第25話 黒髪の聖女
「さ、二階へどうぞ」
階段の踊り場には、大きな大きな肖像画。
近づいてみると、五メートルくらいないかしらこれ。
金髪で、優しそうだけど、どこか芯の強さと神聖さのある美しい女性。
どこかシャルロットさんに似ている気がする。
「こちらが聖女シャルロット様です」
「なるほど、今のシャルロットに似ているな」
そのまま二階の聖女様コーナーを進む。
大小様々な絵は、どれも髪の色が違う。金髪が多いけれど、赤も青もある。
「髪の色が違いますよね?」
「聖女シャルロット様は、その能力によって髪の色が染まる方でした。中でも浄化の力を使う機会が多いため、光輝く金髪が目撃されることが多く、ご自身の美しさもあいまって金髪の絵が多いのです……が」
レイさんの足が一枚の絵の前で止まる。描かれている聖女様は黒髪です。
「世間では金髪が人気ですが、本来のシャルロット様は、ちょうど貴女のように長く美しい黒髪なのですよ」
「黒髪……ですか」
この絵には引き込まれる奇妙な魅力がある。
それがなんなのか、わからないところが少し怖い。
「ええ、お二人は同じ黒髪黒目ですが、ご兄妹ですか?」
「いえ、俺達は家族とかじゃありません。しいて言えば幼馴染ですね」
そうね。でもいつまでも幼馴染どまりでいる私じゃないわよ。
最終的には家族になってみせるわ。
幸せな家庭というものを築いてみせようじゃないのさ。
「こっちでは珍しいんですか?」
「目にする機会は少ないですが、髪色が多いため分散しているだけだと思いますよ……こっちでは、ということは旅の途中でしたか」
「まあ、そうですね。最近こっちに来たんです。しばらく滞在しようかと」
しばらくがどれくらいかは未定です。
「王都に知人でも?」
「いえ、全然です。知り合いもまだ数人だけですよ」
「そうですか……それは……いい」
レイさんの声が小さくなって聞き取れない。雰囲気もちょっと暗くなっている気がするわ。
「あの、なにか?」
「ああいえ、旅はよいものですねと。私も各国回っておりましたから。少々物思いに耽ってしまいました。いやはや……お恥ずかしい」
ぽりぽり頭をかいて照れ笑いを浮かべているレイさん。
旅か……まさか異世界二人旅みたいな状況になるとは思いもよらなかったわ。
人生何があるかわからないわね。
「シャルロット様の美しさはやはり黒髪にあると思うのです。金髪を至高とするものも多いですが、私は断然黒髪派です。この絵は女性としての黒髪の艶やかさと神々しさが同居した奇跡の一枚ですよ」
徐々に解説に熱というか私情が入っているレイさん。
もう十分くらい聞いている気がする。ああ、これ長くなりそう。
「あの、そろそろ日も落ちてきましたし、シャルロットさんの取材も終わった頃ではと」
「もうそんな時間でしたか。いやはや熱くなってしまいましたよ」
「案内ありがとうございました。夜遅くなるとその……」
「もうよろしいのですか?」
もっと語りたいです、という目をしていらっしゃる。なんとか断ろう。
「すみません。ありがとうございました」
「俺達がお仕事を止め続けるわけにもいきませんから」
「そうですか。残念ですが仕方ありませんね。気をつけてお帰りください」
「ありがとうございました」
一礼して別の場所を見てみることにしました。
ちょっと申し訳ない気持ちだけど、これは放っておくといつまでも続くやつよ。
「意外に熱い人だったのね聖者様」
「コーナーに入ってからの熱の入りっぷりは驚いたぜ」
人は見かけによらないというか、思わぬスイッチがあるのね。
そんなことを話しながら普通に展示を見て、ご飯を食べて、夕方過ぎになりました。
日が沈み始めた夕方。帰り道の大きな公園で一休み。
「美術館も意外と楽しめるもんだな」
「そうね。私も楽しかったわよ」
「他の女なら文句の一つも出そうなもんだが、いやじゃなかったか?」
「平気よ。別世界のものっていうだけで珍しいもの」
一緒にいるのがカズマだからというのも大きな理由ね。
好きな人といる時間というものは大切よ。そしてとても貴重。
「せっかくの別世界だ、いってみたい場所へ行ったり、やりたいことをやってみるのもいいかもな」
「やりたいこと……ね。いっぱいあるわよ。カズマと一緒にやりたいこと」
「別に俺に合わせなくてもいいさ」
「そういうわけじゃないわよ」
できれば告白が通って、恋人になってからしたいことも多いけどね。
今できることを着実に積み重ねていきましょう。
「あの……ちょっとよろしいですか?」
野望に燃える私の後ろから、声をかけてくる女性の声。二人して振り向くとそこには。
「カズマさん、あやこさん。お時間よろしいですか?」
目の前まで歩いてきたフードの人は、シャルロットさんだ。
フードを被り、私達にだけ顔が見えるようにしながら話しかけてきました。
「ええっと……なにか?」
用件がわからないので応対に困るわね。
「すみません。ほんの少しだけ、私について来てもらえませんか?」
「なにかあったんですか?」
「いえあの……ちょっとお話が……」
挙動不審というかなんというか……なにをやっているのかさっぱりだわ。
とても困っているようだけれど、素直について行っていいものか悩むわね。
「すみません。どうしても話しておきたいことが……あやこさんのことで」
「私? 私の事でここじゃ話せないこと?」
なにか知らないところで話が進んでいる? どうしたらいいのかしらこれ。
「ここじゃダメってことか? なんだか知らんが当然俺も行くぜ。あやこになにかあるってんなら意地でも行かせてもらう」
「そうね、カズマと一緒で……できれば近くのお店でお願いします」
「はっはい! ではえっとではあの、ではこちらでご案内を」
「落ち着け『では』って何回言う気だ。道に詳しくねえから店は任せるってことでいいか?」
カズマがこちらを見る。私に関係することだからか、意見を聞いているのね。
この辺の気配りが人気の秘訣というわけよ。
「ええ、いいわよ行きましょう」
シャルロットさん主導で並木道を歩く。公園の地図看板と、カズマとの探索の記憶をぼんやり思い出す。確か湖か森に行くはず。
このまま歩いてはいけない気がして、不安になって横のカズマに視線を送る。
するとカズマはふっと笑顔を向けてゆっくりと頷いてくれました。
「なあシャルロット。おすすめの店はまだか?」
「はい、もう少し先です」
「そうか、この先に店なんかあったか? 先月……四十日ほど前に来た時は普通の場所だったぜ」
これはウソ。その時期はこっちの世界にいない。ここはカズマに任せましょう。
「最近出来たんですよ」
「ほう、新しい店か。メニューは何がおすすめだ?」
「ケーキ、ですね。甘いケーキです」
「そうか、俺は甘いモノより食事がしたい。できれば奢りでな」
「そうですね、お食事くらいでしたら」
さりげなく一食分の食費を浮かそうとしているわね。私の分もお願いできないかしら。
「そうか、ならありもしない店よりいいパスタの店を知っている。そこにしないか?」
「えっ……?」
「俺達はちょっと前にここに来てるのさ。この先には何もない」
「私達をだましたのね? どうしてそんなことをするの?」
面白そうだし乗っておきましょう。ついでに悲劇のヒロインっぽい演技でもしようかしら。
前を歩いていたシャルロットさんの足が止まる。私達に背を向けて動かない。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃない。理由を言ってくれ。でなきゃあやこを抱えてダッシュで帰るぜ」
ここでいう抱えるというのは当然お姫様抱っこではない。
多分小脇に抱えられる。荷物みたいに。
「あやこさん……」
「もう喋るな」
突然木の影から現れた黒いフードに白い仮面の人達。前から二人。後ろから二人。
まだいるかもしれないけど、日が沈みかけているせいか並木道の木を一本一本観察しても影で潜んでいるか判断できない。
「これは……どういうことかしら?」
「あのっ! 私!」
「お前は用済みだ。消えよ」
シャルロットさんに剣を向ける仮面の集団。仲間じゃないの?
シャルロットさんは私達を呼び出すために利用された?
陶器のように白くて顔全体を覆う仮面のせいか、くぐもった声からは女性のような気がする。という程度の推理しか出来ない。
「カズマさん。あやこさん。私……」
「無駄口をたたくヒマがあれば消えろ。そこの二人となにか話せば斬る」
「俺が黙って見過ごすとでも思ってんのか? 悪いが手荒い真似をしてでも止めるぜ」
「そのあやこという女を庇いながらか? そこにシャルロットが増えてもか?」
シャルロットさんの首に剣を突きつける仮面の女性。そこでカズマの動きが止まる。
「いいか、なにも話すな。そこの二人が動かなければ、お前は見逃してやる」
「カズマさん……あやこさん……」
涙目でこちらを伺うシャルロットさん。刃物は怖いわよね。
やっぱり脅されていたのかしら。後で事情を聞いてみるとしましょうか。
「行け、シャルロット。本当にこいつらがお前を逃がすつもりならそれでいい。無茶はするな」
「私達なら大丈夫よ。急いで逃げて。人が多い方へ行ってね」
「すみません!!」
陸上部みたいな速さで駆け抜けていくシャルロットさん。
聖女様も身体能力は高いのね。浄化作業って大変だし。
「人質にして要求を叶えようとは思わないのかしら?」
「どう考えてもシャルロットを逃がすのは悪手だな」
「女だけ我々と一緒に来い。死にはしない。手荒な真似はしない」
お約束のセリフね。そんなのに騙されたりしないわよ。
「そんな保証は無いでしょう?」
「一緒に来い。殺しはしない。必ず連れて行く」
「会話が成り立たねえなこいつら」
「三度は言わない。四対一。しかも女を庇いながらだ。どうにもならないだろう」
こういう時にお荷物になるのがイヤね。
足を引っ張らない方法を探しましょう。
懐には好き札が三枚。これでなんとかカズマと一緒に逃げないと。
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