第31話 聖者レイの歪んだ野望

「こちらが最終ステージ、大聖堂です」


 シャルロットに導かれて入った大聖堂は、奥に巨大な女性の絵と祭壇が見える。

 あの絵は黒髪の聖女シャルロットね。


「ようこそあやこさん。その黒髪にまた会えて嬉しいよ」


 祭壇の前に立つ男の人に見覚えがある。


「やはり黒幕か。聖者レイ」


 聖者レイは前に見たときと変わらない笑顔で、私達を迎え入れた。

 それがなんだか不気味ね。


「ここまで誰一人殺せなかったか……」


「申し訳ございません。レイ様。せめて腕輪は確保しておきました」


 シャルロットが持っているのは、これまで戦った人形の腕輪? なぜあんなものを。


「ふむ、まあいいでしょう。さて、お察しの通り私が黒幕です」


「つまりお前を倒せば終わるってことだな?」


 カズマが部屋に一歩踏み入る。レイまでは百メートル以上ある。どれだけ広く作られているのよここ。


「なにも闘う必要などありませんよ。あやこさんを渡していただければそれでいいのです」


「断る」


「私もお断りよ」


 私達は部屋に入ったところで並んでいる。何か起きた時に離れ離れにされないためだ。


「……僕達の話を聞いてくれるかい? あやこくんに関係することだ」


 クレスさんがなにか交渉しようとしている。とりあえず黙って聞いてみましょう。


「聞きましょう。戦わずに終わるのならばそれでいいのです」


「なぜあやこくんを狙う? その場で殺さないということは、邪魔だから処分しようというわけではないのだろう?」


 これはずっと気になっていた。私とレイに繋がりなんてない。


「ええ、もちろんです。むしろ必要なんですよ。絶対に」


「どういう意味だ?」


「私はシャルロット様を完成させたいのです」


「意味がわからないな。シャルロットというのは土人形のことか?」


「いいえ、あの絵画のシャルロット様です。あやこさんとカズマくんを案内した時に見た、あの黒髪のシャルロット様を完成させたいのですよ」


 もう完全に意味がわからない。

 黒髪のシャルロット様を作るとして、なぜ私が……まさか。


「私を使って作る……ということ?」


「勘のいいお方だ。半分正解ですよ。私には不思議な力がありましてな。お見せしましょう」


 レイが右手をあげ、光を放つ。咄嗟に身構える私達。


「クレイジー・クレイドール」


 レイと私達のちょうど中間に一体の土人形が現れる。髪も顔もない。マネキンみたいだ。


「これが私の生まれもった力です。土や金からでも人形を作り出し、意のままに動かす。歳をとるにつれて色をつけ、声や意思を持たせることもできるようになりました」


「散々戦わされたのはこいつか」


「ええ、人形でも一人か二人は殺せると思っていましたが……予想外でしたよ」


 レイの声からは、私達を素直に褒めているような、少し嬉しそうな印象を受ける。


「シャルロットを完成させたいってのはどういうことだ? もう死んでいる聖女様のことだろ?」


「ええ、もう死んでいる。私はそれが悲しかった。子供の頃から、物心ついたときから私は聖女シャルロット様の信者でした。中でもこの美術館にある黒髪のシャルロット様二枚は、私の心を捉えて離さなかった」


 黒髪の二枚目はレイの後ろにあるものかしら。確かに綺麗ね。


「この道を選んだのも、聖女様に近づきたかったから。そして様々な国を渡り歩いていた時です。懇意にしていただいた貴族から、シャルロット様のご遺体が保管されている場所があることを知りました」


「僕も噂で聞いたことがあるな」


「厳重に保管されていた遺体を見つけ出し、保存の結界に侵入して棺を開けた。聖女様を一目でも見たかったからだ。だが……そこにいたのは……ただの干乾びた骨だった」


「そりゃ死んでるんだから当然だろ」


「悲しかった……なぜ、なぜ聖女様が、あの美しい聖女様がここまで醜くならなくてはならないのか。私の気分は最悪だった。あのかさついた肌触りも……不快感しか生まない臭いもね……」


 心底悲しそうな声を出すレイ。けど……なんか気持ち悪いわ。


「あまりの不快感に……吐いてしまってね。とても裏切られた気持ちだった。そして私は遺体をすり替え、持ち去った。本当のシャルロット様を作るために」


「聞いてるだけでこっちが吐きそうだぜ」


「同感ね。一個も同意できないわ」


「聞いて損をしたな」


「私は悟ったのです。愛されるため、美しさを追求されて生み出される絵画と、ただ情欲に身を任せ、腰を振っていれば生まれてくる人間のメスを同列に扱うことが間違いであると。この力は本当の聖女様を生み出すためにあるのだと!」


 人間はここまで間違った方向に進めるのね。

 気持ち悪いを通り越して、まったく別の生き物に見えてきたわ。


「結局私を呼んだ理由はなに?」


「わかりませんかな。新しい土人形には髪がない。遺体は骨。土は肉。髪だけは繊細すぎて完璧には作れない。しかも黒髪の女性は珍しい。町に住む黒髪がいなくなれば騒ぎになる」


「だからこの町に来て間もないあやこくんを選んだわけか」


「そう、そしてその美しい黒髪を奪えば……私のシャルロット様は完成する!」


 天を仰ぎ、まるでそれが当然で正しい行いのように語るレイ。

 もうこっちが不快感しかないわ。


「どこまでも狂った男だ。聖者を名乗るには汚れ過ぎている」


「なんとでも言えばいい。私の愛した聖女様を蘇らせるため。そのためなら汚名も全てこの身に受けましょう。試練を乗り越えた先にこそ、最高の結果は待っている」


「そうかい。それじゃあこいつも受けてみな!!」


 一気に距離を詰めたカズマが、レイに向けて右拳を突き出す。


「レイ様に手出しはさせません」


 カズマの拳を片手で止めるシャルロット。

 今までカズマの力を真正面から止めた相手なんていなかったのに。


「やるな。木偶人形とは違うってわけか。星の巫女もどきだけはあるな」


 危険を察知して私達の元へ飛ぶカズマ。これは簡単には終わりそうもないわね。


「気付いていたのですか」


「浄化室で会ったのはお前だな。あの時、違和感があった。まるで浄化せずに瘴気ごと取り込んでいるようだった」


 そうか、あの時の違和感はそれね。

 巫女というより、なんだか禍々しい存在に見えてきたわ。


「彼女はレプリカの中でも最高傑作ですよ。腕輪をいくつつけても体が崩壊しない」


 ローブを脱いだシャルロットの両腕には、数え切れないほどの腕輪がついている。

 よく見ると首からさげているネックレスも、イヤリングまでも赤い宝石だ。


「流石聖女シャルロットの弟子だっただけはある」


「弟子? 人形がか?」


「言ったはずですよ。遺体は骨として使うと。弟子の遺体の中から一番状態のいいものを失敬しました。骨をすりかえてね」


「土の中に組み込んだのか!」


 最悪ね。目的のために手段を選ばない。とことんゲスだわ。


「そういうことです。さあシャルロット。あの男を殺せ」


「全てはレイ様のために」


 タンクトップにショートパンツで、グローブをつけたシャルロットは、もう聖女というより格闘家だ。


「気をつけろカズマ。あの女……かなり戦闘経験豊富だ。隙がない」


「わかっている……俺一人で意地張っても勝てないな」


「せっかく三人いるんだから、全員で勝ちましょう。三対二ならこっちが有利よ」


「もうすぐ最高の聖女様が完成する。その時こそ、私の愛は成就される」


「あやこはお前なんぞに渡さない!」


「聖者レイ。きみはやってはならないことをした。この町を、王都マグナヴェリスを汚した。その罪を償ってもらう」


「あなたは間違っているわ。そんなものは愛じゃない」


「ならば止めてもらいましょうか。どちらが正しいか。それは勝者のみに語る権利がある」


 こんな歪んだ男に付き合っていられないわ。必ず倒して帰るのよ。

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