続けることしかできぬ宿命」


「迷惑なやつじゃな」


「まったくだよ」


「なんと言われようが、これ以外の生き方など知らぬ。ただ眼前の敵を打ち払うのみ」


 それが迷惑だと言っているのよもう。これはどうしたものかしらね。

 好き札はあと二枚。一度投げちゃったから、次は対策されそう。


「だが……小娘のその力……武術ではないな。闘争には不向きだ。眠っていてもらおう!」


「あやこ! 危ねえ!」


 私の前に飛び込んできたカズマの背中に、電撃の雨が降り注ぐ。


「うああああぁぁ!?」


「カズマ! 大丈夫!?」


「このくらいで俺が……死ぬかよ」


「服の下になにか着込んでいるな」


「正解。軽くて魔法を軽減する皮の鎧さ」


 焼けた服の下に、確かになにか着ているわね。

 クレスさんの発明品か何かだったはず。カズマが用心深くてよかったわ。


「我が雷光を上回る速さでなければ、その娘を庇うことはできぬ。そうか……その娘が貴様の力か」


 私を見ながら、一歩一歩ゆっくり距離を詰めてくるカラドボルグ。


「あやこに手出しはさせねえ!」


 私を守るために、カズマもカラドボルグに向けて構える。

 このままじゃカズマでも不利だわ。


「カズマこれを見て!」


 瞬間的に好き札を全部投げる。当然カラドボルグは札を壊そうとする。


「やらせるわけがあるまい」


 電撃で札が黒こげね。一瞬でこっちの意図を見抜いてきた。


「小賢しい真似をしてくれる」


 そして次に私を止めに来る。このとき、敵は素早く私とカズマの間に入ってきた。


「カズマ、私はカズマが大好きだよ!!」


 三メートルほどしか離れていないこの状況で、想いっきり告白する。

 それはつまり、より大きな衝撃でかき消さなければならないということ。


「なにっ!? うおおおおおおおぉぉぉお!?」


 真っ赤なビームが天より飛来し、カラドボルグだけを打ち抜いた。

 大人一人が丸々飲み込まれる赤い光の柱が、爆音と光で舞台を染め上げる。


「悪いあやこ、衛星軌道上からのレーザー射撃のせいで聞こえなかったよ」


「なんでそんなのがあるのよ!?」


 現代でも確立されていない技術っぽいわよそれ。


「オオオオオォォォ!!」


「なんだ? 尋常じゃない魔力だ」


「初めてだ……ここまでの深手を負うとは……だが、それが我が魂を一つ上のステージへと誘った」


 カラドボルグは生きていた。鎧はボロボロ。鎧なのか破片なのかわからない。

 そんな鎧の欠片を青い稲妻で繋ぎ合わせている。


「感謝する。この我が命の消えていく感覚……素晴らしい。この生と死の狭間にいる感覚。命の最後の灯火が……生への、飽くなき闘争への渇望が! 我を強くする!」


 カラドボルグはゆっくりこちらを向くと、青い光に包まれた手を私に向ける。


「あやこに触れるな!」


「その程度の腕で、守れるものなどありはしない!!」


 振り降ろしたカズマの刃が、カラドボルグの剣によって粉々に砕け散った。


「そんな!?」


「今度は貴様が砕ける番だ……煌く幻影スパークル・ミラージュ!!」


 雷が作ったカラドボルグの分身が、一斉にカズマに斬りかかる。


「なんだと!? うわああああぁぁぁ!?」


「カズマアアアァァ!!」


「完全なる思い付きだったが……案外うまくいくものだな」


 今までの技とは違う。完全にアドリブで作った技みたい。

 カズマが火花を纏って膝から崩れていく。

 このままじゃカズマが危ない。私にできることは一つ。


「さあ、次は貴様だ小娘。あの男は幻影の相手をせねばならん」


「ならば僕達がお相手しよう」


「ワシもなんとか回復したわい」


 私の横にクレスさんとアレックスさんが並ぶ。よかった傷は治ったのね。


「無駄だ。幻影よ、小娘以外を消せ」


「来るぞクレスくん」


「ええ、なんとかやってみましょう」


「カズマ! 聞こえる! 聞こえたら返事して!!」


「小細工は無用」


 幻影によって二人が引き離され、その瞬間を狙って詰め寄られた。


「我をここまで高めた礼だ。せめて華々しく葬ろう」


 後ろからは幻影が歩いてくる。逃げ場が無い。

 鎧がカラドボルグの右手に集る。そこだけ電撃が流れていない。

 その手がじわりじわりと私の首に近づく。


「カズマ……私……本当にカズマのことが……」


「あやこ! 逃げてくれ!」


 手が私の首にかかる。苦しくて声も出ない。そんな状況で、カズマと目が合った。


「やめろ!! カラドボルグ! お前の相手は俺だ!!」


 カズマ……もう声が出ない。せめて死ぬ前に想いを伝えようと、唇を動かす。

 愛しています。それだけ、それだけは……言葉にできなかったけれど、唇の動きからでいいから、伝わって欲しいな。


「済まぬ。これもヤツの力を引き出すためだ」


「…………え?」


 激闘の音が響くなか、おそらく私にしか聞こえていない小声で、そう言われた。

 そして体に電気が走り、立っていられなくなる。


「半日眠れば痺れも取れる」


 床にうつぶせに倒れこむ前に、確かに聞いた。

 口はきけないけれど、意識が飛ぶほどじゃない。

 私は……生きているの?


「どうだ小僧。貴様にはなにも守れない。大切な女だったのだろうが、それもこのザマだ」


「あやこに…………よくもあやこを……」


「安心しろ。貴様も同じ場所へ送ってやる。地獄で仲良くやるがいい」


 カラドボルグが私に向かって剣を振りかぶる。

 まだ体が動かない。一体なにがどうなっているの?


「貴様が守れなかった女を、今ここで切り刻んでやろう。お前は死んだ想い人の亡骸すら守れんのだ!!」


「あやこに…………俺のあやこに……手を出すなああああぁぁぁ!!」


 闘技場に風が吹き荒れ、白い光がカズマを包む。

 次の瞬間、カズマの手刀が、幻影のカラドボルグを貫いた。


「オオオオオオォォォォォ!!」


 猛スピードでカラドボルグに殴りかかったカズマの拳は、またもカラドボルグの腹部に穴を開ける。


「どこにこんな力が……幻影よ!」


 カズマの背後から襲い掛かる幻影。


「だあありゃああああ!!」


 闘技場内に響くカズマの声。横薙ぎに振るわれた右腕が、幻影の上半身と下半身を真っ二つに分けた。


「俺は……俺はお前が許せねえ」


 ボロボロだった上着を全て破り捨て、中に着ていたものも、刃の欠けた装備も外すカズマ。


「カラドボルグ――――お前を斬る」


 カズマの殺気と怒りが込められた言葉は、大きな声でもないのに闘技場に響いていた。

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