第18話 気晴らしにおでかけしましょう
翌日朝早くから、パン屋のご主人と護衛を頼んできたお姉さんとエルミナちゃんが謝罪しに来て、お金とパンをくれました。
エルミナちゃんも巻き込まれた側だし、予想できることじゃないのでお金は貰えません。
パンはほら、もったいないし。ひもじかったし。
「じゃ、冷めないうちに食べちゃいましょう」
そんなこんなでご主人とお姉さんが帰った後。
今はお昼。私・カズマ・エルミナちゃんでお話しています。
「なんとかなってよかったわね」
「まあ証拠も揃ってましたからねー」
「もう二度とごめんだな」
パンを一つ手にとるとまだ温かい。
六個あるし、一人一個食べて三つは残して別の機会に食べましょう。
今後のご飯のことを考えていた時に、扉をノックする音が聞こえます。
今食べようと思ったのに。
「おお~いワシじゃ。入ってもいいかのう?」
この声はアレックスさんね。
「ええ、どうぞ」
カズマが扉を開けると、ティーセットを持って現れるエプロン姿のアレックスさん。
似合っているようないないような……まあいいか。
渋さと家庭的な感じが合わさって警戒心が薄れる人柄だし。
「落ち込んどるんじゃないかと思ってのう。おせっかいかもしれんが、心が落ち着くお茶をいれてきたんじゃ」
「ありがとうございます」
昨日も迎えに来てくれて、私達を安心させようと明るい話をして、お茶をいれてくれました。その時と同じ香りがします。
出会ってそれほど経っていない私達に、ここまで優しさを向けてくれた恩は忘れません。
「すみません。俺達、心配かけるつもりじゃなかったんです」
「謝ることなんてな~んもないわい。ひどい目にあったもんじゃのう。心の傷はゆっくり治せばよい。エルミナちゃんも今日はゆっくりして行きなさい。君も被害者じゃ」
「ありがとうございます。でも私は大丈夫ですよー。むしろ迷惑かけっぱなしで……」
「パン屋の女の子に戦闘能力なんて求めちゃいない。気にするな」
「そうそう、ちょっと珍しい体験をしただけよ」
慰めながらパンをむしゃむしゃする私達。
外がカリッと。中はふわっと。言うのは簡単だけど、実行するのは熟練の業がいる。
そんな基本が全て凝縮された温かいパン。幸せな気持ちになるわ。
「食べ物が美味しいって幸せねえ」
「カズマくんもあやこちゃんも、ちょいと神経図太すぎんかの?」
「私にはカズマがいますから」
「おおー……まだエルミナには言えそうもないセリフをさらっと……」
実はちょっと勇気がいったわ。でもここでさらっと言うことで、自然と正妻の貫禄とかいうものが出たらいいなーと思ったのよ。ああそうですよ下心ですよ。
「期待に応えられているか、今回は怪しかったがな」
「ヒッヒッヒ、仲良くやっとるようじゃのう。二人の心のケアはカズマくんに任せても良さそうじゃな」
「控えめに言って大賛成ですよー」
「いえ、俺じゃあ気がまわらないところもありますし、アレックスさんには助けられています」
ちょっとした気配りに年季を感じる人です。本当に優しい人なのね。
「しっかし妖魔の生き残りが引っ越してきとったとは……人生なにがあるかわからんもんじゃ」
「妖魔について詳しいんですかー?」
「詳しいのなんのって、ワシは若いころ……二十五くらいかのう、妖魔狩りのアレクとしてそれはもう大活躍じゃったぞ」
「二十五……俺この前、皿洗いのアレクとして評判だったって聞きましたけど」
「ありゃ、そうじゃったかのう……それじゃあ二十六のときじゃな」
アレックスさん意外に適当なのよね。毎日を楽しく生きている。
人生は何歳だろうが楽しめるし、全力で遊び倒す。
それが自分の人生であると前に話していました。
「二十六は爆釣のアレックスとして釣り名人だったって聞きましたよ?」
本人が言うには昔は強かったとか。
そんなアレックスさんのお話は創作小話として好評らしい。
「おお~っとそうじゃったかのう。いかんせん歳のせいか記憶が曖昧じゃわい。ナハハハ……正直すまんかった」
「いや、そんな本気で謝られましても」
「ふふっ、私達を元気づけるために言ってくれてるんですよね。ありがとうございます」
「優しいのう~あやこちゃんは。いやあいい奥さんになるわい! のうカズマくん?」
「ええ、そう思います」
ディレイゼロで笑顔とともに発された言葉は、呪いを知らなければ中々に嬉しい言葉です。知らなければね。
「カズマ、本気でそう思ってる?」
「もちろん。あやこに釣り合うほどのいい人はそう簡単には見つからないだろうけどな」
なぜ……なぜ確認してしまったんだろう。今のは完全に私の自爆です。
でも確認せずにはいられない! この微妙な乙女心をどうしてくれようか。
目の前にいるわ! とか言ってもだめだし……ロザリアより絶望感あるわね。
「おおぅ……元気出してくださいあやこさん」
「難儀じゃのう……ワシでよければいつでも相談に乗るからの」
「すみませんカズマがほんとに」
「俺? 俺なんかやったか?」
いいさ、そう来ると思ってたさ。今は心のダメージを和らげたい。話を変えよう。
「すみませんアレックスさんには本当にお世話になって。そのうえ妖魔なんて面倒事まで」
「俺達が元気なのもアレックスさんのおかげです」
「いやいや、星の巫女を守るのも仕事じゃわい」
「私、あんまり実感ないんですよね」
衛兵さんに星の巫女だと証明してくれたのもアレックスさんです。
巫女の登録しておいてよかったわ。スムーズに帰ることができたもの。
「見習い巫女に妖魔退治とは、ワシも計算外じゃ。ひっさびさに冷や汗ってやつをかいちまったわい」
「呪いも役に立つものなのですねー」
「ひたすら微妙な気持ちだわ……」
命が助かったんだから感謝しなきゃいけないけどね。
告白なしでロザリア倒すのはカズマでも苦労したでしょうし。
みんな怪我や後遺症が残らなくてよかったとしましょうか。
「なんにせよ二、三日ゆっくりするとよい。今は平気でも、体に負担がかかっていたんじゃ。疲れを取りきらんとのう」
「そうですね。エルミナも数日休みなんだろ?」
「はいなー。流石にボロボロでしたからねえ……休めてほっとしてますよ」
「悲しいことに予定もないものね」
「ふむ、今日はいい天気じゃ。外をぶらついてみるのもいいんじゃないかのう」
確かにいいお天気。こっちの空は都会より綺麗で澄み渡っている気がします。
ほどよくあったかくて、お散歩に行くならいいかもしれないなあ。
「食べたら行ってみます?」
「気晴らしも必要だな。行くか?」
「そうね……それじゃあその」
「ワシは気にせんで行って来なさい。それとこれじゃ。持って行きなさい」
アレックスさんが出してきたのはお金が入った袋。かなり入ってるわ。
「いただけません。これ以上の迷惑は……」
「お金は俺達で稼ぎます。なのでこれはいくらなんでも……」
「そうか、ならますます君達のお金じゃ」
「どういうことですかー?」
「ロザリア・リバーライトといったかの? 妖魔として指名手配されておったんじゃ」
「そういえば、日記に別の国から逃げてきたとか書いてあったような」
なんでもロザリアは別の国で退治されかかって命からがら逃げてきたとか。
偽名を使って、火傷で顔を隠していたから捜査に時間かかったらしいです。
日記と家の捜査とか、アレックスさんの口利きとかで死体がなくても、それなりのお金が出たらしいわ。アレックスさんの顔の広さは凄いなあ。
「と、いうわけで君達で分けなさい。正当な報酬は受け取るのが流儀で礼儀じゃ。でないと報酬も支払われないのに指名手配しているぞーなーんて話になっちまうからのう」
「そういうことでしたら……いただきます」
「私はなんにもしてませんよー? 倒したのはカズマさんとあやこさんですし」
「いいのよ。受け取っておくのが礼儀よ」
そんなわけで三等分しました。大変な目にあったんだから、自由になるお金は大事。
忘れるために遊ぶのも大切です。
「とりあえず、ここってお家賃とかあるんですか?」
「ああ、巫女として働いているものは格安じゃ。休める場所がないと力が出んじゃろ」
「巫女としての仕事ってそんなにあるんですか?」
食べていける量の依頼があるってことよね?
少ない仕事を奪い合うのはきついわよ。
「安心せい。協会には依頼も来るし、国から保証金も出る。成果に応じて特別報酬も出るんじゃよ。奪い合うほど少なくも、疲労困憊になるほど多くもない」
「よかった。では、とりあえず泊めていただいたお礼と、むこう二ヶ月分までのお家賃です」
「おおおぉぉ! こいつはありがたい! ウッシッシ……さーてどう使おうかのう」
ほくほく顔で楽しそうに笑うアレックスさん。
そこから急にはっとして照れくさそうにこちらを見ています。
はしゃぎ過ぎると冷静になったとき恥ずかしいのよね。
「なっはははは……ゴホン! いいのかい? 生活費がなくなっとりゃせんかいのう?」
「いいんです。お世話になりましたから。やっと恩を返せた気がします」
「おおぉぉ……ワシはもう感動で涙が止まらなくなりそうじゃあぁぁ!! 二人ともええ子じゃ! なんて心の綺麗な子じゃ! 身も心も清らかな聖人が二人もこの場におる奇跡! こいつをなんと呼べばいいかもうさっぱりじゃああ!!」
大げさなんだから。喜んでくれるなら嬉しいけれどね。
本当にお世話になったから。
「さ、疲れを取るなり遊びにいくなりしておきなさい。休息は成し遂げたことが大きいほど必要じゃ」
「それじゃあエルミナ達は遊びに行ってきます」
「おう! 行って来なさい。暗くなる前には帰るんじゃよ。使いすぎてすっからかんにならんよう、使うお金は限度額を決めたり、ちょっとくらい節約するんじゃ」
「はい、気をつけます」
そんなわけで出かけることになりました。
時間はお昼前。まだまだ日が沈むには時間があります。
「これはデートですねあやこさん」
「そうね。どうせカズマは否定するけれど。呪いが邪魔してはくるけれど」
「信頼と友情を積み重ねることはできる。ですよね」
「なにをこそこそ話してるんだ?」
「なんでもないですよー」
「そうそう。気にしなくていいわ。さ、行きましょ」
まだまだ知らないことが多い街です。目的もなく歩くのも楽しいはず。
カズマも一緒だし、張り切って行ってみましょう。
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