第26話 急な雷には気をつけよう
「あやこ、わかってると思うが無茶はするな。やることは一つだ」
カズマが私を見た後、後ろの敵二人を右、左の順で見る。
そこで察した。後ろの二人からなんとか逃げる作戦だ。
前の二人とは距離が離れているから、今のうちね。
多分片方に殴りかかるつもりでしょうから、援護しましょう。
「そうね、カズマも無茶しないでよ? 死なれたら天涯孤独になるわよ私」
「ははっ、そりゃきついな。んじゃ死なないでやるから感謝しな」
「相談は終わりか? 安心しろ。早ければ一日で終る」
「残念ね、私の予定は今日も明日もカズマでいっぱいなの。お誘いは嬉し……くないわね。普通にお断りよ。カズマ! これが私の気持ちだから!!」
後ろの二人に向けて好き札を投げる。さーて今回はどんなことが起こるかしらね。
「気持ちって……急に何の話を……」
好き札が避雷針となったのか、敵の頭上に雷が落ちる。しかも二発。
眩しいけど目が潰れるほどじゃないし、こっちに衝撃は来ない。
しかも地面もえぐれていない。環境に配慮されているわ。
「きゃあああぁぁぁ!?」
敵さんの叫び声がこだまする。これだけだと普通の雷系呪文みたいだけど……いや雷系呪文の時点でおかしいけれども、ひとまず置いておいて。
なぜか敵の頭上にだけ都合よく雷雲がごろごろいっていて。
なぜか木の札である好き札に落ちた。
まるで致命傷を避け、大声を出させて意識を向けさせることが目的であるかのような絶妙な電圧。もう職人技ねこれ。
「あちゃー急な雷で見えなくなっちまったな」
「そうね、急な雷には気をつけましょう」
言いながらダッシュで逃げ出す私達。確認しなくても同時に走りだした。
こういうところで心が通じている気がしますね。
いやあ本当に通じているんじゃないかしら。恋心以外は。
「魔法!? やっかいなのは女の方か! ええい逃がすか!!」
いいえ、男の方よ。呪いのせいで厄介さが上がったわ。
このまま逃げていてもダメね。来た道を戻りながら対策を考えましょう。
「さて、土地勘のない俺達はどこに逃げるのが正解かね?」
「人の多い場所よ。そこから自宅に帰るしか無いわ」
「それで我々から逃げられるとでも思ったのか?」
「ちっ、伏兵がいたか」
私達の進路にフードの人達が三人。まずいわね。
「この際だ。できれば返り討ちにして吐かせたいことがある」
「ダメよ。あいつらは剣を持っている。斬られたら大怪我するわ」
今のカズマなら質の悪い剣くらいじゃ傷つかない気もするけど、万が一を考えましょう。
こういう危機を乗り越えられそうなのが呪いの利点ね。
まんざら悪いことだけでもないわ。
「だが目的がわからなければ付け回される。俺達を捕まえるまでな」
「それは……」
「そもそも、だ。あやこを狙っているのが気に入らない。やつらに戦うのは割に合わないと思わせるんだ。二度と近づいてこないように、徹底的に心をブチ折るしかない」
私の事を考えてくれているのかしら。
ちょっと嬉しいけど、それでカズマが危険に巻き込まれるのは嫌よね。
「三対二か、どうするかね」
「いや、三対ゼロだ」
「なに?」
突然飛び出してきた人影が、三人を瞬時に切りつけた。
抵抗もできずに倒れる仮面フードの人達。
助けてくれたのはなんと。
「クレスさん!」
「妙なことになっているね」
「クレスこそ、どうしてここに?」
「簡単さ。僕も追われていてね」
「いたぞ! あそこだ!」
クレスさんの後ろから見慣れたフードが。どれだけいるのよフードさん。
「君達の追手は何人だい?」
三人で背中合わせに敵と向かい合う。味方が増えるのは心強いわ。
「四人いたが、二人はしばらく動けないはず」
あの電撃がどれほどの威力かわからないけれど、二、三分で回復できるとは思えない。
「そっちは少なくて羨ましいよ。こっちは二十人はいた」
「まだまだいるということですね?」
「いや、ほぼ倒した。あの連中で最後だと思う……そう願いたい」
クレスさん強いのね。話している間にもじりじりと距離を詰めてくる黒い人達。
「おいおい、いいのかい君達! もう人数も少ないのに、警戒もせず僕に近づいて!! その不注意で何人僕に倒されたかもう忘れたっていうのかい!!」
クレスさんと戦っていた黒フード達がビクっと反応し、後ずさる。
「やれやれ、これであっちは警戒してくれるだろう」
「策士だな。一斉に来られるときつい。助かった」
「なんのなんの。狙われているってことは君達も見てしまったのかい? 彼女達の顔を?」
「顔? いや、突然あやこを渡せと言われた。気に入らないから逃げたんだ」
「あの、彼女達って……全員女性なんですか?」
クレスさんの発言がちょっと気になった。私を狙った人達も女性のような声だったし。
まるで心あたりがあるような口ぶりです。
「ん? ほう、カンがいいね。こんな時に冷静でいるのは称賛に値する。戦闘慣れしているのかい?」
「いえ、私は戦えなくて…」
告白は非常事態にだけ、なるべく人に見られないように使いましょう。
自分でもコントロール出来ないし。むやみに使うのは危険ですよ。
「その分は俺が戦うさ」
「そうかい。それじゃあ乱戦は避けるべきか……」
足手まといになってしまう自分が嫌になるわね。
なんとかこの状況を打破できる手段を考えましょう。
「なにをしている! その男は何者だ!」
「そちらこそ! 何故その二人を追う!」
私達を追ってきた敵二人が到着。
距離が離れているため大声で相談を始めるフードさん達。
お互いに何をしているか知らない?
「統率が取れていないみたいだな」
クレスさんが正面の敵を見たまま、小声で話しかけてきた。
「つまり援軍だと思ってはいない。想定外の遭遇なんだと思います」
「なるほど。偶然か……えらい偶然もあったもんだぜ」
クレスさん側の敵との距離は十メートル近い。
クレスさんを警戒しているんだろう。
私達を追ってきた側は、さっきの告白をもう忘れたのか、仲間を倒された怒りなのか、大胆に距離を詰めてくる。
「こうなれば、せめて男二人だけでも殺すしかない。殺さなければ……逃げ帰っても同じこと……うあああぁぁぁ!!」
ゆっくりと剣を構えて猛ダッシュでこちらへ突っ込んできた。
「やるしかないか」
「……どうせ人形だろうから、殺しても構わないよ」
「人形? 人間じゃないってことですか?」
「殴って確かめてみりゃいい。ゥオラアアァァ!!」
がむしゃらに向かってきた敵の一人を思いっきり殴りつけて吹っ飛ばすカズマ。
手加減しないと威力も迫力も段違いね。
「こっちを殺そうとしてくる人さらいなんざ、殴っても良心ってやつは傷まないからな」
「同感だ。罪人を人間扱いしてやるほど、僕は優しくはないよ」
素人の私から見てもわかるほどに、敵とクレスさんの力量差は明らかだった。
紙一重という言葉の意味を理解できるほどギリギリでかわし、敵が一振りする間に十回以上の斬撃を繰り出している。
「なんだ……? 痛覚というものがないのか? ならば痛みなど関係なく、動けなくするまでだ!」
斬りつけられているというのに、怯まず向かってくる敵。
クレスさんが一人の首を飛ばすと、服から大量の土が溢れ出て、べしゃりと崩れ落ちる。本当に人間じゃないのね。
「カズマ。打撃が通らなければ剣を使うんだ」
クレスさんが敵の使っていた剣を投げ渡す。カズマに剣道の心得といったものはない。
この世界で買った剣だって、使いこなせていないから置いてきたくらいだし。
「サンキュー。やってみるか。セイヤアァァ!!」
敵の頭を豪快にかち割りながら、お腹まで剣が切り裂いていき……折れた。
鉄の軽鎧に引っかかったみたい。
そして大きなデッサン人形のような体が現れる。
どうやら人形の材質は一つじゃないみたい。
「ちっ、なまくらか」
「君の馬鹿力に剣が耐え切れないんだろう。今倒した敵の剣を奪いたまえ」
「カズマ、無理はしないで」
「わかってるさ。あくまでサポートに回る」
順調に倒すカズマとクレスさん。敵は後二人。私は見ているだけ。
ここで私だって戦えるもん! と言って邪魔になったら赤っ恥よ。
カズマが怪我でもしたら最悪。自己嫌悪で死にたくなるわ。
大人しくしていましょう。っていうか少し離れましょ。
「しまった!? 逃げろあやこ!!」
まずい、敵が二人こっちに走って来るのが確認できた。
「くっ、邪魔だ!!」
カズマは足止めをくらっているし、こっちに走るクレスさんは追いつかないかも。
敵の速さからして私の足じゃ逃げきれない。私が告白するしかないわね。
「カズマ! 聞こえたら返事して! 早く!」
「聞こえている! 早く逃げろ!!」
「カズマ! 私はずっとカズマのことが……」
告白の瞬間、クレスさんが青い光を身に纏い、凄まじい速度で駆けて来るのが見えた。
「何をしている! 早く逃げろと言っているのがわからないのか!?」
「大好きだよっ!!」
告白は急には止まれない。言ってしまった。
そしてこの状況で私の告白が発動した場合どうなるのか。どうすれば妨害できるのか。
正解は、まずクレスさんが爆発音とともに光に飲まれます。
そしてさらに告白ムードを忘れさせる方法、それは。
「へいらっしゃい!! 何握りやしょ!!」
クレスさん自身が寿司屋になることだ。
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