第30話 純金製って悪趣味ですよね

 中庭に入った私達を、金髪のシャルロットさんが待っていた。


「それでは第二ステージです」


 夜もふけた美術館の中庭。月明かりが差し込み、中央の噴水を照らしています。

 花々がしっかり手入れされて規則的に咲いている。休憩用のベンチもあるわ。


「随分とあっさりしているね。仲間が死んだことになんの恨みも悲しみもないのかい?」


「挑戦者一名が彼女と戦っていただきます」


 クレスさんを無視して、無表情で淡々と告げられる。やっぱり狂っているわ。

 噴水の影から現れたのは、白い仮面の……おそらくシャルロット。

 全員服装が同じね。聖女の制服なのかしら。


「残りのお二人はあちらのベンチへどうぞ」


「どうする? 僕が行くか?」


「いや、俺が行く。あやこの武器に魔力を込めておいてくれ。メンテも頼む。試作品なんだろ? 壊れちまったらまずい」


「了解した。だが一人でやれるのか?」


「頑丈なんでな。俺が戦っている最中に弱点を見つけて欲しい。俺達は魔力についての知識が乏しい」


 外側から観察して弱点を見つけろということかしら。


「気をつけてねカズマ。一人ということは余程自信があるのよ」


「わかってるさ。心配するな」


 カズマと仮面の人が向き合っている位置から離れた場所で、ベンチに座っている私とクレスさんと、案内役で敵のはずなのに座っている普通のシャルロットさん。


「シャルロット……ああ、あっちじゃなくて隣にいる君は何故こうも堂々と僕の隣に座っているんだい?」


「私は案内役ですから。そちらに攻撃する気はないのでご安心を。紛らわしければシャルとお呼びください」


 全然安心できないわよこれ。私を少し離してクレスさんの隣にいるシャルは、攻撃してくるような感じじゃない。狙いは何かしら。


「どうせ僕が邪魔をしないように監視しているんだろう? 助言くらいは許して欲しいな」


「戦闘に参加しない限り自由です」


 ここは大人しくしていましょうか。余計な負担をかけないようにしましょう。


「どうせ殴って壊れるんだ、その面も取りな」


「では、お言葉に甘えまして」


 カズマと向かい合っていた敵がお面を外すと、そこには金色の顔。

 夜でも存在を主張して、輝く金の人形がそこにいた。


「金か……豪勢な人形もあったもんだな」


「そう私は全身が純金。土くれとは文字通り桁が違うのですよ」


「お高くとまりやがって。俺みたいな庶民には眩し過ぎるな……小銭になるまで崩してやるよ!」


「お客様、本館では両替はお断りしておりますわ」


「ゥオラア!!」


 カズマの右ストレートを正面から受けたシャルロットの両腕はぐにゃりと曲がる。


「無駄でございます。他の固体のように崩れたら負け、などという軟弱な構造ではありません」


 痛みがないのか、表情一つ変えずに曲がった両腕でカズマを掴みにかかる。


「ならどこまで崩れても死なないか試してみるさ」


 腕を蹴りで払い、パンチの連打でどんどんシャルロットの形を歪めていく。

 一見優勢だけれど、呻き声一つ上げていない。

 むしろカズマに近寄っている気さえする。


「気をつけてカズマ! 反撃してこないということは、何か狙っているわ!」


 突然シャルロットの舌が伸び、カズマの喉を狙う。やっぱり舌まで金色なのね。

 その攻撃方法は妖怪のやることじゃないかしら。


「うおっと!? あっぶねえ……」


 ぎりぎりバク転で回避。少し距離を取ったカズマはどうやら無事みたい。


「助かったぜあやこ。アドバイス無しじゃやばかった」


「あいつ、もしかして体を変化させられるのか?」


「正解です。これを見て生きていられるとは、中々お目が高い……土人形には荷が重かったようですね」


 まずいわね。カズマは接近戦しかできない。あれに近づくのは危険よ。


「では、正攻法はここまで。ゴールドラッシュの始まりです」


 シャルロットの体がドロドロに溶け出した。


「溶けた!?」


「ご存知ですか? 金という物質は溶けても美しいのです」


 地面から大きな金色の拳がカズマを襲う。


「チッ! ゥオラアア!!」


 カズマの拳と金色の拳がぶつかる。凄まじい轟音を響かせて、金の拳に穴が開く。


「そして好きな形に固めることができる」


 溶けた金が突き出されたカズマの右腕に絡みついている。


「ゥリャアア!!」


 伸びている金に拳を叩きつけても穴があくだけ。すぐに復活してしまう。


「頭に血が上っているご様子。少し冷やして差し上げましょう」


 液状になった金はカズマの腕を掴んで天高く持ち上げる。


「さ、どうぞごゆっくり」


 そのまま乱暴にカズマを噴水目掛けて振り下ろした。


「がはあ!?」


 派手な音が中庭に鳴り響いた。噴水は砕け散り、水柱の中にカズマが消えていく。


「カズマ!! まずいわ、カズマじゃ相性が悪い!!」


「次の挑戦者をお選びください」


 土煙と不規則に噴出し続ける水の中から、カズマがゆっくり起き上がる。


「おいおい、まだ死んじゃいないぞ」


「無理をするなカズマ! ここで死ぬわけにはいかないんだぞ!」


「わかってる。んなことは百も承知なんだよ。いいからそこで座ってろ。おいシャルロット、まだ俺は戦える。続行だな」


 降参しろと言ってもしないでしょう。だから勝って。勝って帰りましょうカズマ。


「本当に丈夫ですね。降参しないというのなら続けますが……」


「おう、待たせて悪かったな」


「足元がお留守ですよ」


 同時に地面から何本もの金のトゲが突き出される。

 庭を移動してなんとかかわし続けるカズマ。

 残された剣が地面に戻り、カズマの近くに現れる。


「キリがねえな……さてどうするか……」


「余裕ですね。まあ刺さらないほど頑丈だというのはもう調べましたが」


「俺の腕に食いついていた時か。そこそこ痛かったぜ」


「ええ、内側から突き刺すつもりでしたが……これは予想外です。一度戻しますか」


 全ての金が体へ戻り、純金のシャルロットが完成した。


「キッチリ元通りか。結構複雑な造型しているくせにやるな」


「私は同胞から型を取って生み出されました。その時に記憶してあります」


「にしちゃあ随分と型破りなやつが生まれたもんだな」


「故に貴重で値が張るのです。ご理解いただけたようですし、あの世へ送って差し上げますわ」


 ダメージが通らない。それはカズマに勝ち目がないということ。

 私達は手出しできない。しようとすれば私を狙って敵が動く。どうすれば。


「カズマ! 僕が渡した剣だ! あれに魔力を込めろ!」


「さっきからやっちゃいるんだが……魔力ってのを出したことがなくてな。いまいちピンとこないんだよ」


「言っている場合か! さっきの魔剣を思い出せ! あれと同じ感覚だ!」


「よくわかりませんが、小細工ができないうちに死んでいただきましょう」


 金の大剣がカズマに向けて振り下ろされる。


「生憎と未練たっぷりでね。もうちょい延長させてもらうぜ!」


 振り下ろされるまでのわずかな時間でシャルロットに肉薄し、その胸に刃を突き立てるカズマ。

 完全に入ったように見えるけれど、彼女の表情は変わらない。


「見苦しいですね。死神さんをお待たせするものではありませんよ?」


 自分の体からハリネズミのように大量の金の針を突き出して身を守るシャルロット。

 あれをやられるとカズマは下がるしかない。また二人に距離ができる。


「今、カズマが光ったような」


 カズマの胸の辺りが光った気がした。一瞬だけど、なにかしら。


「なあに、延長料金は目の前に金塊がある。地獄の沙汰も金次第さ」


「そう、では私は天国へ……いけるのでしょうか?」


「なんだ不安になったか? なら善行でも積んでみな。俺達を素通りさせれば感謝くらいはしてやるぜ」


「いいえ、これも気の迷い。あの人のためなら地獄へ落ちることもためらいません」


「なら遠慮なく壊させてもらおうか。こいつをな」


 カズマが持っているのは……腕輪? 聖女の装備だったはず。なぜカズマが?


「いつの間に……」


「前の部屋で人形が全員付けていたからな、ひょっとしてお前達の制御装置かなにかじゃないかと思っていたんだ」


「確証のない、ただの憶測ではありませんか」


「ああ、だがお前は腕輪を体内に隠していた。胸を突き刺した時に引っかかったし、殴って金を散らした時にも見えた。わざわざ隠すのは、壊れちゃ困るからだろ」


 奪った腕輪を踏み潰すと、中央についている赤い宝石が音を立てて砕け散る。


「油断していた……人間に負けるはずがないと……取るに足らない存在だと」


 シャルロットの両足がどろどろに溶けて一本の柱のようになっている。


「ですがまだ腕輪は存在する。それに……」


 足がまるで蛇の体みたいに長く伸びていく。


「足などこうしてしまえば、かえって動きやすいというものです」


「そうかな? 自分の体にある金しか動かせないんじゃないか? 地面に刺さった剣、なんで戻した? 一定数以上は同時に出て来なかったな?」


「数えていたのですか。抜け目ない人ですね……あの方が現れる前なら、好意も抱いていたでしょう」


「丁重にお断りする。人形遊びする歳でもないんでな」


「そうですか。そろそろ自壊を抑えられません。完全に崩れる前に、あなたを殺します」


 シャルロットの足から上が、顔も体も区別できない一本の剣となる。


「やってみな。おかげで魔力を引き出すってのが体で理解できた。次で決めてやる」


 数秒の沈黙。先に動いたのはシャルロット。横薙ぎに払われる剣。

 そのとき、またカズマの胸が光る。


「セイヤアアァァ!!」


 常人を超える速度で走り出したカズマの刃が、十字の傷を作り出す。

 うっすら光る切り傷は、人型に戻りつつあるシャルロットの背中に刻み込まれていた。


「私の負けですか……ごめんなさい……私の、私達のレイ……お役にたてませんでした」


 完全に人間の形に戻り、ゆっくりと溶けて地面に広がっていく金の池。

 それはシャルロットの血のようであり、涙のようにも見えた。


「一つだけ聞かせろ。なぜ腕輪のままにした。宝石だけならもっと隠せるだろう。腕輪だって地面にでも埋めちまえばいい」


「腕輪から長時間離れることはできません。それに……いやだったんです」


 もう戦意はないのか、穏やかに語る声。

 死を覚悟しているのか、諦めなのか、私にはわからない。


「せっかく、大切な人から貰えた腕輪ですもの……形を変えたりせず、肌身離さず持っていたいじゃないですか……ふふっ」


「きみは……きみはそれでいいのか! こんな死に方で! あの男に利用されてっ!」


「私達はそのために生まれました。大切な人のために生き、そして死ぬ。素敵なことだと……思いませんか?」


 私が同じ立場なら、カズマのために死ぬとしたら……私はそれを受け入れるのか。


「あやこさん、あなたも……好きな人がいるのでしょう? なら……私の気持ちもわかるはず」


「私は死なないわ。本当にその人が好きなら、生きて添い遂げるの。でなきゃきっと残された方は後悔するわ。悲しむ顔なんて見たくないもの」


 死が運命だとしても、私はカズマと一緒にあがいてみせるわ。

 受け入れたりなんてしない。抗うだけよ。


「お強いのですね……」


「倒しておいてムシのいい話かも知れないが、シャルロット、お前は強かった。その意志の強さ、最後まで誰かのために戦ったことは忘れない」


「ありがとうございます。みなさま、どうか……お幸せに……」


 完全に崩れてしまったシャルロットを前に、やるせない複雑な気持ちが胸を支配する。

 私達はしばらくその場に立ち尽くしていた。

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