第19話 異世界食べ歩き

 商店街のメインストリートを三人でお出かけ。目的もなくふらふらするだけで楽しいです。

 野菜や果物が売っていたり、お肉を焼いているいい匂いが漂う場所があったり、食べ物が多いわね。


「見たこともない果物が多いな」


「この前みたいに辛い果物もあるから気をつけないとね。どれがどんな味かわからないわよ」


「そういえば、お二人は遠くから来たんでしたね」


「ああ、だからこっちの食い物とかほとんどわからない」


「全然文化とか違うのよ。だから楽しいけど大変ね」


 これがごまかすには一番いい。異世界から来ましたより説明しやすい。

 知らないことは文化の違いで通す。実際異文化交流しているし嘘じゃない。


「ではこれとかどうです? カリカリサクサクで甘いですよー」


 エルミナちゃんが指差したのはピンクのなにか。

 水の雫みたいな形の赤い……木の実? りんごくらいの大きさね。


「ミールです。すっきり爽やかな甘さが売りですよー」


「そういえばロザリアにミールベリーパイっていうのを届けていたわね」


「よく覚えていますねー。ミールの実の中でも甘さの詰まった小さい実を使ったパイなのですよ」


「いらっしゃい! 今日は休みかいエルミナちゃん」


「そうですよー。今日は街を案内しているのです」


 知り合いなのか店のおじさんと話し始めているエルミナちゃん。

 ミールの実というのを一つ買っている。ここで食べられるものなのかしら。


「それはどう食うものなんだ?」


「これはですねー。てっぺんからこう皮をぺろーんと剥くと、そこに実が付いているので、かぶりつけばいいのです。さあどうぞー」


 剥がした皮に桃色の実がくっついているわ。

 皮の数からして四切れで一つの実になっている。


「一つ貰うよ。ん……なるほど、すっきり爽やかか……いいな」


「いただきます……ん、おいし」


 味的には桃が近いわ。でも歯ごたえがサクサクしていて、噛むと中の水分がじゅわっと溢れてくる。噛めば噛むほどスっとした爽やかな甘さが口に広がるわ。スーッとする後味でいいわね。好みの味よ。


「美味しかったわ。ごちそうさま」


「みずみずしさと歯ごたえが同居している。いいな、こういうのは俺好みだ」


「では最後の一切れはカズマさんが食べさせてくださいなー」


 食べさせて……? カズマが食べるんじゃなくて?

 しまった、先手を取られた。なんて大胆な。しかもこれはエルミナちゃんが買ったもの。

 奪い取って私が食べさせてもらうのは……なんかあまりにもアレよね。

 このために四切れの実を選んでいたとしたら…………やるじゃない。


「あ~ん」


「マジでやるのか?」


 カズマが躊躇している。さてどう止めたものかしら。

 もたもたしていたらカズマが実を受け取ってしまった。


「はあ……これでいいのか? ほれ」


「むぐう!?」


 実を無遠慮に口に突っ込んでいます。

 異性への興味とかゼロになっていても、人前でそういう好意をすることが恥ずかしいという考えは残っているわけで。

 それ故にさっさと済まそうとしての行動だと推理します。


「むぐむぐ……ふっ、食べさせてもらったことは事実! ちょっと思い出を美化すればいいだけのこと!」


「たくましくなったわねえ……」


 ロザリアの一件で成長したのね……どうしよう手強くなってるわ。


「美味しかったですよー」


「気に入ってもらえたかい? いつもここで売ってるから、またおいで!」


 明るい店主のおじさんね。営業スマイルって感じじゃないことが好印象ね。

 笑顔を押し付けてくる強引なタイプの客引きとか店員さんが苦手なので、このくらいがいいわ。


「ここは新鮮で安い品揃えですから私が買いに来るにはいいんですよねぇ。おじさんも高級品が買いたければ他所へ行けといつも言い切ってますし」


「言い切っていいのそれ?」


「潔くていいんじゃないか。ミールだっけか? この実はうまかったしな」


「客の需要ってもんを考えて商売してるのさ。高級品なんざ、こんなところで買うべきじゃありませんぜお嬢さん」


 確かに。高級メロンとかっていかにも高級です! みたいな箱に入ってセレブ感満載のお店で買うイメージだし。


「逆に自信があるんでしょうねー。さ、次はあっちの屋台のおいもさんでも食べますか?」


「食べてばかりね。私はもう入らないわ」


 丸いおいもを焼いているいい匂いが漂ってくる。

 作っているおじさんはエプロンにバンダナ。

 こっちでも料理するときの服装は自然と清潔さを意識したものになるのね。


「芋料理か? 匂いからしてじゃがいもっぽいが」


「じゃがいもってなんですか?」


「こっちにはないのか?」


 じゃがいもって丸いおいもの総称みたいに思ってたけど違うのかしら。


「これはサツマイモですね」


「サツマイモあるの!?」


 むしろマイナージャンルでしょう。さつまって入ってるし。


「隣国にサツマイモで有名な国がありますよ」


「その国はなんでそんなことになったのよ……」


「サツラルド・マーディガルさんが誰でも食べられる、安くて大量出荷できるおいもを開発して、そこからなんやかんやあって大きな国ができたんですよー」


「一番大事なとこはしょった!?」


「そうまで言われちゃ食わないわけにはいかないな。おっちゃん、小さめのでいいから一つ」


「はいよまいど! 熱いから気をつけて!」


 店のおじさんが丸いおいもの皮を剥いて、バターを乗せる。

 物凄くいい匂いだわ。空腹の時なら買っていたでしょう。


「んむ……これはっ!?」


 ひとくち食べたカズマが驚いた顔でこっちを見てくる。

 熱かったのかしら。カズマは食べかけのおいもを私に向けてきた。


「……食ってみろ」


「はい?」


 これはなに? あーんをここでしろと? 嬉しいけど二人っきりの時にお願いできないかしら。


「いらないならエルミナが……」


「いただきます!」


 素早くひとくち食べてみる。元の世界の市販品では味わえない新鮮でとろけるバター。

 そしてほくほくのジャガイモの味が口の中に広がって、最高のハーモニーを……。


「……ってこれジャガイモの味だ!?」


「……異世界ってやつは奥が深いぜ。完全にじゃがバターの味だ」


 サツマイモというジャガイモっていうかじゃがバターをカズマが食べきってから、次の目的地を相談します。


「どこに行きますか?」


「この街の遊び場を知らないんだよ。よければ案内を頼むぜ」


 闇雲に探索するのは楽しいけれど、土地勘ゼロじゃ厳しいものがあります。ここはエルミナちゃんに聞いてみましょう。


「そうですねえ……どこか行きたい場所はないですか?」


「……くまちゃん」


「なに?」


「まだくまちゃんを撫でていないわ」


「まだ諦めてなかったのか」


「諦めるほどのことじゃあないでしょう?」


 くまちゃんと遊んだりしながらほのぼの異世界ライフでいいじゃない。

 なんで妖魔と戦うはめになるのよ。

 よし、動物をもふもふして癒されましょう。女の子に戦いの日々はしんどいです。


「では動物園にご案内いたしますー」


 エルミナちゃんもいるけど、カズマと一緒にお昼の大通りを歩く。

 つまり言い換えればデート。せっかくだから言い換えておきましょう。

 動物園デートです。目指すは大きな動物園。


「くまちゃんを見つけたいわ……くまじゃなくてもかわいい生き物と触れ合って、穏やかな気持ちになりましょう」


「ちょーっと色々ありすぎましたからねえ」


「こっちの世界にも動物園ってあるんだな」


「まあ動物はずっといるでしょうし。娯楽としてはすぐ思いつくわね」


 管理が難しそうだけど。そこのところどうなっているのかしらね。


「ペットショップより種類も豊富だろう。わかっているとは思うけど」


「ペットは飼えないわね。わかってるわよ」


 いつこの世界から帰ることになるかわからないし、別の国に欠片がある場合に連れて行くわけにもいかない。だからペットは飼えません。飼うなら最後まで責任を持ちましょう。

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