第21話 ラッキースケベという不運
「違うわ……動物園デートってこういうことじゃないわ」
「これはなんの試練なんでしょうね」
「もしかして……書いてあるかも」
とりあえず腰につけた荷物入れから本を出す。
こうなるんじゃないかと持って来ていたロイヤルレポート。
そこから、カズマの呪い関係のページをめくる。
『ラッキースケベ体質になる日について』
「…………うーわーあったわ……っていうか日の問題なの!?」
どうしよう。凄くめんどくさいです。
「なにが書いてあったのですかー?」
「ふふふ……そうね。それじゃあ一緒に絶望を味わいましょうか」
「おおぅ……なんだかバイオレンスな香りがするのです」
『ラッキースケベはその名が示すように、女の子とちょっとエッチなハプニングがおこるどっきどきの能力です』
「全っ然いらないわよ」
ああもう、なによそれ。起きたからどうだっていうのよ。
『女の子に触れることができない男の子でも安心。月に一度の幸運を満喫しましょう』
「されてたまるか!!」
「今日のカズマさんは変でしたからねー……あはは……」
さてどうしてくれようか。カズマに責任がない以上、警戒してもらうのはほぼ無理。
つまり、私達でカズマを守るしかない。
「がんばりましょうか……エルミナちゃん」
「あやこさんの顔が……どんどん暗くなっていきますよ」
「大丈夫よ、毎年バレンタインにハート型のチョコあげてたら常習化して、今回もあの義理チョコくれるんだろ? とか言われたことに比べればなんてことないわ……」
「言葉の意味はよくわかりませんが凄い悲哀です」
エルミナちゃんもすぐにわかるようになるわよ。このままカズマを好きでいればね。
ライバルが増えるのは困るといえば困るんだけど、この悲しみを分かち合いたい気もします。
「さっきからどうしたんだ? なにかあったか?」
「なんでもないわ。とりあえずくまちゃんを探して、女の子を避けましょう」
「見知らぬ女の子に迷惑をかけてはいけませんよー」
「そうだな。俺も気をつけよう」
カズマが警戒するとどうなるのか検証できればいいのだけれど。
「もう急いでくまちゃんを見つけるしかないわ。迅速に見つけて癒されましょう」
「さ、行きましょう! カズマさんが女の子とくっつくまえに……わひゃん!?」
「エルミナ!?」
「ちょっとエルミナちゃんが転んでどうする……の……」
なぜかカズマがエルミナちゃんの服に入り、二人羽織みたいになっている。
「なんでそうなったの!?」
「うえええぇぇ!? どういう状態ですかこれ!?」
「悪い悪い。ちゃんと受け止めきれなかったよ」
「そういう問題じゃないわよ!?」
完全に服に入っていたでしょう。服が破れないのも、伸びないのも変だし。
今どうやって服から出たのよ。おそるべし呪い。
「ああっ、木の上に猫ちゃんが!?」
ちょっと遠くでそんな声がする。この世界にも猫ちゃんがいるのね。
「行ってみるか?」
「嫌な予感がするわ。ちょっと様子を見ましょう」
「木の上にのぼった猫ちゃん……を助けようとした女の子が降りられなくなっているわ!」
おやあ、言っていることが変わったわね。これは様子を見る必要がありますよ。
「イケメン男性が下で受け止めないと怪我をしてしまう! 高身長で体格のいい十代のイケメンが、偶然ラッキーにも支えてくれたら無傷で助かるかもしれないのに!」
「凄い説明的なセリフだ!?」
「ああっ、このままでは落ちてしまうかも! お客様の中に落下する女の子を無傷で受け止めて、偶然スカートの中に顔を突っ込んでしまう、幸運なイケメンはいらっしゃいませんか!」
「なによその状況は!?」
「…………行くか?」
「行くなあああぁぁぁ!?」
しばらくして、無事に係員さんに助けてもらっていました。
危なかったわ。もう少しでカズマの顔が女の子のスカートに入っていた。
「癒されない……全然癒されないわ……」
それからしばらく歩くと広場のような、公園のようなスペースがある。
そして、ついに……ついに見つけたわよ。
「くまちゃんよ……しろくま様がいらっしゃったわ」
「どんだけ見たかったんだよ」
「やっと元気になりましたねー。よかったです」
柵の一部に入っていける場所があり、中ではくまちゃんを抱いたり撫でたりしている人達がいる。
今日もちっちゃくてかわいいわ。愛らしさ百点満点よ。
「ほら、他の人達がたわむれているわ。ふれあい広場的なやつよ」
「落ち着けって。そんなんじゃ、くまが逃げるぞ」
「くまちゃんをおびえさせるなんて、あってはならないわ。気をつけましょう」
エサを買っていざ入場。
入り口にいると邪魔になるのでちょっと奥へ。緑が豊富で広いわね。
「おおぅ……なんて素敵な寝顔」
「いつ見てもかわいいですねー」
木陰でこぐまちゃんが三匹かたまってお昼寝している。
白くてもこもこしていますよ。お互いに寄り添って寝ている姿が愛らしくてたまらないわ。
「丸くなって寝るのね。もこもこ度が上がっているのを実感するわ」
「わけわからんぞー。寝ているんだから起こさないようにな」
「そうね、ずっと見ていたいけど……撫でることも考えて動きましょう」
触って起こしちゃかわいそうよね。
そこから別の場所に行く途中に、歩いているくまちゃん二匹を発見。
さっきよりちょっと大きい子ね。まだ大きさの基準がよくわからないわ。
「お、起きている子がいましたよー」
「ほーらおいでーエサがあるわよー」
ゆっくり近づいていく。よし、警戒されていない。
エサ袋から野菜スティックを取り出して、くまちゃんに向けて差し出す。
「こっち来たわよ」
口元に近づけてあげましょう。匂い嗅いでる嗅いでる。ぱくっとひとくち食べてくれた。
「おぉ……食べてるわよ。食べてるわカズマ」
懸命に口を動かして、ぽりぽり食べているくまちゃんはかわいいわ。
「よーしよーし残さず食べて偉いわねー」
頭にそっと触れてみる。毛のふわっとした感触が……私の求めていたものがここにあるわ。
「んーふわふわ……いい子ねー。あったかいわ」
おとなしく撫でられてくれるくまちゃん。まっしろい毛並みがかわいいわよ。
「ふっ、ふふ……ふふふふふ……やったわ。ついにくまちゃんを撫でることに成功したのよ」
勝ったわ。自然と笑いがこみ上げる。私の時代がきたわ。
「あやこさんのテンションがおかしくなっています……」
「くまが引いているぞー」
くまちゃんがちょっと縮こまっている。いけないいけない。
「ごめんね。ほーらまだエサがあるわよー」
野菜スティックがお気に入りなのかしら。ちっちゃい両手で掴もうとしている。
「はい。取らないからゆっくり食べるのよー」
ちゃんと渡してあげると、しっかり掴んではむはむしている。
「お腹が減っているのかしら?」
「かもな。こっちのも食ってるし」
カズマがあぐらをかいて、くまちゃんが足にじゃれ付いている。
いいわね、くまちゃんと仲良くなれて。
いいなあカズマとくっつけて。どっちも羨ましいわ。
「もう一匹来たぞ」
黒いくまちゃんが足元にいた。同じように野菜スティックをあげてみる。
「あら、食べないわね。お腹いっぱい?」
「好き嫌いとかあるんじゃないか?」
「ではフルーツをあげてみましょうー」
四角く切られたフルーツに変更。お、今度は慎重に匂いを嗅いでいるわ。
鼻がひくひくしているのがかわいいわね。もうなにやってもかわいいわ。
「黒いのは果物が好きか」
「色の問題なの?」
「さあ? こっちの黒いやつは野菜食ってるな」
いつのまにかカズマが撫でているくまちゃんが増えていた。
結構動物に好かれるわよねカズマ。優しい人だとわかるのかしら。
「適当ねえ」
ついでに私もカズマの隣に行きましょう。さりげなく隣に座ることに成功。
くまちゃんには悪いけど、そこは本来私の席……の予定なのよ。
そして反対側にずっとエルミナちゃん。素早いわ。
「いいんだよ適当で。のんびり過ごすのに、適当さは欠かせないぜ」
「ですよー。癒されるためには難しいことは考えてはいけないのです」
「そうね、ゆっくりしましょうか」
また別のくまちゃんが寄ってくる。人懐っこいわね。
動物園にいるんだし人に慣れているのかな。
「ちっこいのが来たな」
子供のしろくまちゃんね。鼻が動いているから、エサに釣られたのかしら。
隣でエサを食べていたくまちゃんが、小さい子に自分のエサを分けてあげている。
「お、偉いぞー。こいつら結構、仲間意識強いんだな」
「みたいね。さっき看板に書いてあったわ。偉いわねー。偉いくまちゃん達にはもう一個ご飯をあげましょう」
両方を撫でてあげて、ご褒美にそれぞれフルーツをあげる。
仲良く食べているのは和むわ……心が浄化されていく。
「よしよし、これからも仲良くするのよ」
もうエサがなくなっちゃった。食欲旺盛ね。
ちょうど満足したのか、くまちゃんがうとうとし始めた。
あくびしているくまちゃんは果てしなくかわいい。
「飯食うと眠くなるよな」
「そうね。そろそろ私達も行きましょうか」
くまちゃんが何匹もまとまって寝る体勢に入る。これ習性なのかしら。
「ばいばいくまちゃん。また遊びに来るわね」
「元気でな」
「しばしのお別れです」
くまちゃんとお別れして、動物園探索を続けていたらもう夕方。そろそろ帰りましょう。
「今日は本当に楽しかったわ」
「ああ、久々にリラックスできたな」
「また来ましょうね!」
今日はもう大満足。邪魔の入らない、敵の出てこない健全なデートで一日が終わったわ。
くまちゃんはかわいかったし、カズマと手を繋いでデートできたし。
こういう生活でいいのよ。このまま帰ってご飯を作って、何事もなく一日が終わればいい。
「今日は楽しかったです! また三人でうわおう!?」
「うおわ!?」
カズマが上下逆さまに二人羽織になっている。器用な真似するわねえ。
「はあ……さっさと帰って寝ちゃった方がよさそうね」
訂正。こういうのはちょっと困るわね。そんなことを考えながら家に帰りました。
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