第33話 大聖堂で愛を誓う

 深夜の大聖堂で、圧倒的なパワーアップを果たした聖者レイ。

 その強大な力には太刀打ちできず、傷つき倒れかける私達だったけど。


「これは……この光は……」


 カズマの胸が突然光り輝いて、大聖堂を照らしていった。


「なに? なにが起きているの?」


 光が収まった時にはカズマの姿がない。


「なっ!? 消えた!?」


 カズマがレイの懐深くに現れた。私に見えたのはそこまで。

 突然部屋の端までレイが吹き飛び、そのまま膝から地面に崩れ落ちる。


「がっ……なに……が」


「あやこが悲しむ顔を見なくて済むのなら……運命だろうが……負けるわけにはいかねえな」


 部屋の中央で立つカズマは、美術館のどんな絵より、どんな彫像よりも気高く、凛々しく、かっこよく見えた。


「今のは……なんなの?」


「簡単な話さ。カズマが猛スピードで接近して殴ったんだよ。やったことはそれだけだ」


「バカな……私は最強の存在となった! 動体視力も反応速度もだ! 人間を超えたんだ! 見切れぬ攻撃などありはしない!」


「それを超えなきゃ、あやこが守れねえなら超えるだけだ」


 なんでもないように言い放つカズマ。声も落ち着いている。息も乱れていない。

 そして、いつもとどこか雰囲気が違う。


「今のカズマは戦士として極限まで研ぎ澄まされている。身体はボロボロでも、魂がひとつ上のステージに上がっているんだ」


 よく見ると、カズマの全身を薄い光が覆っている。まるでカズマを守っているかのよう。


「いくぜ、聖者レイ」


「生意気な小僧が!!」


 レイが瞬時にカズマの背後へ移動し、横薙ぎに腕を振る。

 カズマの姿が消え、レイの背後からハイキックを打ち込むカズマ。

 鈍く重い音がして、レイが壁に叩きつけられた。


「見える……お前の動きが……なんだかわからねえが……このまま勝たせてもらうぜ」


「ありえん! 聖者として……絶対に負けるわけにはいかんのだ!! うおおおおあああぁぁ!!」


 数倍に膨れ上がっていたレイの筋肉がさらに大きくなる。

 完全に人間の体型ではなくなったわね。


「絶対に負けん!! 絶対になあああああああ!!」


「見えるぜ。まず俺のうしろから右ストレート」


 カズマの予言は当たった。さっきとは状況が逆転している。


「なっ!? キサマアアァァ!」


「左フック。右ストレート。掴みかかろうとするも……」


 レイの両腕がカズマを捕らえようと伸びている。

 それをかわし、逆に腕を掴んで投げ飛ばす。


「逆にぶん投げられる!」


 一番奥まで投げ飛ばされても起き上がってくるレイ。

 やっぱり耐久力も大幅に増しているのね。


「くっ……聖女の髪だけでもっ!」


 消えるレイ。猛スピードで動いているんだろうと理解した瞬間にはもう、私の前にカズマが立っていた。


「これが聖者のすることか? ただの悪党だな」


 物凄い音がしてから、レイが右手を押さえてうずくまる。


「ワタシが……ワタシが力で負けるというのか!?」


「カズマ、大丈夫なの?」


「ああ、今ならなんでもできそうだ。すぐ倒すから、動くんじゃないぞ」


 カズマとレイが消え、炸裂音と建物の震動だけがその場を支配する。

 速過ぎてなにが起こっているのか、目で追えない。

 こうなるともう私にはカズマを信じることしかできないわ。


「どうなっているの?」


「さっきのは、きみの髪を狙ったレイの拳を掴んで砕いたのさ。握り潰したといえばわかるだろう」


「どんな握力ですかそれ」


「きみの反応からして、あの状態になったのは初めてかな」


「ですね。この花が原因かと」


 ずっと結界を張ってくれている綺麗なお花。

 アレックスさんから渡されていたお花が光っている。


「効果が違うのかな? なんにせよパワーアップしているうちに終わらせたいね」


「ゥオオオラアアアアァァァ!!」


 無数のパンチがレイに突き刺さる。カズマの咆哮をかき消すくらいの爆音で叩きつけられる拳の威力がどれほどのものか、もう想像もできない。


「これで……どうだあああぁぁぁ!!」


「ごばあああああぁぁぁ!!」


 最奥まで殴り飛ばされ、祭壇を粉々にしながら倒れるレイ。

 流石にダメージが深刻なのか立ち上がる様子もない。


「はあぁ……まったく、なんて疲れる一日だ。数日はゆっくりさせてもらうぜ」


 光が消えて、いつもの雰囲気に戻ったカズマがつぶやく。

 私も疲れたわ。しばらくゆっくりしたいわね。こっちの世界には温泉とかあるかしら。


「う、うわああああぁぁ!!」


 突然の叫び声に全員がそっちを向く。

 崩れた祭壇の中から這い出てきたレイが、泣きながらなにかを抱きかかえている。

 もしかして、あれが聖女シャルロットの遺体?


「おおぉ……シャルロットが……ワタシのシャルロットが……崩れて……うおおおああああああぁ!!」


 子供のように泣きわめいている、筋肉むきむきの男の人って不気味ね。


「なんだ? あいつどうなってんだ?」


 レイがどろどろに溶け出している。この人どこまで気持ち悪くなれば気がすむのよ。


「急激なパワーアップに体がついていかなかったのか。哀れな男だ」


「聖女……聖女の髪……」


 周囲の土や壁を取り込みながら大きくなっていくレイはもう、人というか泥の山ね。


「シャルロット……ワタシのシャルロット」


 なにかぶつぶつ言いながらさらに大きくなる。


「逃げた方がいいかしら?」


「だがこいつをこのままにしていくのも……危ないあやこ!」


 いきなりカズマに突き飛ばされた。

 驚いているヒマもなく泥の手にカズマが捕まってしまう。


「お前が……お前がシャルロットを! ワタシの愛を!」


 山の中から現れたレイが、カズマの首を掴んで締め上げている。


「カズマッ!」


「逃げろあやこ!」


 カズマノ抵抗も再生し続ける土の腕には通用しない。


「ならこれでどうだ!!」


 右腕に装備した魔法剣で、レイの腕を斬り落として脱出に成功したカズマ。

 そして二人は同じ位置にいる。これなら私が少し移動すればレイを挟めるわ。


「カズマ、ちょっとだけその場で私の話を聞ける? お願い!」


 カズマは首を絞められる程度じゃダメージはないはず。告白の届く今がチャンスよ。


「レイ、貴方は間違っているわ。それは愛じゃない。ただ自分の思い通りの美術品を作り出そうとしているだけよ!」


 慎重に歩きながら位置を調整した。

 私が何をしようとしているのかカズマは理解できない。

 けれど私を信じて耳を傾けてくれる。それが嬉しい。


「シャルロットは私の手で最高の存在へと昇華する。非の打ち所のない、誰よりも美しく強い聖女へ。そこになんの不満がある」


「それは貴方の好みでしかないわ。勝手な好みで他人の容姿をいじろうなんて発想がおかしいのよ」


「シャルロットの美しさの前では些細なこと。むしろ誉れだ」


「好きなところだけを見て、それ以外を強引に捻じ曲げる愛なんて間違っているわ!」


「ただ生まれてくるだけの人間では、そうでもしなければあの絵画の美しさには到達できんのだ! 絵画の美しさは不死! どう対抗するというのだ!」


「貴方は結局絵に縛られているだけよ。聖女の遺体を受け入れられず、罪のない人を巻き込んでいる哀れな人」


 こんなことのために苦しむ人を増やしちゃいけない。ここで絶対に終わらせる!


「誰にだって美点も欠点もあるわ。カズマだって、顔がよくて頭もよくて、家事ができて気配りもできるけど」


「あやこくん?」


 いいとこ多いわねえ。しかもこっちにきて強くなったし。完全無欠の超人までもう少しね。


「女の子の気持ちとか全然わからないし、すぐに他の女の子に好かれるくせに、本人に自覚もなければその気もない。そもそも女の子に興味があるのかすら不明という始末」


 しかもこの世界で完全に興味とかなくなったもの。普通の女の子は泣くわよこれ。


「でも、嫌いなところがあっても一緒にいたい。一緒に歳をとって、いつかやってくる死も二人で受け入れられるようになりたい。全部ひっくるめてその人なのよ。無理矢理自分の好みに変えようなんて、その人じゃなくてもいい証拠よ!」


「ふっ、所詮は凡人か。その程度の概念など超越した存在が現れれば無意味。所詮そんなものは妥協案よ」


「妥協案なんかじゃない。嫌いになっても、それ以上に何度だって好きになる。この恋心は嘘じゃない。私は……私は今までも、これからも、ずっとずっと…………いつまでもカズマを愛しているわ!!」


 私の告白を阻止するため、天井やステンドグラスを豪快に破って何かが飛び込んでくる。

 それは煌く星々のようで、七夕に見る天の川のよう。


「なんだこれは……光に……光にのまれる!? 聖者であるこのワタシが!!」


 レイを覆うように、まとわりつくように小さな星達は動く。

 カズマを掴んでいた腕も、取り込んだドロや壁もレイから流れ落ちていった。

 残るは崩れかけた体のレイのみ。


「これは……この魔法はいったいなんだ!? ワタシの知らない魔法が! 神聖な力があるはずが……うおあああああぁぁぁぁ!!」


 レイを導くように光の粒子達は舞い上がり、天への道を作る。

 やがて崩れた体は光の渦にのまれて夜空へと消えた。


「勝った……のか?」


「みたい……ね」


 その美しい光景に、私達はしばらく見惚れていた。


「悪いあやこ。星魔法スターライトシンフォニーのせいで聞こえなかった。最後なんて言った?」


「カズマが気にすることじゃないわよ」


 カズマも無事ね。愛の告白は失敗だけど大成功ってところかしら。


「そうか。ま、あやこが怪我しなくてよかったよ……ん? なんか落ちてきたぞ?」


 カズマの頭になにか石のようなものが落ちてきた。

 ピンク色で宝石のような輝きを放つそれは。


「結晶!?」


「なんでレイが持ってたんだ?」


 渋々吸収し始めるカズマ。野球のボールくらい大きいそれは吸い込むのが大変そうね。


「まあいい。もう帰ろうぜ。そろそろ夜が明けそうだ」


「それは勘弁だね。僕はもう疲れたよ。今日のところは帰るとするか」


「そうだな。こんな場所じゃ、ゆっくり寝てもいられないからな」


 傷ついてボロボロだけれど、一緒にやり遂げた達成感からか、無邪気に笑いあう二人。


「二人ともお疲れ様。かっこよかったわよ」


「おう、あやこもやるじゃないか。ナイスアシストだ」


「勝ったのはカズマとあやこくんさ。僕はレイに手も足も出なかった」


「ここまで戦えたのは、クレスの協力と装備あってのことだろ」


「そうそう。誰の手柄なんて言い方は無粋というんですよ」


「そうだな。この勝利に水を差すこともないか。子供っぽいかもしれないが、みんな凄いってことでいいだろう」


 誰か一人でも欠けていたら、どうなっていたかわからない。

 そこに優劣や順位なんてないわ。断言できる。


「それじゃあ帰りましょう。私達の家に!!」


 外に出た私達を、昇り始めた朝日が照らす。

 まだ早朝もいいところだけど、その光は暗い夜と戦いの終わりを告げているようで、私の心を照らしてくれた。

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