第12話 人の幼馴染を誘惑しないでください
なぜか自分の足で立っているロザリアさんに遭遇しました。嫌な予感がするわ。
「花が邪魔で帰れないんですよ。俺達も帰りたいんですけどね」
一番早く落ち着きを取り戻したカズマが『花が邪魔だからどけろ』もしくは『あの花はロザリアさんがやっているのか』という意味を込めて話す。
エルミナちゃんはまだ驚いて声が出ないみたい。
好き札を使うことも考えておきましょうか。
「そう、綺麗な花でしょう? 邪魔だなんてひどいわ。丹精込めて育てたのに」
「綺麗かどうかは問題じゃない。帰れないってのがまずいんですよ。それに足、ケガしてたんじゃあないんですか?」
「もうすっかり良くなったわ。献身的な介護のおかげよ。とってもとっても献身的で、メイドの鑑よ」
私達をかばうように前に出るカズマに向かって、両手を広げて誘うように歩いてくるロザリアさん。私達を遠ざけるため、カズマも同じく歩き出す。
「花っていうのは……根っこの部分から栄養を得ているのよ。ご存知? でもね、栄養なら何でもいいってわけでもない。とってもデリケートなの」
「答えになっていないんですよ。花を止める方法があるなら、今すぐに教えて下さい」
「そんな怖い顔しないで。今教えてあげるわ。お腹いっぱいになればいいの。そうすれば満足して眠れるから。朝までぐっすりと」
手を伸ばせばカズマに触れられる距離までモデル歩きで接近するロザリアさん。
まさかあの短い会話の中で、カズマのことが好きにでもなってないでしょうね……これ以上話がややこしくなるのは御免ですよ。
「やっぱりいい男ね。徐々に貴方を気に入り始めている私がいるわ」
「気に入る気に入らないは関係ない。花を止める方法を探しているんです」
カズマの声にちょっと怒りの色が混じる。
なんだかはぐらかされていて、じれったいものね。
「止まるわよ。今日は……ほんのちょっぴり、貴方から栄養をいただいてね!!」
ロザリアさんの服から伸びる大量のなにかがカズマに絡みつく。
「カズマ!!」
「カズマさん!?」
「こいつは……っ!?」
カズマを逃がすまいと全身に纏わり付いている花のツル。
小さく紫の花が付いているそれは、窓や外にへばりついているものと同じ!
しかもどくどく脈打っていて気持ち悪さ倍増!
「ロザリアさん! 貴女は!」
「近づくな!!」
思わず駆け寄ろうとした私に大声で待ったをかけるカズマ。
その間にもどんどん花はカズマに取り付いていく。カズマのパワーで引きちぎっても、次々新しいものが現れてキリがない。私からカズマまで五メートルくらい。
こちらに花は来ていないけど、このままじゃカズマが危ない。
「いいわ……全身に染み渡るほどの生命力よ……とても好み……殺すのは惜しいわ……かっこいいし、とてもかっこいいし、そしてかっこいいわ。つまりなにが言いたいかというとかっこいいわ!!」
「えぇ……なんですかこの人……」
「こんな時まで女性に好かれてるんじゃないわよ……」
「俺のせいじゃないだろ!?」
そうだけどそうじゃないとも言えるし、もうどうしてこうなるのよ!
「第一印象から決めてました! 私と永遠の時を過ごしましょう……こっちを見て、カズマくん」
心なしかロザリアの声がうっとりしている気がする。
カズマ……なにもここで女性に好かれなくてもいいじゃない。
「なんのつもりだ……?」
「いいから私の目を見て。よーくよーく。これから毎日見ることになる、貴方の主人の目なのだから」
「色仕掛けってやつか? 悪いがそんなもんに引っかかるほどヤワじゃないぜ」
「そうよ、そんなことでどうにかなるほどカズマは甘くないわ」
「鈍感さをみくびってやがりますね。愚かな女ですよー」
はっ、その程度の色仕掛けで、カズマがピクリとでも反応してくれると思ったら大間違いよ。
「無理しないで。どこまでも堕ちていきなさい。身も心も……徹底的に堕としてあげるわ」
「カズマさん!!」
まずい、カズマは私達に背を向けている。
好き札はカズマの前に投げ入れなければならないし、邪魔される恐れがある。
ここはストレートに告白するしかない!
「カズマ! 待って! 私は貴方のことが……」
「うるさいのよ小娘が!!」
ホール中に響き渡る怒号に一瞬怯んでしまい、告白が中断される。
その間にカズマの身体が花の中へと消えていく。もう上半身が見えていない。
「これでもう誰の声も聞こえない。さあ、この男を助けたかったら、まず貴女の持っている板を捨てなさい」
見られていた? 好き札の存在を知られてしまった。
でも後三枚ある。二枚渡して一枚で倒せばなんとかなる。
「嘘をついても無駄よ。もし、懐に隠していることがバレれば……カズマくんの命はないわ」
「さあ、こちらに向けて投げなさい。早く!!」
仕方なくロザリアさんの足元へ三枚とも投げる。
それに花がくっつき、ロザリアさんによって砕かれてしまう。これはピンチね。
「ふむ、ちゃんと三枚あるわね。なんて書いてあるのかわからなかったけれど、特殊な魔法かしら?」
枚数がバレていたのね……どうしよう……札がない今、告白を直接届けるしかないんだけど。簡単じゃないわね。
「あやこ……まだそこにいるのか?」
「私の許可無く喋るんじゃない!!」
ぎちぎちと花がカズマを締め付ける音がする。ここまでされて、なにもできない私自身に怒りがこみ上げてくる。カズマの足手まといにしかならないなんて。
「魅了の力が通用しないの? 不思議な体質ね。でもそこがいいわ。妖魔の力に屈しない男らしさ。永遠を生きるものとして合格よ」
「どうしようもねえ女だな。いいだろう。落ちてやるよ」
「カズマさん!?」
「フハハハハハハ!! そうよ! いい子になさい! 貴女は今日から私の下僕なのだから!」
カズマがまだ自由に動く片足を浮かせる。なにをする気だろう。
「ゥオラアアアアァァァ!!」
何度も床を蹴る豪快な音と、屋敷を揺らす振動。
それとともにカズマとロザリアさんが立っているバルコニーが崩れだす。
「やはりボロい屋敷だ。お望み通り落ちてやるよ……一階までな。先に行け! あやこっ!!」
「この……調子に乗るなああああああぁぁぁぁ!!!」
「エルミナちゃん! 走って!!」
「えっ……」
床を踏み砕いて落下するカズマとロザリアに背を向けて、エルミナちゃんの手を引いて走りだす。ありがとうカズマ。必ず、勝ちましょう。
「今はとにかく書斎に行くことだけを考えるのよ!」
「書斎!? 逃げるんじゃないんですか!? それにカズマさんが!!」
「カズマは死なないわ。それに逃げるっていうのも違うわよ」
長い廊下を駆け抜ける。見えてきた。あの部屋が書斎のはず。
途中で開いている廊下の窓から花のツルが襲ってくる。
「姿勢を低くして!」
「ひゃあぁぁ!?」
ツルの下を素早く通過。少し振り返ると追って来ている。
「窓を破っては来ないのね。修理が面倒だからかしら?」
「言ってる場合ですかあぁぁ!?」
バリンと何かが割れる音。窓じゃない。
よく見ると備え付けのランタンが割れて、花に燃え移っていた。
「そう……火に弱いのね」
「あやこさん! 扉に花が!」
書斎の扉に花が迫る。走り続けているけれど、花とぶつかるわね。
「エルミナちゃん。明かり貸して!」
ランタンを引ったくり、花に向けて投げつける。
ガシャンと割れて小さな火が絨毯を焼く。
花は光から逃げるように離れていった。
「今よ!!」
運良く鍵がかかっていない。二人で中に入り、鍵をかけ、息を整える。
「はあ……無茶なことしたわね」
「どうして……どうしてここに?」
「カズマは『先に行け』と言ったのよ。だから必ず追いついて来る。私達は一刻も早く花か、ロザリアさんの弱点を見つけるの」
「そんな……あやこさんは怖くないんですか?」
「怖いわよ。怖いけどカズマを、好きな人を見捨てて逃げるなんて、私にはできないわ。こっちは十年片思いよ。この程度で告白もせず死ねるもんですか」
落ち着いてくれることを願って、出来る限り優しく笑ってみる。
一人よりも二人だ。協力してここを乗り切るのよ。
「あやこさん。震えてますよ」
「そりゃそうよ。怖いもの。でもね、私が死んだらカズマはきっと悲しむわ。カズマの悲しむ顔が浮かんできたら、心配でおちおち死んでなんかいられないわよ」
「ふふっ、元気出ました。やるだけやってみます! カズマさんに告白して、らぶらぶになるまで死ねませんよね!」
「そうそう。昔カズマは言ってたわ『とりあえず一歩踏み出してみればいい。一センチでも、一ミリでもいい。足跡を振り返ってみれば、結構大きな一歩だったりするもんだ』ってね」
カズマが戻ってきた時、成果無しじゃかっこつかないものね。探索開始よ。
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