第2話 愛の告白は攻撃手段

 陽の光が差し込む綺麗な湖からさあ帰ろうというそのとき。

 私とカズマは、突然現れたジュリーさんという年上のお姉さんに欠片を渡せと言われました。


「これはお渡しできません。どうしても集めないといけないんです」


「そう……それは残念。あんた星の巫女だろう? しかも新人だ」


 星の巫女。特殊な力で邪気や瘴気を浄化できる人……らしい。

 私は見習いになったばかりだけど。


「ええ、実力を確かめるために、弱い魔物が現れた場所へ……なんで離れていくんです?」


 なぜか私達から一定の距離をとり続けていたジュリーさんがさらに離れていく。

 離れたら奪えないんじゃないかな。行動の読めない人ね。


「さっきからなんでそんな遠くにいるんだいジュリー。失礼だろう?」


 ガイさんが困惑しているじゃないの。なぜ距離をとっているのか私にもわかりません。


「ガイ、よく聞いて……」


 なにか伝えようとしているジュリーさん……ジュリーさんも欠片を集めている。ということはまさか。


「いけない!? カズマ! 私はあなたのこと……」


「遅い! ガイ! 好きよ!」


 迂闊だった。私達とガイさんの前に爆発が起こる。

 避けられないと悟った私は目を閉じて今までのカズマと過ごした日々を思い出す。

 楽しかったなあ……せめてちゃんと告白だけは届けたかった。


「………………あれ?」


 いつまで経っても私の身に爆風が来ない。

 恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた幼馴染の背中。


「大丈夫か、あやこ?」


「カズマ?」


「言ったはずだ。どんなことがあっても、あやこは俺が守ってみせるってな」


 こういうことがあるから、私はカズマが好きでい続けるのですよ。

 さらに惚れ直しました。自分が物語のヒロインになったような錯覚すらしてしまう。

 やっぱりカズマは小さい頃から私のヒーローです。


「二人共無事か? よかった……いきなり地面が爆発するんだもんな。おーいジュリー! 爆発で何言ってるか聞き取れなかったよ!」


「こんなことってあるんですね。俺も初めて見ました」


 二人は完全に偶然と信じているみたい。やはり同種の呪いなのかな。

 こんな特殊条件が重なるとも思えないけれど、今ので確信した。

 ジュリーさんも星の巫女だ。


「ガイ! 好きだ!」


「カズマ、好きよ」


 ジュリーさんの告白から生み出された爆発を、私の告白で現れた音も攻撃も遮断する壁が防いでくれる。どんな効果が出るかは今のところ指定はできない。

 でも呪いは私とカズマを傷つけることはないわけで。それを利用するっていうか信じるしか無い。

 いや、内心傷ついてますけども。告白を毎回スルーされるから地味に心は傷つきますけど。


「これは……私が不利ね」


 『カズマ』が三文字なのに対して『ガイ』は二文字。

 つまりあっちの告白詠唱が一文字速い。

 速度で負けている以上、告白の内容で勝負する必要が出てきちゃう。

 想いのこもっていない適当な告白では、威力の弱い爆発しか起きないってことだと推理する。


「さあ、早く欠片を渡して」


「どうしてですか? この結晶はカズマのものです」


「まだその男のものじゃない。奪ってしまえばいいのさ! 不良品でもね」


「不良品? 違いがあるんですか?」


「知らないのかい? その欠片をよーく見ておくれ」


 つられて欠片を注視する。別に変わったところはないわね。ジュリーさんの解説は続く。


「その中に……うっすらとガイ好きだ!」


「きゃあぁぁ!!」


 いけない! 会話の中にフェイントで告白を入れてきた!

 油断してしまったわね。姑息な手を使うじゃないの。


「無事かあやこ!!」


「ありがと。カズマのおかげでなんともないわ」


 カズマが爆発の前に私を抱きしめて後方に飛んでくれたから無傷ですみました。

 カズマが下になって擦り傷ができないように庇ってくれている。

 こういうさりげない気配りがじわじわと好きになるポイントです。


「不良品だなんてウソさ! 絶対にそいつをいただくよ!」


「カズマ、また何か起きるかもしれないから……しばらく私を守ってくれる?」


「当たり前だろ。あやことの約束は絶対に破らないさ」


「みせつけてくれるわね、ガイ! 好きよ!」


「うおっ! また爆発だと? どうなってやがるんだここ」


 本当に私を守ってくれるカズマ。守られてばかりじゃいられない。

 背中を見ているだけじゃなくて、横に並んで笑っていたいから。

 どうすれば好きな人への告白で勝てるか考える。この場で鍵となるのはガイさんだ。


「ガイさん。ジュリーさんが何か言いたそうなんで、聞こえるくらい近くに行ってあげてください。私にはカズマがついてます」


「そうかい? 頼りになる彼氏さんでいいねえ。同じ男として見習わなくっちゃな」


「俺なんてまだまだですよ。それに彼氏じゃなくて幼馴染です」


 その訂正はいらないです。わかっていてもグサっとくるから。

 ガイさんがジュリーさんに近づく。それはつまり私達から離れるということ。

 あくまでも呪いは鈍感ハーレム系主人公を成立させるためのもの。

 敵を攻撃するための手段ではありません。


「ちょ!? なんでこっちに来るのよ!!」


 ジュリーさんはどうして私達に攻撃できないのか戸惑っているようだ。

 どうやら呪いへの理解と研究不足ね。

 好きな人への告白を駆使した戦闘にはコツがいる。

 これで私達に告白の余波が来る心配はなくなった。今がチャンスだ。


「カズマ……私ね。今までずっと言いたくても言えなかったことがあるの……」


 ゆっくりと自分の中にあるカズマへの恋心を奮い立たせる。

 スルーされるとわかっていても本気の本気で告白するのは慣れるものじゃない。

 本気の告白はごまかしがきかない。呪いでごまかされますけど……そこは考えないようにしよう。


「ちっちゃいころから私を守ってくれて。いつも一緒にいてくれて……」


 出来る限りロマンチックに告白を進める必要がある。

 ジュリーさんがこちらに来てくれるようにする撒き餌だ。


「させるか! こうなったら直接奪うまでよ!!」


「おいおいどうしたんだいジュリー」


 戸惑うガイさんに目もくれず、私達に向けて走ってくるジュリーさん。

 もう少し、もう少し引きつけましょう。


「だからカズマ。私は……私はずっと……」


「させるかあああああ!!」


 私達の間に割って入ろうとしたジュリーさん。そんなに入りたければどうぞどうぞ。

 軽くバックステップでカズマから距離を取り、ジュリーさんを真ん中に迎え入れます。


「しまった!? ちょっとま……」


「カズマのことが大好きです!!」


 告白直前に起こる地響き。『大好き』の言葉に食い気味で地面から吹き出した熱湯が乱入し、ジュリーさんを天高く打ち上げる。今更すぎるけど、ホントになんでもありだなあ。


「きゃああああああ!?」


「うわあ、危なかったな。まさかこんなところに間欠泉があるなんて思いもしなかったよ。悪いあやこ。びっくりして何言ってるのか聞きそびれてさ」


「いいわよ。今度……もっとちゃんとした場所で伝えたいから」


「きゃああああああぁぁぁぁ!?」


 打ち上げられたジュリーさんが空中で小さな隕石と激突して爆発しています。爆発オチですね。


「おいおい大丈夫なのかあれ」


「さあ……?」


 こうして恋する乙女の告白合戦は幕を閉じた。

 周囲は何事もなかったかのように無事。一切壊れていない。呪いって凄い。

 その後、ジュリーさんはなぜか奇跡的に不思議な事にほぼ無傷で生きていて、呪いのことを綺麗さっぱり忘れて、ガイさんとの恋心にも決着がついていました。

 二人はこれからも仲良しでいるのだと思います。


「とりあえず戻りましょうか。もうすぐ日が暮れるわ」


「そうだな。行こうか」


 二人で手を繋いで歩く帰り道。

 元の世界では恥ずかしくて、人目が気になる年頃なのもあってかできなくなっていた。

 それが今では自然にできている。この世界に来てからの小さな幸せ。

 そんな幸せを噛み締めながら、ほんの少しゆっくり歩き出しました。

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