第3話 草食系などという生易しいものではないわ

 王都マグナヴェリス。石畳で整備され、大小様々な建物が並ぶ大きなこの町。

 ここで私達が知る数少ない場所。星の巫女協会マグナヴェリス支部へ帰ってきました。

 白を基調とした大きくて綺麗な建物です。


「お帰りあやこちゃん。カズマくん」


 大きな門を潜り、両側に綺麗な花の咲いた花壇がある道を通って玄関へ。

 扉を開けるとアレックスさんが出迎えてくれました。


「アレックスさん。ただいま戻りました」


 アレックスさんは、私達がお世話になった星の巫女本部の偉い人です。

 中年から初老に差し掛かっている顔で、白髪とアゴヒゲの似合うダンディなおじさん。

 しかもマッチョ。身長も百八十を越えていて、カズマと同じくらい。


「いらぬ邪魔が入ったらしいのう。侵入者を許すとは……この町の警備も質が落ちたもんじゃ」


 一瞬だけため息と同時にがっくりと肩を落とすアレックスさん。

 そこから急にしゃきっと姿勢を正し、両手を広げて笑いながら話し出す。


「しっかあああし! 見事魔物討伐という初仕事を終えた二人は、正式に星の巫女として登録された! ようこそあやこちゃん! カズマくん! 歓迎するぞい!」


 言動が大げさというかなんというか。

 なんだか洋画を吹き替えで見ているようで、私達は結構好きだったりする。


「ありがとうございます」


「これで少しでも恩を返せるようになりますね」


「いやいや、恩返しならワシもせねばのう。あの時は助かったわい」


 アレックスさんが戦闘中の魔物に、私の告白の余波が直撃したらしいです。

 もとから怪我をしていたアレックスさんに代わり、私達が魔物を討伐、浄化したことが奇妙な縁の始まりでした。


「いえいえ、そこから事情も聞かず泊めていただいただけで、十分に返していただきました」


「積もる話と説明は明日じゃ。今日は疲れたじゃろ。ゆっくり休みなさい」


「はい。失礼します」


 お礼を言って二人で自室への階段を上る。この支部は人が住めるようにできています。

 三階が私達の部屋。カズマとお隣さんです。地味に嬉しいわ。


「はあ……疲れた……」


 白が基調の室内は清潔感があって落ち着きます。

 木製の家具は装飾も相まってアンティーク感が出ていてお気に入り。

 清潔で家具があるのはありがたい。


「…………早く着替えないと」


 一緒に暮らすということは思った以上に難しいもので、気を使うことも多い。

 片思いの彼と同居生活! とか二人でお泊り! とか言えば聞こえはいいけどね。

 例えば私が着替えている時でも、カズマが入ってくるわけで。


「着替え中か、悪い悪い。それじゃ、着替え終わったら呼んでくれ」


 顔を赤くするでもなく狼狽える素振りすら無く部屋を出て行くカズマ。

 こちとら下着姿ですよ。もう少し思春期の男子特有の反応というものが出来ないのでしょうか。

 ズバリ、できないのです。これも呪いの影響です。


「はやく……はやくなんとかしなければ……手遅れっぽいけど」


 呪われる前は着替え中に遭遇したら、平静を装いつつもちょっとだけ顔が赤かった気がする。

 つまり女の子として意識されていた気もするけど……どうだろうなあ。今にして思えば自信がない。

 自分が誰もが振り向く美少女だったら、もっと自信が持てるんでしょうね。


「鈍感なのはあんまり変わってないからなあ…………」


 昔から誰かに告白されてもなぜか断っていたらしい。

 現場を見たことはないし、理由は教えてもらってないけどそう聞いたことがある。

 なのに今は告白すら通らないんだから悪化しているじゃないのさ。


「いやいや、これくらいでくじけませんよ」


 改めて誓う。絶対にカズマの恋心を取り戻すと。

 今のカズマの恋心や異性への興味・興奮は限りなくゼロに近い。

 下着姿を見ても興奮しない。お風呂場でエンカウントしても無反応。腕を組んでも、部屋で手を握っても、ふざけていると勘違いされる。


「着替え終わったから入っていいわよ」


「それじゃあ買い物行くか? 食材とか買ってあったっけ?」


「まだあると思うわ」


「せっかくあやこの手料理が食えるんだからそっちがいいけど、疲れてるんなら俺が作るよ」


 カズマが残念そうな顔で気を遣ってくる。

 別に鈍感といってもただ女の子の気持ち、それも自分に向けられる好意に鈍感なだけ。

 つまり私にとっては最悪なんだけど。


「別に疲れてないからちゃんと作ってあげるわ。約束したでしょ」


「よっしゃ楽しみにしてるぜ!」


「どうせならカズマも作ればいいでしょ」


 そう、カズマも料理ができる。なぜ知っているかというと私が教えたから。

 小学校高学年のころ、カズマに手料理を食べて欲しくて特訓し、中学ではたまにお弁当を作ってあげる日々。いつも美味しいと言ってくれて、私はそれが嬉しくて、さらに料理を覚えていきました。


「俺はあやこの味付けが一番好きなんだよ。なんかしっくりくるっていうかさ」


「なぜ私の料理がカズマの舌にぴったりなのかは気づかないわけね」


「昔から食ってるからじゃないのか? 俺があやこに教わっても同じ味にはならないし。あやこが料理上手ってことだろ」


「私より料理うまいくせに……」


 カズマからいつもお弁当作ってもらって悪いから、俺も料理を覚えたいと言われた。

 私は一緒に料理ができるという誘惑に負けてしまった。そして弟子は見事に師匠を超えたのです。


「うまいと好きな味は別だよ。俺はあやこの料理が好きだ」


「はいはい、どうも。食材なかったら買い物行きましょ。これもデートかしら?」


「ただの買い物だろ。俺なんかとデートしたいわけじゃないだろうし。気にしなくていいさ」


 これである。今現在片思い中の女の子がいたら教えてあげたい。告白なんてしようと思えばいつでもできると思ったら大間違いだと。

 声を大にして言いたい。好きな人と仲良くなって、何回もデートしたり部屋に呼べるくらいになったらしっかり告白してしまえばいいんだ。こうなっても知らないぞ。


「俺なんかとか言わないの。一緒にいる私がバカみたいじゃない」


「そういうつもりじゃないさ」


「はいはい、わかってるわよもう」


 一刻も早くカズマを元に戻そう。そして私の気持ちを伝えたい。

 その結果どうなろうとも、気持ちを伝えないまま、伝わらないままじゃイヤだから。


「私は諦めないわよ。絶対に」


「なんの話だ?」


「なんでもないわ。その時が来たらちゃんと全部聞かせてあげるわよ」


 だからその時が来るまで、ちょっとくらいこの世界での生活を楽しんでもいいと思う。

 カズマと二人で、後悔する暇もないくらい楽しい思い出を作っていこうと決心して料理にとりかかります。


「食材見てくるからちゃっちゃと着替えて」


「もう着替えたよ。この世界に来てパワーもスピードも上がったからな。秘技、早着替えの術だ」


「はいはい、すごいすごい」


「反応薄いな」


 私よりこの世界を楽しんでいるカズマ。

 やっぱり男の子はこういう異世界とか冒険とか魔法に憧れたりするのでしょうか。


「いいから大人しくしていなさい。脱いだ服はたたむ。お肉の量減らすわよ」


「わかったわかったって。今日は肉が食えるんだな」


「カズマ次第ね」


「ならしっかり肉があることを確かめさせてもらうか」


 一緒に黒くて大きめの冷蔵庫っぽいものの中を見る。

 中は全体に薄く氷が張っていて涼しいままです。

 この世界は古代文明の超技術や特殊なエネルギーなんかを分析して、魔法と組み合わせることで発展しているみたいです。


「何度見ても、どう動いてんのかさっぱりだ」


 似ているけれど遠い技術。車がぶんぶん走っていたりはしない。

 でも便利な機器や水道はある。列車もある。そんな国です。


「冷蔵と冷凍が分けてあるのはおそれいったわ」


「まるで技術だけを集めて混ぜ合わせたみたいだな」


 現代文明を凌駕している気すらします。

 よくバランスが取れているものだなあと思いましたよ。


「お肉と野菜……卵は朝もらったから……肉野菜炒め?」


「それは二日前に食ったな。野菜と玉子のスープにして、肉は塩コショウでいいんじゃないか?」


「スープ採用。お肉は別のアレンジしましょう。これならパンが欲しいわね」


「まだ残っていたな。ちょっと食べてもいいか?」


「だめよ。はい、リンゴでも食べてなさい」


 近くにあった青りんごを渡す。果物っぽい盛り合わせをもらっていたので腐らせてもいけないし、食べちゃいましょう。とりあえず何かお腹に入れておけばいい。

 一口かじったカズマの動きが止まる。石像のように固まって、ゆっくり飲み込んでから弱々しい声が漏れた。


「あやこ…………これリンゴじゃない……なんか辛い……」


「えぇ……ごめん」


 少量の唐辛子入りのライチみたいな味でした。

 私もカズマもまだまだこの世界には慣れません。

 これ以上変なものを口にしないうちに水を飲んでから、料理を始めました。


「手伝おうか?」


「そんなにお腹へったの?」


「正直一秒でも早く食べたいかな」


「じゃ、野菜切って」


 二人で台所に立つ。手を洗ってエプロンをつけて。

 この部屋はお風呂もトイレも台所もあります。三階なのに。

 どうも協会は、この世界では整った設備のある場所らしいです。


「まかせろ。手刀で切れるぞ」


「普通にしなさい。普通に」


 雑談しながらでも正確に料理を進めるカズマ。やっぱり私よりうまいじゃないの。


「本当なら、どっちかの家でこうしていたんだろうな」


「そうね。まさか別世界で一緒に料理とは……これも全部あの女のせいね」


「あいつか……」


 私とカズマがここに来た原因をゆっくりと思い出す。

 頭の悪い呪いをかけてくれたあの女、ロイヤル・ロワイヤルのことを。

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