第4話 カズマに呪いがかかるまで

 あの時の私は焦っていた。

 色恋に敏感で貪欲な女子高生が、カズマを奪っていくんじゃないかと。

 十年近い幼馴染の私としては心配だったわけですよ。そんな時です。


「なにか悩んでいるんだろ? 相談に乗るからさ。今日、あやこの家に行っていいか?」


 カズマにそう言われて自宅に招き、並んで肩を預けてゲームしつつ、お菓子を食べたりお茶を飲んだりしていました。

 そんな私達にとってはいつもの展開で、不意にゲーム画面に映る文字。


『どうしても叶えたい願いはありますか?』


 今考えるとそんな画面が出るゲームじゃないはずなんだけれどね。


「願いか……」


「その顔はあるって顔だな」


「まあね。カズマにはあるの?」


「そうだな。昔から一つ。今もう一つできた」


「欲張りねえ。聞いてくれるかしら。私の願い」


 もういっそ告白してしまおうか。今なら部屋に二人だけ。

 距離も近い。これでカズマと恋人同士になれたらハッピーエンドだ。

 そう強く願って、告白のために声を出す瞬間。


『その願い、叶えましょう』


 そして私達は、暖かい光で満ちた不思議な空間にいました。

 暑くも寒くもなく、居心地のいい空気の綺麗な場所だったかな。


「いらっしゃーい。恋に悩む思春期の男女よ。私はそんな男女を探し出し、恋愛成就のために呼んだのです」


 金髪で金ぴかの仮面を被った、お姫様みたいなヒラヒラの服を着た人が現れました。


「なにをわけのわからんことを……」


「なんのつもりですか? それにここは?」


 とっさにカズマが私の前に立つ。庇ってくれていたのでしょう。紳士ね。


「警戒しないで。わたしの名前はロイヤル・ロワイヤル。強い乙女の願いに応じて現れる凄いお人よ」


 胡散臭さマックスですよ。


「あなたたちの願いを叶えてあげる代わりに、これから別世界を清めてていただきます。こんな欠片を人に仇なすものが落とすから、浄化して吸収するのよ」


 そう言ってカズマの手に欠片を一つ、渡してくるロイヤル。


「私にはあの世界へ導くことしかできないの。でもあっちはとてもいいところよ。いいじゃない、両想いになれるんだから、それくらいのお使いは……」


 おそらくそこで二人の目があって。


「かっこいい……」


「なに?」


 手渡しする時に、握られた手のぬくもりとか色々あったのでしょう。


「なんて素敵な殿方……わたしと結婚を前提にできちゃった結婚してください!!」


 そして恋に落ちたのね。大迷惑だわ。なんという惚れっぽい人。


「いや、よく知りもしない人とはちょっと……」


「式はいつにします? できちゃってからですか? できちゃう前ですか?」


「悪いな。俺はその気持ちに応えることはできない」


 断る時は結構はっきり断るタイプなのよねカズマ。


「それでも好きです! っていうかカズマさんもわたしのこと好きですよね? じゃあ両思いですね! これもう今夜にでもできちゃうんじゃないですかね!」


「……こいつはうざいな」


 思わず本音が出てしまうカズマ。心底嫌そうな顔だった。

 ここまで鬱陶しい人を初めて見たかもしれない。


「悪いけど、俺は好きになれそうもない。できちゃった結婚は他のやつとしてくれ」


「ふおぉ!?」


 がっくりと膝をついて子鹿のようにぷるぷる震えているロイヤル。

 ちょっとは心にダメージくらっておきなさい。ついでに反省もしてね。


「そう……わたしがこんなに愛しているのに」


 初対面で愛していると言われても困るでしょうに。

 私達が呆然としていたら、ロイヤルは私達の胸に手を突っ込み、ピンクに輝く光を流し込んでいました。


「ぐっ!? なにを……?」


「カズマ!? うあぁ!?」


「あなたたちの願いは感じ取ったわ……そう、そういうことなのね。みせつけてくれるじゃない! ならばその恋、叶わなければいい! そう簡単に結ばれてたまるもんですか!!」


 最悪に迷惑な言動をしてきました。


「わたしは願いを消すことはできない。でも、条件をつけることはできる。カズマさんの恋心や異性への興味は、ぜーんぶ封印したわ。これで誰とも結ばれることは無い」


 最初は全然理解できませんでした。そもそも状況からして意味がわからなくて。


「願いを叶えたければ二人で別世界に行って、仲良くちまちま浄化するがいいわ! ついでにこれ……カズマさんが困ると悲しいので、あっちの世界での法則とかルールとか纏めてみました。好感度とか上がればいいなって」


 厚めの本をカズマに渡している。まだ好感度が上がると思っているのかこの人。

 癪だけれど、この本は今も活用しています。


「はい異世界への扉どーん!」


 そこから突然私達の後ろに大きな扉が現れて、それが異世界への扉だと説明された。


「あ、カズマさんは潜在能力を完璧に引き出せるようにしてあげる。すっごく強くなるの。ただでさえかっこいいのに、物語の主人公みたいにモテモテになるわねカズマさん!」


 ぶっちゃけ普段のカズマと変わらないんですよねえ。全部当てはまった存在ですし。


「あやこちゃん。カズマさんに特別な呪いをかけておいたわ。鈍感ハーレム系主人公になる呪い。鈍感難聴系? とも呼ばれるアレよ。これであなたの告白は絶対に通らない。しかもライバルが増え続ける! せいぜい苦しむがいいわ!」


「意味がわからんな。勝手に出てきて妙なことばかり言いやがって。俺に何をした!」


「実証してあげるわ。あやこちゃん。カズマさんに告白しちゃいなさいな。絶対に通らないということを実感するのよ。好きだとひとこと言えばいいの」


 私に耳打ちしてくるロイヤルが、とても気に入らなくて。

 漠然と不安が広がっていきました。


「さあ、カズマさん、よーくお聞きなさいな。あやこちゃんからのメッセージを!」


 その時の私は、ロイヤルの手から放たれた光線みたいなもので、カズマへまあ……なんですか。

 言ったのですよ。そういうことを。無性に言いたくなったのです。


「好き……です……?」


「げぶはあぁぁ!?」


 そうしたら、突然私達の間にできた窓ガラスを、野球のボールが割っていって、ロイヤルの顔に直撃しました。

 顔に野球ボールの跡が残っていましたよ。


「え、なんだって? ガラスの割れる音で聞こえなかったよ」


 これが受難の日々の始まりです。嫌な予感がして、もう一回してみると。


「カズマが大好きです」


 今度はロイヤルが爆発して。


「べっはああああぁぁ!?」


「悪い。ロイヤルが急に爆発するから聞こえなかった」


 とりあえず呪いなんてかけてくれた恨みを込めて、もう一度全力で叫んだんです。


「カズマのことが大好きです!」


「ぐっへっへええぇぇい!?」


 そうしたら、ズドン! という音がして、物凄く光っている棒? 槍? みたいなものがロイヤルに突き刺さっていまして。

 しかも一本じゃなく、あとからあとから無数に刺さり続けていました。


「え、なんだって? サウザンド・ホーリー・クラッシュが刺さる音で聞こえなかったよ」


「なによその必殺技は……」


「バカな……人間ごときに!? 誤算だった……このわたしが……」


 仮面が砕け、ドレスや髪が弾け飛んだロイヤルは、全身がクリスタルのようななにかでした。

 芸術品として価値があるのかもしれないけれど、単純に気持ち悪いわ。


「認めない……こんな……せっかくカズマさんと出会えたのに……チックショオオオオオォォォ!! カズマさああぁぁん好きだああぁぁ!!」


「断る。二度と現れるな」


 刺さっている光の槍が輝きだし、盛大に爆発四散したロイヤル。

 後に残されたのは、なんともコメントしようが無い私とカズマだけでした。

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