第29話 夜の美術館と死の結界
シャルロットさんに案内され、夜の美術館に入る。
月明かりとわずかな照明が、しんと静まり返った館内を照らす。
意図的に減らしているのか、明かりの量が少ない。
「すまないが、ちょっと寄りたい場所がある。いいかい?」
「英雄の武具でしたら回収しましたが?」
あちゃあ……館内に入ったら、英雄の使っていたという装備を取れるだけ取って、戦闘を有利にしようと思ったけれど、敵もそこまで馬鹿じゃないみたい。
「さて、それではルール説明に入ります」
「ルール?」
背後でバチっという音がした。振り返ると入り口が半透明な壁で塞がっている。
「結界か。僕達を逃がすつもりはないと」
「はい。この結界からは、誰一人として出ることはできません。あの方が私達でホール全体に結界を張りました。ここから出ることは不可能です」
壁と窓が緑色の半透明な壁で埋め尽くされてしまった。
助けを呼ぶことができなくなったわね。
「ご案内する場所は全部で三つ。このホール、中庭、大聖堂の三つ。このホールの結界は私達シャルロット六人の命が鍵となっております。一人でも欠けてしまえば二度と結界は消えません。私達とここで死ぬまで過ごしましょう」
「どんだけ面倒なんだよ、お前ら完全に使い捨てじゃないか。本当にそれでいいのか?」
「あの方の幸せが私達の幸せです」
「ならこの結界を解除する方法はなんだい? 六人生きている時にきみが解除すればいいのか?」
「ありませんよ、そんなもの。私達もすでに結界に取り込まれていますから、出ることなどできません。言ったはずです。あの方『が』私達『で』結界を張ったと。解除できるのはあの方のみ」
一階の扉から武器を持ったシャルロットが現れる。その数五人。
「全部の扉から来たな」
「ああ、美術館は結構複雑だ。通路も扉も多いから、どこかに逃げ込むと言うのも考えていたんだが。当てが外れたよ」
「しかもあの武器、つい最近見た覚えがあるわ」
英雄の武器だ。全てを貫く電撃の槍。安らぎを与えるという効果にツッコミを入れた魔剣。どれも見覚えがある。
「これがデジャブってやつだな」
「走馬灯じゃないことを祈りましょうか」
「なお、あやこさんを渡すというのならば、命乞いに対して多少の譲歩をせよと言い付かっております」
「断るよ」
「あやこは俺が守る。それだけだ」
ここで私が行けばすむ話だからーとか言って、マンガのヒロインみたいに単独行動しても意味はない。
カズマとクレスさんを消すために、敵が全力を出すだけ。
絶対にカズマは私を追ってくるでしょう。それは長い付き合いだからわかっている。
つまり完全に無駄な行動で迷惑をかけるわけね。最悪だわ。
「では、第一ステージは玄関ホールです。情け容赦はいたしませんのであしからず」
玄関ホールは二階へと続く大きな階段と踊り場、一階展示への多くの通路がある。
「クレスにもらった武器の性能でも試すとするかね」
「そうね、試し撃ちにはちょうどよさそうよ」
「あやこくん、入り口に張り付いて、できる限り動かないでくれ。敵も君を集中的に殺すつもりはないだろう」
「はい。できる限り新鮮なままで、活きのいいものを届けて欲しいとの命令ですから」
鮮魚か私は。言われたとおりに壁を背にして、カズマに声が聞こえる範囲にいましょう。
敵は告白のことは知らないはず。なるべく使わずに後半まで隠したいわね。
「扉はすべて結界で塞がれております。では、参ります」
シャルロット群が動き出す。それをいち早く察知してカズマが走る。
「ゥオラア!!」
一番近くに居たシャルロットが、斧を振り下ろす前にカズマに殴られて吹き飛ぶ。
そのうしろで呪文を詠唱中だったものも巻き込んでいる。
「そうそう、まずは遠距離攻撃できる相手を潰すことさ。斧のように攻撃の遅い相手を倒しながらね」
クレスさんは自作のサーベルに魔力を込めて、炎の剣にしてから切りかかる。
シャルロットに当たるたびに小規模な爆発が起きているけど、防御魔法も併用しているからか、クレスさんは無傷だ。
「珍しい剣使ってやがるな」
「これは流し込む魔力の質を変えると七色の属性剣になる優れものさ。作るのに時間がかかったよ。なんせ……」
「放て!!」
解説に夢中になるクレスさんを、二階から狙っていた敵目掛けて魔弾を撃ってみる。
バシュっと音がして、白い光の球がシャルロットの弓矢に当たる。
もうちょっと右ね。再発射して今度は顔に当たる。クレスさんが追撃してまず一人。
「狙いはできる限り正面にもってくるのがコツかしら」
「すまない。助かった。筒の先端にでっぱりがあるだろう? それが照準だ。それを参考に……」
「ゥオリャア!! くっちゃべってる場合じゃないぜ!」
「そうだね。口より手を動かすとしようか。はっ! せい!」
敵を切り刻み、殴り飛ばしながら会話を続けていた二人だけど、余裕がなくなったのか戦闘に集中する。
クレスさんはともかく、カズマは戦闘経験が少ないけど、どうにか動けているわね。
「散りなさい!」
「そんな大振りじゃ、当たるもんも当たらねえぞ!!」
斧や槌の大振りな攻撃を避けて、素早く反撃。
剣なんかの小回りがきく武器を相手にする時は、私がそっと攻撃して、隙を作ってあげる。
「伝説の武器なんて使ってくるのに……そんなに強くないわよね?」
「その問題はもう答えが出ているよ。こいつらは所詮人形だ。だから精神や魂といった英雄の武具から力を引き出すものに欠けているのさ」
「切れ味のいいお洒落な武器に成り下がっているってわけか。まさに宝の持ち腐れだな。ゥオララララアアア!!」
カズマとクレスさんの同時攻撃で一人砕けった。
これで二人倒したわね。先はまだ長いわ。敵が硬いのよもう。
「おめでとう、あなたは最後までその命をあの方のために使ったわ。魂をささげ結界強化発動……結界内の侵入者への重力が倍になる」
「なんだと!? 強化って結界の強度が上がるのではないのか!!」
「それでは時間をかければ破壊されてしまうかもしれません。より破壊されにくい環境へと進化する……これにより、結界を破壊することもできず永遠に閉じ込められる」
体が重くなる。壁に背を預けても、立っているだけでしんどいわ。
「あやこがやばいな。急いで潰すぞ!」
「わかっている!」
「無駄な足掻きを……」
「そういや司令塔っぽいお前が先にくたばったらどうなる?」
「どうにもなりませんよ、残ったものがさらに強化された結界内で、あなたを倒します」
初めから死を覚悟している敵というのが、これほどやっかいとは。
「とにかく早く倒すしかない!」
金属がぶつかる音や、壁や柱が壊れる鈍い音がひっきりなしに続く。
「ゥリャア!! くっそ……硬いなこいつ」
全身鎧を着込んでハルバードを振り回す敵に苦戦するカズマ。
殴っても衝撃ごと緩和されてしまうのか、敵の勢いが止まらない。
「そういうときはこうするのさ。来たれ、炎の渦よ!!」
クレスさんの放った魔法が鎧の敵を包み込んでいく。
「無駄だ。我らは土人形。熱さなど感じることもなければ、呼吸の必要も無い。鎧を破るほどの魔力でもないな」
「確かに。その鎧を着ていれば凌げるだろう。だがそれでいいのさ」
「俺が鎧の隙間を見つける時間さえ稼げればな!!」
カズマの腕から刃が飛び出し、うしろから鎧の首に向けて突き刺す。
「う……ああ……」
土を噴出し崩れる鎧。中身は無敵じゃないってことね。
「ナイスサポートだクレス。こいつの切れ味も抜群だ」
「きみもよくやった。僕の意図に気付くとは褒めてあげよう」
鎧を着込んだ相手や、自分よりリーチの長い敵への対処法を、ここに来る前にちょっとだけ教わっている。
クレスさんの話してくれた方法は有効であると、今証明された。
「結界強化発動……結界内の腕輪をつけている者のパワー・スピードが強化される」
速度を増した剣がカズマの服を掠める。
「こいつはやばいな……いつか致命傷になる」
「ねえカズマ。剣に興味があったんでしょう? その足元のやつ、使ってみたら?」
足元に落ちている真っ黒な剣。カズマが興味を持っていた剣だ。
敵が倒れれば当然武器はそこに残る。拾って使えばいいのよね。
「そいつはいいな。英雄には悪いが借りておくぜ」
「いたいけな女性を人攫いから守るためだ。英雄も喜んで貸してくれるさ」
「そんじゃあ遠慮なく!!」
黒く光を放つ細身の剣。カズマが持つとかっこいいわね。
まあカズマは元がかっこいいから当然といえば当然だけど。
「ほう、こいつはいい……体のコリってやつが消える。すっきり爽やかな気分だぜ」
「これで三対三だ。まだまだ僕らにも勝ちの目は残されているよ」
「ここまで強いとは予想外でしたよ。戦力を温存されたまま追い込まれるとは」
敵が持っているのは伝説の武器。カズマが丈夫になったとはいっても、英雄が愛用していた武器まで刃が立たないと楽観視はできない。
当たれば死ぬと考えて、どうしても避けながらの戦いになる。
「これでもかなり必死なんだけれどね」
「報告ではあやこさんは雷の魔法を使うと聞いています。魔法の詠唱すらしていない。温存しているのでしょう?」
私は雷の魔法使いという認識なのね。あれが告白のせいとは知られていないってこと。
「余計なことを知られる前に終わらせてやる!」
カズマが隙を突いて飛び上がり。こちらへ近づく。敵二人がそれを目で追う。
「やはり君たちは戦闘経験が少ないようだね。聖女とはいえ、所詮は人形。作られて日が浅いのかな?」
クレスさんが敵の足を凍らせて足止めする。
右手には氷結魔術士の愛用していたという腕輪。
「魔法? こちらの装備を奪ったか!?」
「そう、奪ったよ。カズマが奪った時点で気付くべきだった」
凍る敵へ向かうカズマ。
迎撃態勢をとるため、私に背を向けたわね。
「放て!」
敵の足に向けて撃つ。連射して見事にヒット。バランスを崩す敵。
その一瞬さえあれば、カズマが敵を切るには十分だった。
「あやこに射撃の才能があるとは……幼馴染やってても気付かなかったぜ」
「そりゃ機会がないんだからそうでしょう」
完全に凍結している敵だけを狙って撃つ。
魔弾の衝撃で、氷が砕ける音とともにバラバラになるシャルロットさん。
カズマが切り傷を入れてくれたおかげで、なんとかなったわ。
「まったく、隙だらけだね。倒しがいというものがないよ」
ひるんでいるもう一人を切り伏せるクレスさん。もともと自力ではこちらが上。
最後の二人も倒すのにさほど時間はかからなかった。
「さ、次の場所へ案内しな」
切られて立っているのもやっとという、ボロボロのシャルロットさん一人だけが残った。
「まだ……まだ死ぬわけにはいかない……最後の役目が……」
シャルロットは自分のつけている腕輪を破壊した。
それがなにを意味するのか、私にはわからない。
「これで……全てが終わる……もうあの方の下へは行けない。私達の勝ちです……強化二連続発動。結界外からの空気の流れを遮断する」
「なんだと!? そんなことをすればどうなるか!」
「ええ、わかっていますよ最初から私達が全員死ぬのは織り込み済みです。さようなら……作り物の私達が行けるのかどうか知りませんが。地獄でお待ちしております……炎よ全てを焼き尽くせ!!」
シャルロットさんはその身を中心に炎を巻き上げる。
自分のみを犠牲にして炎を? なぜここでそんな。
「これでこの結界内の酸素は消える……私の命も消える……そして結界強化発動……結界自体がどんどん小さくなる。ああ、英雄の武具はこのホールに置いていってください。結界は英雄の武具を拒みます」
入り口の壁と窓、扉が緑色に光る。最初より色が濃い。
「さようなら…………私達の……レイ……」
半透明の壁がゆっくりと小さくなっていく。
違う。このホールを押し潰そうとしている。
「狂っているな」
クレスさんの言うとおり。敵は死ぬことに恐れがない。それがむしろ怖いわ。
「正面扉だ。あそこは中庭に繋がっているあそこだけ結界が薄い」
「英雄さんの武器に活躍してもらうか。ゥオラアアァ!!」
結界に薄く傷がつく。クレスさんと私も参加して攻撃をするも、あと一歩のところで届かない。正攻法じゃ厳しいわね。
「カズマちょっと下がって」
「どうした? 気分が悪くなったら休んでいてくれ」
「いいから全員もっと下がって」
三人で下がって結界の正面に立ち、好き札を全力投球。
今回はピンク色で『カズマが大好き』と書かれたもの。
「今の私の気持ちよ、さあ読んで!」
「こんな時にいったいなんだって……」
その時、なぜか現れた大きな筒に好き札が吸い込まれました。
え、これで終わり? あの筒はなに?
そう思った直後、がくんと進みたい扉の方へ筒が傾き、なにかが発射されました。
ひゅーっと音を立て、どーん! と豪快な音を響かせホールを揺らす。
色とりどりの綺麗な火。これはまさか。
「あちゃー、花火玉と一緒に吹っ飛んじゃったな」
「やっぱり花火か!?」
そうだ花火だ。凄く綺麗だけど、音がうるさい。耳がきーんてなったわ。
鼓膜が無事で火傷していないのは呪いがいい方向に作用したのね。
どうせなら別の状況でゆっくり見たかったわ。
「よし。なんとかなったわ。今のうちに先に進みましょう」
「そうだな」
「あやこくん……今のはいったい……」
結界を抜け扉の先を進む。広くて長い廊下だ。この先が中庭ね。
「気にしない気にしない。私達の国の、まあ伝統みたいなものです。綺麗でしょう」
「いや綺麗だけども!? そういう問題じゃあないだろう!?」
こうなればとことん勝ち進んでやりましょうか。
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