第20話 動物より女性と戯れていませんか

 そんなこんなでやってきました動物園。綺麗だけど新しい施設なのかしら。


「到着でーす!」


「こりゃまた……でかいな」


「もう少し古いか汚れているイメージだったわ」


「国が作ると豪華で綺麗なものになるってことだな」


 そして入場料が高くなくてよかった。少し楽しんでもよさそうね。


「これは油断するとはぐれるわよ。危険よ危険」


「ですね、これは由々しき事態ですよー」


「そうだな、ゆっくりいくか」


 違う。そうじゃない。手を握って欲しいとなぜ伝わらないのか。

 まあカズマ相手だしね。それでも意識すると自分からは恥ずかしいわけで。


「じゃ、行くか」


 そういって普通に、自然に私達の手を握ってくるカズマ。

 不意打ちでされると嬉しいけど照れるわ。


「ええ、楽しみましょう」


「行きましょうー!」


 そうね、カズマはそういう人よね。自然体でいきましょう。

 今日はよく晴れている。春のような陽気で、絶好のデート日和よ。


「動物の生息地っぽくしているのね」


 動物達は、基本的に自然を模した場所にそれぞれ生活している。

 柵と結界魔法によってこっちに来ないように作られているみたい。


「しょっぱなでグリフォンいるぞ」


「くちばし鋭すぎるでしょうこれ」


「情け無用の処刑人ですねー」


 丈夫そうな柵の中で、大型犬くらいで翼の生えた生き物がいる。

 頭から首までが鳥で、そこから四足歩行の動物の体ね。

 くちばしと爪が鋭いので刺激しないようにと書いてあるわ。


「普段は温厚で、刺激しなければ無害なんだと」


「案外情け深いのかもしれないわよ」


 こちら側をじっと見ているわ。意外とつぶらな瞳をしているじゃないの。

 しっぽの先が毛玉みたいに丸くてゆっくり振っている。遊んで欲しいのかしら。


「無害でも、じゃれてきたらぐっさり刺さりそうだな」


「笹食べるらしいわよ」


「パンダか」


「ぱんだ?」


「こっちにはいないの? 白黒で大きなくまちゃんよ。お肉も食べるの」


「白黒……んむむ、しましまなんですか?」


「目の周りとかが黒いわね……黒かった……はずよ」


 よく考えるとパンダってどこが黒でどこが白?

 改めて考えるとわからないわね。


「まだまだ知らないことは多いな。うまく説明できん」


 グリフォンはおいしそうに笹を食べているわね。

 食事の邪魔しないように、次に行きましょう。


「きゃっ」


「おっと、大丈夫か?」


 前から歩いてくる女性が転びそうになり、カズマが抱きとめて助けています。

 はい、嫌な予感がしますね。


「はい、ありがとうございます」


「カズマ、前に言ったでしょう。女性をいつまでも抱きとめているのは失礼よ」


 カズマの右手を私が掴む。引き離しつつ寄り添うところまでが一連の流れ。

 これをよどみなく行えるように訓練したい。


「そうだな。失礼しました」


「いえ、こちらこそ……お連れの方が」


「はい、今日は楽しいデートです」


 カズマの左腕をがっちり組んでいるエルミナちゃん。

 腕……ですって……やるじゃない。正直私にはできないわ。


「そう……残念、ああいえ、失礼いたします!」


 ささっと早足で去っていく女性。危ない……気を抜けないわ。

 なんて危険なの、動物園デート。


「私達も行くのですよー。時は未来にしか進まないのです」


「狼いるわよ狼。この世界にもいるのね」


「生で見るのは初めてだ。なんかテレビで見るより毛並みが綺麗というか輝いているな」


 今の女性を忘れるように素早く誘導。コンビプレーを覚える必要があるかもしれない。

 それにしても狼って結構凛々しい顔なのねえ。堂々としているわ。


「かわいいよりかっこいい路線ね」


 カズマの言うとおり毛並みが輝いているような。


「説明があるな。日の光を浴びて美しくなる毛並みは、輝くほど種として優秀であるらしい」


「やっぱり普通の狼じゃないのね。綺麗だけどちょっと怖い顔よ」


 生き物は映像で見たりデフォルメされたキャラだとかわいいのに、実は怖かったりするのよねえ。

 まあ生き物だし、生きていくには必要なんでしょう。


「毛皮を高く売ろうとしても、生きていないと美しく輝かず黒ずんでしまう」


「世の中人間に都合よくはいかないのですね」


「いかない方がいいんだろうな、きっと」


 他にもトラフグという毛が針のようになって膨れる虎がいたり、ファンタジーの世界で見るペガサスもいた。


「私達の故郷っぽいものが結構いるわね」


「ああ、なんか変な感じだな。さっきのグリフォンは俺達の故郷にはいない」


「けど物語にはいるわね」


「そうだ。生活してみて、なんというか……いろんなもののごった煮、だな」


 なるほど。確かにごっちゃ混ぜね。楽しいけれど不思議な感じ。


「お二人の故郷が気になりますね」


「こっちとは何から何まで違うぞ」


「暇な時にでも話すわ」


 どこまで信じてくれるかわからないけれどね。


「わっとっと……ひゃん!?」


「うおっ!?」


「カズマ!?」


「カズマさん!?」


 曲がり角から走ってきた女の子とぶつかったカズマ。

 なぜか女の子が馬乗りになっている。

 カズマの胸の辺りに座り込み、完全に下着が見える位置だ。


「大丈夫か? 怪我してないな?」


「えっ、あ、はい! きゃっ!?」


 慌ててスカートを抑える女の子。なにかしら、このコッテコテな状況は。

 

「とりあえず降りてくれ」


「ははははい! ごめんなさい!」


「怪我してないな?」


「はい、お兄さんのおかげです!」


 まず怪我を確認するあたりにカズマの優しさが現れていますね。


「すまなかった」


「いいえこっちこそ! あのお名前を」


「カズマ。気をつけないとダメよ?」


「そうですよー」


 いつのまにか離れていた手を繋ぎ直す。油断も隙もないわね。


「あ……失礼します。ありがとう!」


 エルミナちゃんと二人してほっとひといき。疲れるわ。


「今日はお客さんが多いのでしょうかねー」


「かもしれないわね。慎重に歩きましょうか」


 より警戒を強めながら歩く。ボディガードの人ってこんな気持ちかしら。


「おお……ドラゴンがいるぞ」


「おおぅ、おっきいですねー」


 二メートルくらいの翼の生えた青色のドラゴンが水を飲んでいるわ。

 西洋のドラゴンね。凄く細かい網目の柵と人よけの柵があるから飛び出しては来ないでしょうけど……これ飼育できる生き物なのかしら。


「というか普通にドラゴンとかいるのな……」


「いるのね……しかも飼育員さんにエサもらっているわね」


「飼育員さんが持っているのは笹ですねー」


「また笹!? この施設だけ笹の消費量多すぎじゃない?」


 どこから持ってきているのかしら。まず笹が普通にあることに驚くわよ。


「パンダのいる動物園より笹食ってるわ」


「ふふっ……ちょっと待って笑わせにくるのはダメでしょ。まあパンダ以上に食べてそうだけど」


「パンダ以上恋人未満だな」


「ああもう意味がわからないわよ」


「カズマさんがはしゃいでいる。なんだか貴重な気がしますよー」


 さてはドラゴンがちょっとかっこよくて、テンションあがっているわねカズマ。

 結構貴重なワンシーンなので記憶しておきましょう。


「あっちじゃパンダって絶滅の危機だろ? この世界のせいでパンダが食う笹が減ってるんだな」


「絶対関係ないわ。そんなことで絶滅しないわよ」


「お、このドラゴンの主食その一は牛肉らしいぞ。その三が笹だ」


「もう草食なのか肉食なのかすら曖昧じゃないの……」


 ドラゴンって肉食で人を襲うモンスターじゃないのかしら。

 説明書きには人に慣れた種族だと書いてあるわ。種類が豊富なのね。


「自然界に完全な肉食も草食もないってことさ」


「急にそれっぽいことを……」


「おー食ってる食ってる。もっしゃもしゃ食ってるぞ」


 飼育員さんが柵の外から、ほどよく切られた笹をあげている。

 おとなしく静かに食べるわねえ。


「よく怖くないわね」


「柵越しだからな。飼われているって事は即死クラスの危険動物じゃないんだろ」


 一本食べきったドラゴンは、ぺこりとおじぎして水のみ場に行ってしまった。


「しつけが行き届いていますねー」


「なんだかかわいく見えてきたわ」


 ファンタジー生物も愛嬌あるわね。嫌いじゃないわよ。

 まさかドラゴンでちょっと和むなんて予想外だわ。


「面白いもんだな、さて次はっと……」


「いやん」


 カズマが巨乳のお姉さんとぶつかり、顔を胸に埋めておりますよ。


「ごめんなさいね。よそ見していたものだから」


「いえいえ、こちらこそ失礼しました」


 先の女の子でもそうだったけれど、カズマは一切照れたりしない。

 下着も胸も今のカズマにとっては興味の対象ではないのです。

 それとは逆にお姉さんがカズマを見る目がおかしい。


「グッド・ルッキング・ガイ」


 カズマの手を引き、早歩きでドラゴンの檻を離れます。


「あやこさん……エルミナはなんだか嫌な汗が出てきましたよ」


「奇遇ね。私も変な汗が出てきたわ」


 これは……きっと呪いのせいね。

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