第27話 私とカズマと寿司職人

 突然現れたお寿司屋さんのセット。木製のカウンターと椅子が並ぶ。

 そんな異様な光景の中で、貴族丸出しだったクレスさんはというと。


「へいらっしゃい!! 何握りやしょ?」


 寿司職人をしています。

 ねじりハチマキで板前さんみたいな格好をして、真剣な表情で魚をさばいています。


「どうして……どうしてこうなるかなあぁぁ……」


「おおっと、ぼやぼやしてる場合じゃねえや! 柴犬風リゾット二人前! 大急ぎで作らねえとな!」


「柴犬風ってなによ!? お寿司屋さんじゃないの!?」


 もう訳がわからないわ……私じゃどうにもできない。

 いつの間にかカウンターに座っているカズマに頼んでみましょう。

 私の救援要請よ、届いて。


「もうなんとか言ってよカズマ」


「ああ、見た目から食わず嫌いだったけど……カリフォルニアロールってそこそこ食えるな」


「食べてる!?」


 まずいわ。いやお寿司がじゃなくて、この状況が凄くまずい。

 明日あたり過労で倒れている私が見えるわ。

 何故よりにもよってカリフォルニアロール食べてるのよ。

 この世界にカリフォルニアがないでしょ。


「柴犬風リゾット早くして欲しいワン」


「お客さんが犬だ!? 共食いでしょこれ!」


 いけない。頭が柴犬のスーツ着た人に気を取られている場合じゃない。

 敵は? 敵はどこにいったの?


「大将、やってるかい?」


「来店してる!?」


 普通にのれんくぐって現れました。ちょっとは違和感持ってください。


「大将、いつもの」


「常連なの!?」


「はいよ、おまかせね。今日は活きの良い鈴蘭が入ってるぜい」


「じゃあそれ、もらおうか」


 あれ? 鈴蘭って毒があったような……スズランっていう別のお魚がいたりするのかしら? っていうかクレスさん口調変わり過ぎじゃない?


「はいよ! 鈴蘭一丁!」


「大将、いい腕してるねぶっほあああぁぁ!?」


「吐いたああぁぁ!?」


「いっけね、鈴蘭って毒あるじゃねえか」


「いっけねですまないわよ!!」


 口から紫色の液体を吐き出した黒フード壱号さんは土にかえりました。

 いろんな意味で。


「これでいいのかしら……カズマ、私もうどうしたらいいかわからないの」


「とりあえず好きなもん頼んどけ。大将、中トロ」


「……そのまま食べていなさい。今日の晩ごはんここで済ませるわよ」


 食費を浮かしましょう。カズマは呪いのおかげで体が丈夫だし。まあ死なないでしょう。

 生活費は有効に使いましょうね。節約大事です。


「それじゃあ腹いっぱい食っとくか。あなご頼む」


 あれ……これタダなのかしら……? よし、請求されたら黒フードの人にツケちゃいましょう。ダメなら告白の効果が切れるのを待つわ。緑茶でも飲んで落ち着きましょうか。


「はあ……落ち着くわ……」


「お疲れのようですね。こいつはあっしのおごりでさあ」


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 クレス大将からヒラメとタコもらいました。

 食べないのもアレだし、まずはタコ……普通に美味しいわね。

 歯ごたえがあって酢飯の量も味も完璧だわ。

 ネタと酢飯が口の中でふわりと混ざって一つの芸術品になる。

 ヒラメも、次に出された中トロも美味しい。パックのお寿司じゃこうはいかないわね。


「美味しいです。凄く」


「そうかい! そいつは嬉しいねえ」


 本当に美味しいし、久しぶりにお寿司なんて食べてまったりしている。

 それはいいんだけれど、強いていえばここは異世界なわけで……もっといえば戦闘中だったわけで。それを考えるとちょっとだけ迷うというか気分が滅入る。


「どうぞ」


 一人前かそれよりほんの少し小さい器の中には散らし寿司。

 色とりどりで何種類もの具がちりばめられていて、芸術品みたいです。


「これは……?」


「お客さんが暗い表情でしたから。女性の気分を晴らすには綺麗なものを、と思いまして」


「大将……ありがとうございます」


 不覚にもじーんときてしまった。でもこれって私がカズマに告白したからよね。

 なんだか悪い気がするけど、気持ちを無駄にしないためにも笑顔でいただきましょう。


「美味しい! こんなに美味しい散らし寿司は初めてです!」


「ありがとうございます」


「よかったなあやこ。まあなんだ……悩み事なら相談に乗るぜ。水臭いことはいいっこなしだ。もっと頼ってくれていいんだぜ」


「うん、うん、ありがとう。ありがとうカズマ」


 素直に嬉しい。カズマが優しくて、お寿司も美味しい。

 なのに私だけ沈んでてどうするのよ。

 カズマを治せるのは私だけ。私がしっかりしないとね!


「ごちそうさま。元気でました! 私、これからも頑張ります!」


「へへっ、じゃあおれっちはもうお払い箱だな」


 クレスさんの服が光の粒子へと変わり、元の格好へ戻っていく。

 お寿司屋さんも消えていくみたい。あ、スーツ犬の人も消えていく。


「大将、美味い寿司だったぜ」


「おう、お嬢ちゃんをしっかり守ってやるんだぜ」


「任せな。なにがあっても俺が守り抜く」


 カズマの返答に満足したのか、お寿司屋さんは影も形もなくなり、初めから何もなかったのように公園の広場に戻りました。

 空を見上げれば、太陽はすっかり沈んで星が煌き始めています。


「あれ? 敵ってもう一人いたような?」


「敵か? さっきふぐの毒食って土になったぞ」


 見てないうちに消えるとは……なんかかわいそうね。


「ふぐロシアンルーレットを一人でやらされていたぜ」


「一人で!? その前にどうやるのよ?」


「ふぐの毒がある部分を六個用意して、一つだけ激辛わさびが山盛りに入ってるんだよ」


「全部毒入ってるじゃない!? わさびより毒なんとかしなさいよ!!」


「そのわさびってのがな、死ぬほど辛いんだとさ」


「毒は辛くなくても死ぬのよ!」


「俺がやったわけじゃないって」


 それはそうだけど……人が感動しながら散らし寿司食べてた時に、裏ではそんなことが……見なくてよかったわ。


「む……ここは……そうだ敵は! 敵はどうした!? 僕はどうしていたんだ!」


 おおぅどうしましょう。クレスさんにはお寿司屋さんだった記憶がないのかな?

 なくていいけど説明できないわね。


「ん……俺もよく思い出せないが……なんか寿司食ってたら勝手に死んで……」


「敵は! えーっと、なんだか倒れちゃったみたいです!!」


 カズマが余計なことを言いそうなので口を挟む。

 本当にことを言うとややこしくて頭がおかしくなるからごめんなさいクレスさん。

 勝手に寿司職人にして、柴犬風リゾットとカリフォルニアロールとちらし寿司を作らせてごめんなさい…………なんだこの謝罪。


「まだ生き残りがいたみたいだな」


 木々の間から仮面フードさんが一人出てきました。

 さっと戦闘態勢に入るカズマとクレスさん。


「今夜十時、美術館にて待つ。衛兵に知らせたり、一時間以上経っても来なければ、本物のシャルロットの命は無い」


 それだけ言うとフードさんは土になりました。

 声も今までより暗くて男か女かわからなかったわ。


「連絡用に作った簡易ゴーレムか」


「便利なもんがあるなこっちには」


「のんびりしてる場合じゃないわよ。本物のシャルロットさんが危ないわ」


「言っておくが、少なくとも罠であることは確定だ。そして、今まで倒した連中は……全員シャルロットだ」


「全員? 全員がシャルロットさん……ですか?」


 クレスさんが言っている意味がよくわからない。


「ちょうど……いやちょうどじゃないな。かなり遅れて僕の護衛達が来た。ちょっと話をつけておくから、その後ゆっくり話ができないかな?」


「その話ってのは俺も行っていいんだろうな?」


「当然だろ。なぜそんなバカ丸出しの質問が……ああ、そういうことか。安心していい。あやこくんを口説こうとか狙っているわけじゃない。シャルロットに関する話がしたいだけだ」


「わかりました。その前に一度家に帰って準備したいのですが」


 ちょっと疲れたし、せめて服をスカートじゃなくてズボンタイプに変えましょう。


「いいだろう。それじゃあ場所を教えてくれ。彼らに僕の装備を届けさせるよ」


 場所を教えると、クレスさんは執事服や鎧を着た人達と話をしに行きました。


「クレスさんのおかげで助かったわね」


「ああ、あとでちゃんと礼は言っておこう」


 さて、どうなることやら。

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