第51話 決着は愛の奇跡

 突然上着を脱ぎだし、ついには上半身裸になってしまうカズマ。

 攻撃で傷ついた身体から流れる血を気にするそぶりもなく、そのまま右腕を足元に向けて止まる。


「なんのつもりだ? 防具無しでその体勢……完全に防御を無視した構えに見えるが?」


「ああその通りさ。鞘があっちゃあ切れ味が悪くなるだろ?」


「何を企んでいるか知らんが、それは愚か者の発想だ。人間の肉体で我等アルスマグナの攻撃には耐えられん」


「どうかな……俺はさ、なんか知らねえけどこっちに来てから凄え強くなってるんだよ……だから……ひょっとしたらお前もぶった斬れるかもしれないぜ……」


「そうか、ならばその淡い願望とともに……魂までも切り裂こう」


 カラドボルグが構えに入る。カズマが何を考えているかわからない。でもカズマはまだ諦めてなんかいない。あの顔は自分の勝ちを確信した時……何か思いついた時の顔。


「消えよ……有限にして儚き命よ…………煌く稲妻スパークル・ライトニング!!」


「セエエェェヤアアァッ!!!」


 カズマが大きく腕を振り上げる。何をしているのか私にはわからないけど、稲妻は切り裂かれ、カラドボルグの兜についているツノのような部分が床に落ちる。


「なるほど…………人の身のまま、己を刃と化すか」


「これくらいしか思いつかなかった……けど大当たりだな」


「光速を超えた手刀による斬撃……我が鎧に傷をつけた男よ……改めて名を聞こう」


「――――カズマだ」


 手刀と聞こえた。つまり呪いによって強化された自分の肉体こそが最強の剣ということ。鞘というのは服、つまり空気抵抗や動きの制限を出来る限り少なくするために、わざと上半身裸になったのね。


「貴公を我が敵とみなし、全力にて相手をする」


 今までとは違う。カラドボルグが初めて構えた。


「いいぜ……受けてやるよ」


「煌く稲妻スパークル・ライトニング!!」


「ゥオラアアア!!」


 カズマの手刀がカラドボルグの電撃をことごとく弾き飛ばしている。


「無駄だ。もうその技は見切った。小細工はきかねえぞ」


「何故だ……なぜここまで急激なパワーアップを……」


「そうだな……くさいセリフになっちまうが、愛の力ってやつさ」


「愛……だと?」


 おかしい。カズマの恋心はまだ全部集めていない。愛なんてわからないはず。

 そういえば、さっき俺のあやこと言っていた。それ自体は凄く嬉しい。

 けれど……呪いのかかっているカズマなら、俺の幼馴染という言い回しになるはず。


「ああ、俺の欠片はまだ全部集っちゃいねえ。けどよ、もう半分ちょっとは集っていたみたいだ」


 私は欠片の個数を把握しているわけじゃない。

 まさかもうそんなに集っているなんて。


「カラドボルグよ、お前があやこを傷つけたからだ。お前への怒り、守れなかった俺の不甲斐なさ。あやこを失うことへの恐怖。いろんなものがごっちゃ混ぜになったとき、呪いによって押さえつけられていた思い出が溢れ出した」


 カズマの体から光が溢れている。カズマを守っているように、力を貸しているように。真っ白な光は輝きを増していく。


「例えバラバラに砕かれようと……一緒にいる限り俺のあやこへの想いは募る。この世界で育んだ思い出と、一緒に過ごした時間は、しっかりと俺の魂に刻み込まれている。だから足りない半分を埋めることができた」


「生物ではない我に愛など理解できん。愛をきっかけに強くなるなど……ましてや我が奥義を見切るなどと」


「わからないのも無理はねえ。俺だって完全に理解したわけじゃねえからな」


 まだ私の体は動かない。アレックスさんとクレスさんに魔法をかけてもらい、倒れたままカズマの勝利を見守るしかない。


「ならば眠りし才、目覚めさせてやろう。煌く幻影スパークル・ミラージュ


「手間をかけさせるな。ありがとよ」


 無数の分身を出たそばから切り裂いていく。もう腕の動きが見えない。

 何もない空間に、乱暴に何かを引き裂く音と、ぶつかる音だけが響く。


「カズマ……」


「あやこくん、電撃を浴びたんだ。まだ喋るんじゃない」


「私は大丈夫です。それより、このことはカズマには伝えないで……伝えたら、カズマはきっと今の力が出せなくなる。私はもう少し、目覚めていないことに……」


「……わかった。今はカズマくんの力に賭けてみるしかないようじゃな」


 会話途中にはもう、カズマが幻影を残らず倒していた。


「もうわかってんだろ? 小細工でどうこうできる段階はとっくに越えちまってるってな」


「ならば我が最大の秘剣において葬ろう。それが貴公へ送る最大の敬意だ」


「戦いの中で見えたんだ。次が……今の俺ができる最大の秘剣ってやつになる」


 二人が構えに入る。カズマは右腕を左脇に回し、腰を落とす。まるで居合い斬りのような構えだ。


「最早隠す必要も無し」


 カラドボルグの持つ剣が、身体が、まばゆい光――――雷光で満たされる。

 カズマとは対照的に上段の構えだ。


「最終秘剣 雷光超新星ライトニングノヴァ……光速を超え、ただ一迅の稲妻となりて敵を穿つ。この技を見て生きていたものはいない……期待しているぞ」


「それは勝っちまってもいいってことかい?」


「好きにしろ。できるものならな」


 カラドボルグの全身に青白い光が張り付いている。今までのバチバチと激しく弾ける放電現象もなりを潜め、静寂の中で美しく、一枚の絵画のように雄々しく佇むその姿は、敵でなければこれほど頼もしいこともないだろう。


「最短距離で一太刀にて斬り伏せる」


「ああ、俺も同じさ。ぶつけ合おう……どっちかの最後の一撃になるんだ。なら小細工はいらねえ」


「参るぞ――――カズマ」


「来いよ――――カラドボルグ」


「秘剣 雷光超新星ライトニングノヴァッ!!!」


「せええええぇぇりゃあああああぁぁっ!!!」


 目を開けていられないほどの閃光が迸り、闘技場全体を光が照らす。

 光を斬り裂き、吹き飛ばし、互いの剣が交差する。斬り合う前と入れ替わった位置で、互いに背を向け停止している二人。


「…………勝ったの?」


 二人ともピクリとも動かない。私はカズマを信じている。けれど心配するなというほうが無理だ。

 好きな人が、思いを伝える前に死んでしまうなんて絶対にいや。まだまだカズマとしたいことは山ほどある。


「見事だ……カズマ……」


 先に言葉を発したのはカラドボルグだった。やがてカラドボルグの本体ともいえる、漆黒に染まった剣に亀裂が入り、刀身が真ん中から斬り落とされる。


「……はあ…………はっ……ははっ、そりゃこっちのセリフだ。お前が強かったから……俺は強くなれた。俺の剣をここまで研いでくれたのはお前だよ。カラドボルグ」


「心地良い……負けはしたが……これほど心地良い死合は初めてだ……一片足りとも悔いは無い。完敗だ」


「一瞬だ……一瞬だけ、俺の剣が疾かった。それだけだ」


「それでいい。その一瞬が、その一瞬を生み出すことこそが、剣として最大の喜びだ」


 カラドボルグの身体が消えていく。稲妻が小さく弾ける度に全身が薄くなる。


「我を破りしものカズマよ。貴公を我が主と認め、我が力の全てを託そう」


 カズマの右腕に、カラドボルグが使っていた稲妻がまとわり付いている。


「これはおまけだ……あやこといったな……目覚めているのだろう?」


「あやこ! もう大丈夫なのか?」


 ちょっとふらつきながら、なんとかカズマの前に立つ。


「ええ、意外となんとかなるものね」


「よかった……」


「貴様がいなければカズマの剣は錆びついてしまう……自衛の手段くらい与えてやろう。修練如何では雷光を操れるはずだ」


 一瞬だけ私の周りでパチパチと音を立てて電気が駆け抜ける。


「使うも使わぬも自由だ」


「ありがとな。この力……あやこを守るために使うよ」


「えっと……ありがとうございます」


「礼など言われる立場ではないさ……さらばだ……魔剣を斬り裂きし男よ」


 カラドボルグは最後まで嬉しそうな、楽しそうな声で、とても満足した様子で消えていきました。

 私にはわからない感覚だけど、終わりよければすべてよし。

 カズマが生きていることがなによりです。


「お疲れ様、カズマ。かっこよかったわよ。ありがとう」


 カズマを座らせて、怪我の手当をしてあげる。

 こうしてカズマに触れていると生きているという実感が湧く。


「おう、約束……ギリギリだったが守ったぜ」


「信じてたよ。カズマは勝つって」


「そうか……それじゃ、謝っとく。この状態は長続きしない」


「カズマ……?」


「お、やっぱりずっとは維持できないか」


 カズマの体から出ていたオーラが弱々しくなる。

 噴き出すといったイメージだったものが、漏れ出して消えていくようだ。


「場所が悪いな。まず家に帰るか。歩けそうになけりゃ、おぶっていくぜ」


「恥ずかしいからやめなさい」


 なるべく急いで、無人となった闘技場から離れました。

 帰り道でずっと回復魔法をかけてもらっていたからか、私もカズマも傷は癒えています。


「さて、時間もないしムードもへったくれもないが。聞いてくれ」


 私の部屋へ戻り、気を遣ってくれたのか二人っきり。

 いつになく真剣な顔だ。何を言われるのか不安になりながら、カズマの言葉を待つことにしました。

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