第32話 聖者と悪魔は同じ人
深夜に近づく大聖堂で、聖者レイとその従者シャルロットとの戦いが始まる。
「放て!」
魔弾をレイに向けて放つも、シャルロットが打ち落とす。しかもパンチで。頑丈ねえ。
「お覚悟を……」
シャルロットがこちらへ急接近してくる。
今までの敵は私を狙わないようにしていたけれど、もうその必要も無いということね。
「あやこはやらせない!!」
カズマとシャルロットの拳がぶつかり、お互いの体が後方にのけぞる。
カズマと互角かそれ以上のパンチということ。絶対当たりたくないわ。
「僕達がくらってしまえば、ただではすまないな」
「なんとかしないと……でも数が多くて」
土人形の数が多い。魔弾を打ち込めば倒せるのが救いね。
「さて、そろそろ聖者の強さ、お見せしましょう。ブリザードニードル!」
吹雪にまぎれて氷の槍が飛んでくる。これまた数が多いわ。
こっちが三人しかいないのが、じわじわ響いてくるわね。
「フレイムシールド!」
クレスさんが自作の魔法剣と炎の壁で魔法を防ぐ。
この瞬間にほぼ役割が決まったわ。私が土人形を減らしながらレイを狙撃。
クレスさんが魔法の打ち合い。カズマがシャルロットと肉弾戦。
「あやこくん。気になっていることがある」
「なんです?」
「やつらはきみを雷の魔法使いだと言っていた。だがきみが雷を使っているところを見ていない」
告白のことね。カズマへの愛の告白は、どんな場所だろうと理不尽に妨害される。
それを利用したらたまたま雷が出ただけ。小声でクレスさんと作戦会議よ。
「雷じゃないんです。一応必殺になるかもしれないんですけど。条件に気付かれると妨害されます。初見殺しって言って通じますか?」
「意味は通じる。倒せそうかい?」
「わかりません。効果が完全なランダムなんです。何が起きるのかさえ選べません」
これで選べたらもう本当に万能なんだけど、そううまくはいかないのよね。
「いいさ、物は試しだ。どうすれば発動できる?」
「カズマが必須です。私とカズマの間に敵を入れるか、私が書いたものをカズマに読ませる必要があります」
「……それでなにをするのか想像がつかないな。まあいい、いけそうなら頼むよ。時機を見てね」
「はい、やってみます」
好き札は持ってきた。でもカズマに見せて意味を理解してもらう必要がある。
告白は声が届かないとダメ。シャルロットは素早いし、レイは妨害に徹することもできるでしょうし。
「……これは難しいわね」
「はっ! せい! ゥオリャアア!」
「しぶといお方ですね」
カズマとシャルロットが足を止めての打ち合いに切り替えている。
凄い音がするけど大丈夫かしら。二人ともよく生きているわね。
「しぶといですな。そうまでしてあやこさんを守りたいですか」
「当然だ。あやことした約束は守る」
「ふむ、まあカズマさんはわかります。大切な人なのでしょう。クレスさん。貴方はなぜ彼女を庇うのです? 縁もゆかりもない女性を守るより、私を狙えばいい。それほどの腕だ、私を殺せるかもしれませんよ?」
クレスさんは数時間前まで他人だった。
確かに私達を無視してレイだけ倒せば終わる話。
「簡単さ。聖者レイ。きみがこの町を汚したからだ」
「くだらないことを。聖女様が復活すれば、この町は今よりもっと美しくなる。シャルロット、いつまでその男に手間取っている。殺せ」
「御意」
シャルロットの手から光の刃が飛び出し、カズマを襲う。
「そいつはもう見飽きたぜ」
仕込み刃で光の剣を薙ぎ払うカズマ。
すっかり使いこなしているわね。
「カズマさん。もし、私が死んだら……お願いが……」
「なに?」
刃のぶつかる音で、二人の会話が途切れる。
何か話しているようだけど、ここからじゃ完全には聞き取れない。
「わかったよ。それでいいんだな」
「はい。これもレイ様のためです」
打ち合っていたカズマがこちらへ飛ぶ。
攻撃をかわし切れなかったのか、切り傷が増えている。
「そうだ、あの石」
アレックスさんにもらった石をカズマに使う。
カズマの体に当てて、ゆっくり念じる。
星の巫女の力を引き出すときと同じ要領で。
「助かった。ちょっとしんどくてな」
「ちゃんと言いなさいもう。それより、カズマがレイの背後に回るのは厳しいわよね?」
「なにをしたいのか知らんが、ちときついな。無理に抜ければシャルがあやこを狙うだろ」
「シャルロットの腕輪だけでも砕けないか?」
「なるほど。それでいきましょう。クレスさん、シャルロットの動きを止めて。カズマ、こんな時にあれだけど、でも今だから伝えておかなきゃいけないことがあるの。戦いながら聞いて」
腕輪は制御装置であり、パワーアップのためでもある。壊せばカズマなら勝てるはず。
「なんだそりゃ?」
「いいから黙って従うんだ。あやこくんを信じて動くのは得意だろう?」
「へいへいやってやりますよ。ってか今必要なことなのか?」
「今だから伝えておかなきゃいけないのよ。いい、これを見て。これが……」
好き札を準備完了。一枚だと壊されるから、二枚をシャルロットに向けて投げましょう。
「シャルロット。なにかされる前に潰しなさい」
「はい、レイ様」
シャルロットが突っ込んできた。クレスさんにアイコンタクト。
「フリーズウェイブ!!」
冷気の波がシャルロットの足を凍らせ止める。今がチャンスね。
「カズマ! これが私の気持ちよ!!」
シャルロットに向けて『好き』と書かれた札を、一枚シャルロットの足元に投げる。
カズマの動体視力なら確実に読んでくれるはず。
「なんです? 木の板? そんなものでなにを……っ!?」
シャルロットの足元から突然噴火したマグマが札の一枚とシャルロットを焼く。
「なっ!? これは! 魔力など感じなかったのに!?」
咄嗟に両腕でガードするも、マグマの勢いは止まらず、シャルロットの体が打ち上がる。
ここでもう一枚をシャルロットのさらに上に向かって投げた。
「カズマ! もう一枚は上よ!!」
もう顔が上を向いているけれど、一応言っておく。
そして天井を破って現れる大量の水。まるで滝のように降り注いでいる。
「上は洪水。下は大火事ってなぞなぞあったわね」
猛烈な蒸気を噴出して、マグマとシャルロットが冷却されていく。
もとは土人形。マグマと混ざって固まると、一つの大きなオブジェのようになった。
「今よカズマ!!」
「ゥオオオオラアアア!!」
土のオブジェとなったシャルロットにカズマの拳が打ち込まれる。
木っ端微塵になったシャルロットだったものは、完全に土にかえった。
「腕輪もイヤリングも熱で溶かされたみたいだな。後はお前だけだぜ、レイ」
「バカな……シャルロットが負けた? 復元もできんとは……なんだその力は!?」
「強いて言うなら愛の力かしら?」
「熱しやすく冷めやすいってことかい?」
「十代の女ってのは愛だの恋だのが好きそうだからな」
男性二名から散々な評価だ。冷めないわよ。カズマ熱はずっと燃え続けているわ。
「よっと、これだな。確かに受け取ったぜ、シャルロット」
カズマの手にはピンク色の結晶。それもカズマの手からはみ出るくらいの大きなもの。
「どうして……」
「こいつがシャルロットの核だ。瘴気は浄化なんてされていない。そのまま吸い込んで蓄積されていたんだよ。俺を越えるほどのパワーとスピードの燃料としてな」
「なぜそれを知っている。いや待て、なぜ浄化されている!!」
「シャルロットの頼みだからさ。このままレイが悪しき道を往くのなら、自分を倒したら星の巫女に浄化して欲しいってな」
「おのれ……裏切るか! 人形の分際で!」
「違うわ。シャルロットは……最後まであなたのことを想っていた。だからこれ以上間違った道に進んで欲しくなかったのよ!」
カズマの持っていた結晶に手を添える。
レイさんへの悲しみが、私達の中に伝わってくるようで。
シャルロットさんの想いが染み渡った。
「残念だ。美しき黒髪を……私自身の手で倒さねばならないとは」
ローブを脱いだレイはローマの拳闘士のような服だった。
無駄を排除して急所だけを守るプロテクターの付いた服ね。
「ここまで戦ってきたシャルロット全ての力と命。そして腕輪の力は結界に満ちている。その全てを……私が貰う!!」
なにか膨大な力が急速にレイへと吸い込まれていった。
「フッフフフフハハハハハハハハ!! これでワタシは無敵! これこそが聖者の力だ!!」
筋肉が何倍にも膨れ上がったレイは、聖者というより化け物だ。
青いオーラが全身から溢れている。魔力なんてつい最近まで感じたことがない私でも、それがどれだけ危険なものかわかってしまう。
「こいつは……ちょいとやばいかもな」
「ならば先手を取るぞ。フリーズウェイブ!」
「カズマ! これを読んで!」
負けられない。倒れたシャルロットさんのためにも。
氷の波と同時に好き札を二枚、レイに向かって投げる。
「くだらん」
レイはカズマが見るより早く、好き札を両手で砕いてしまう。
しかも氷の魔法をものともしないで歩いてくる。
「化け物が……」
「化け物とは心外だな。ワタシほどの聖者はいないというのに」
「クレス! 同時に行くぞ!!」
「いいだろう」
高速でレイへと接近した二人が同時に拳と剣を振るう。
でもそこにレイの姿はない。
「消えた!?」
「ザコが……死ねい!」
丸太を超える太さの腕が横に振るわれ、クレスさんが壁に叩きつけられる。
「がはあっ!?」
「クレス!!」
「キサマもだ!!」
レイの強烈なキックでカズマの体が天井近くまで浮き上がる。
「カズマ!?」
「どこを見ている? 聖女の器よ」
目の前にレイがいる。あまりの恐怖からか、ほとんど反射的に体が動いていた。
「放て!!」
レイの顔に魔弾が直撃する。手を休めずに弾切れになるまで打ちつくした。
「クックック……」
「なっ!?」
魔弾の爆発の中から現れたレイの顔には傷一つない。
「それが……どうした?」
こちらを見下す笑顔は聖者なんてものじゃない。悪魔そのものだ。
「ゥオオオオラアア!!」
カズマが上からレイに向けてキックを放つも、レイはいつの間にか遠くの祭壇へと戻っている。
まったく動きが見えなかった。カズマを越えているのかもしれない。
「あやこは俺が守る!」
「無駄だ! キサマの動きはシャルロット達の経験から見切っている!」
「どういうこと?」
「大方、結界から力と人形の経験や見たものを一緒に吸収したんだろう」
「クレスさん!」
壁を背にして立ち上がるクレスさんは、ふらふらしていて戦える状態じゃなさそうだ。
回復の石を一つ渡す。しばらく私とカズマでやるしかない。
「一番の障害はキサマだカズマ。まずはキサマから血祭りに上げてやる」
「そう簡単に俺を倒せると思うなよ」
ゆっくりレイの元へ歩くカズマ。二人が攻撃の届く距離まで近づくと、攻防が始まった。
「ゥオラア!」
「当ててやろう。まず右のパンチ」
「なにっ!?」
レイはゆっくり体を傾けてパンチをかわす。
「チッ! セイヤア!!」
「次に右のハイキック。その次が腹への左パンチ」
ほんの一瞬遅れて予言どおりにカズマが動く。完全に読まれている。
「これはもう予知能力だ。どう足掻こうがキサマは死ぬ運命なのだよ!!」
「完璧に読むなんて……いくらなんでも可能なの?」
「不可能を可能にしてこそ聖者だ! ワタシは全てを超えた!」
カズマの攻撃を全てかわし、なぶるように打撃を加えていくレイ。
このままじゃカズマがもたないわ。
「戦闘経験の差だ」
「クレスさん。大丈夫ですか?」
クレスさんと合流するも、まだ戦える状態じゃなさそうね。
「なんとかね。カズマの攻撃は速いよ。だがあれは誰かに習ったものじゃないだろう? しかも戦闘の経験そのものが少ないんじゃないか?」
「はい。私達は最近まで戦いとは無縁の生活でしたから」
「なるほど。レイは経験と急激なパワーアップで本当に無敵に近い存在となっている。それに比べてカズマの攻撃は単純なのさ」
「ならどうすれば?」
「あやこくんの魔法を使うことが、一番可能性が高いな」
告白でなんとかするしかないわ。札は使いきりましょう。出し惜しみしている時じゃない。
「クレスさん。この札を、私の気持ちだとカズマに……」
「小細工はさせん!」
レイの手から光る魔力の球が飛んでくる。まずい、避けられない。
「危ない! あやこ!!」
「邪魔だ!!」
止めに入ろうとしたカズマが殴られて壁にめり込む。
クレスさんと二人。爆発の中へ飲み込まれる。
ごめんなさいカズマ。せめて……答えは聞けなくても、告白だけは届けたかった。
「クハハハハハハ!! …………なにい!?」
思わず目を閉じたけど……痛みが襲ってこない。
薄く目をあけると、胸のあたりが光っている。
「なに? この光は……」
暖かい光は壁となって私達を守ってくれたみたい。
懐を探ってみるとアレックスさんからもらった花だ。
「それは……」
「アレックスさんからもらったお花です」
「ふん、魔法の壁か。壊せぬものではないわ!」
魔法を連射してくるレイ。衝撃も爆風もこちらには伝わらないけれど、大聖堂は激しく揺れる。
「まずいな。これじゃあ時間の問題だ」
そのとき、こちらに注意の向いたレイの背後からカズマが殴りかかる。
「ぐうぅ! 調子に乗るなカスが! ワタシは聖者だ! 人間を超えた最強の存在だ!!」
カズマの一撃は後頭部に当たったものの、倒すにはいたらず。
逆にレイの強烈な回し蹴りをくらってこっちに吹っ飛んでくる。
「おっと、生きているかい? あやこくんにぶつかるところだったぞ」
飛んでくるカズマを難なくキャッチしているクレスさん。
もう動けるのね。よかった。
「すまない。まだギリギリ生きてるぜ」
クレスさんに支えられて立ち上がるカズマ。どう見ても大丈夫じゃないわ。
もうボロボロになっている。このままじゃ勝ち目はない。
「すまないあやこ。守ると言っておいて、お前が撃たれる時になにもできなかった」
「あれだけ殴られていたら無理もないわ」
あれで完璧に守れとか鬼の所業よ。
カズマ生きて戻ってきたのは嬉しいけれど、これじゃあレイに告白の余波が届かない。
「今のでわかった。レイはこちらの筋肉の動きや視線で次の行動を予測している。上がっているのはパワーだけじゃないんだ」
「そうだ、動体視力も反射神経も……全てが何倍にも膨れ上がっている。だがそれがわかってどうなる? どう足掻こうが皆殺しだ! 運命は変わらん!!」
「やらせねえ……俺が生きているうちは……絶対にあやこは死なせねえ」
「もうすぐ死ぬキサマになにができる?」
カズマの胸がまた一瞬光ったように見えた。
私と同じ暖かな光……そうだ、同じ花をカズマも持っているはず。
「俺もな、一個だけ予測できることがあるんだよ」
「……なに?」
「俺がお前に負けて死んだとするだろ? その時のあやこの顔を想像するとな……自惚れかもしれねえ。これが自意識過剰ってやつなのかもしれねえ。けどな……どれだけ思い浮かべても……どれだけ知恵絞って考えても……あやこの顔は泣き顔しか出てこねえんだ」
「ふっ、ならばそれが運命ということだ」
「だとしても……悲しむ顔がくっきりと想像出来ちまったら……お前なんぞに……運命なんぞに負けるわけにはいかねえんだよっ!!」
部屋中に響き渡る絶叫に反応したかのように、強烈な光が部屋を満たしていった。
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