第44話 温泉旅館の夜はふけて
温泉を堪能し、浴衣を着て部屋にいます。
冷蔵庫に牛乳が置かれているので二本取って、二人で飲む。
一瞬どこにいるのかわからなくなるわね。
「ここマグナヴェリスだよな?」
「そうね、忘れないようにしましょうね」
ベッドでごろごろしながら会話。カズマはソファーでだらだら。
身も心も休まるわあ。最近色々……ついさっきもあったものね。
「そろそろアレックスさん来るな」
そこでノック。カズマが出に行ったので、私も浴衣を直してベッドに座りなおす。
「や、温泉は堪能したかい?」
「バッチリだ」
「ゆっくりできました」
「そりゃよかったわい。それじゃあ香保ちゃんについてじゃが」
椅子に座って会議が始まりました。
「やはり欠片を埋め込まれておったようじゃ。そして浄化されると忘れてしまう」
「犯人の外見もミウの時と同じ。でも特定できず。情報が少なすぎるね」
「なにか目的や手がかりでもあれば……」
そこで温泉から香保が出てきた瞬間を思い出す。
「そういえば……カズマ、最初に流星のアレクと、ナンバーワン巫女のカグヤがどうって言っていたわね」
「そういや待っていたとか言っていたな」
「ほう、それは興味深いね」
「ワシかのう? 確かに昔はそんな名もついておったが」
ついていたのですか。二つ名が多い人ね。
由来が気になるけれど、今は会議を優先しましょう。
「巫女のカグヤさんっていう人に心当たりはありませんか?」
「あるもなにも、ワシの協会ナンバーワンじゃよ。そういえばまだ会ったことがなかったかのう」
「俺達は会っていないはずです」
「つまり二人に用事があった? アレクさん極楽四天王という名前に……」
「まーったくないわい。今まで出会った四天王は、どいつもこいつも好戦的な人外連中じゃよ」
「他にもいたんですか?」
「おったよ。煉獄四天王や氷結四天王。斬滅四天王とか山ほどおったわい」
どうやらバリエーションが豊富なようです。
ミウや香保はまだマシな部類みたいですね。
出会って今生きているなら、倒したということ?
やっぱり謎の人ねアレックスさん。
「次に出会ったら、なんとか捕獲するしかないね」
「そうですね……事情がわからないことにはなんとも……」
「そういえば欠片はどうしたんじゃ?」
「私が拾った時に吸収しちゃいました」
ミウに続き、まーた私が吸収。カズマの分が供給されないと呪いが解けないのに。
「それで巫女の力が上がっておるのじゃな」
「巫女の力?」
「うむ、魔力とかそんなものじゃよ。二人とも初めて会った日より格段に上がっておる」
実感ゼロですけども。いつの間にそんなファンタジーなパワーが私に。
「前から疑問だったんだけれど、あやこくんの能力はどんなものだろうね」
「能力?」
「星の巫女としての力は、どう使われているのかってことさ」
クレスさんの言いたいことがわからない。使った覚えがないのですが。
「カズマに呪いがかかっているのなら、君の告白で発動するものはカズマの力だ。もしくは君達二人の力が合わさっている」
「なるほどのう。あやこくん固有の力があるはずじゃな」
「あるんですか?」
「面白そうだな。探してみようぜ」
カズマは面白がっているけれど、急に言われてもわかりません。
「一度魔法の訓練でもしてみてはどうじゃね?」
「魔法って……誰でも使えるようになるものですか?」
「ある程度まではね。上に行くには素質が必要だよ。だが僕の発明品を撃てただろう? あれは本人の魔力と意志で放たれる。つまり、魔力はあるはずさ」
「俺にもあるのか?」
「それも含めて調べて見る必要があるのう」
帰ってからの目標ができました。
戦闘は絶対に起きるのだから、強くなるに越したことはないわ。
正直魔法も使ってみたいし。面白そうね。
「ま、そんなことは帰ってからじゃ。今は夕飯のことでも考えておこうではないか」
狙いすましたかのように扉がノックされる。
そして運ばれてくるごちそう。それは私とカズマには一生縁のない豪勢なもの。
大きなテーブル中央に置かれたお鍋と、野菜にお魚。
「それではごゆっくり」
料理を素早く並べて帰っていくお姉さん。
カズマ並の速さだったわ。あの人も四天王じゃないでしょうね。
「うまそうだな……」
もう目が料理にしかむいていないカズマ。
「ここは山で採れた山菜と、近くの海から新鮮な魚が取れる。なんともお得な場所なのさ」
「なので焼き魚や山菜料理と、鍋セットが来るわけじゃ」
「いただきます」
説明の途中で自分の焼き魚を食べ始める。意地汚いわよカズマ。
「焼き加減と塩加減が、最高に絶妙だな」
「ふむ、変わらぬ味。いや、腕前を上げたか。やはりこの旅館はいいね」
クレスさんも食べ始めている。
仕方がないので、私とアレックスさんで鍋に野菜を入れていきましょう。
「これは……なんでしょう?」
「それはこの辺の山菜を練り込んだものだよ」
「きりたんぽか」
「二人の地元ではそう呼ぶんじゃな」
完全にきりたんぽです。いやまあ練り物はどんな世界でもあるでしょう。
焼く、蒸す、練る、茹でるとかは全世界共通な気がします。
「今から入れてもいいですか?」
「いいよ。ただし中盤まで入れっぱなしだ。汁を吸い込みやすいから、味が染みて美味しくなるんだよ」
「そりゃ楽しみだ」
「二人も食べてばかりいないで手伝いなさい」
自分のお魚を食べつつアレックスさんと鍋作り。
焼いたエビが凄く美味しいわ。
「エビが……美味え……そしてでかい」
伊勢海老くらいのサイズがあります。なのに味が繊細でしつこくない。
大味じゃない。この世界は身の大きさと味の大雑把さは関係ないみたいです。
「切り身を投入したい……しかし……野菜はまだ三割しか入れておらん。どうすべきかのう」
「私は全部の具材を少しずつ入れていって、鍋のつゆを作るタイプです」
「俺も。というかあやこの料理に舌が作られている」
「仲がいいね君達は」
「十年の幼馴染みですから」
カズマの家庭の味と、私が作ってあげる料理で、私達の味覚が構成されてきたといっても過言ではないのです。
それだけ長い年月を仲良く過ごしてきたわけですよ。
恋人にはなれなくても、それは楽しくて幸せな時間でした。
「魚も入れていくか」
「生物だからよく火を通すよ。野菜から食べていけばいい」
「よしよし、いい感じじゃな」
きりたんぽは予想を遥かに超えて美味しかったです。
野菜特有の青臭さもなく、渋みもない。美味しさだけを伝えるいいお味。
具の出汁が染みたつゆも、お魚も、この世界にきて一番美味しかったかも。
そしてお食事を終えて解散。二人は自分の部屋に帰っていきました。
「綺麗ね」
「ああ、こういう景色が見られるのは……こっちの特権だな」
夜に二人でお風呂に入り、夜景を見る。
物凄いことをしているけれど、照れや恥ずかしさより、嬉しさと夜景の美しさに心が奪われる。
「楽しいことも、辛いこともあったけれど、カズマがいてくれたおかげで頑張れたわ」
「俺もさ。あやこがいたから、今の俺はこうして生きている。遠い場所にたった二人、それでも心の支えってやつがあれば、案外なんとかやれるもんだ」
「そうね。星の巫女の力があるっていうのも助かるわ」
「危険ではあるけどな。それでも今の扱いは助かるよ」
「これからもよろしくね、カズマ」
「ああ、あやこは俺が守ってみせるよ」
穏やかに、二人の時間は過ぎていく。この時間がとても幸せだと思えた。
そして個人的に目をそらしていた問題。ベッドがひとつ事件について。
結局は一緒に寝ることになりました。
ほんのちょっと距離は空いているものの、年頃の男女が一緒ですよ。
そしてどうなったかというと。
「まあ……こうなるわね」
熟睡である。ごく普通にすやすや眠っているカズマ。
ええ、わかっていましたよ。いましたとも。
「でしょうね。ええそうでしょうね」
なにせベッドがふかふかで気持ちがいいのです。
多少緊張している私でも、目を閉じると寝てしまいそう。
「おやすみ、カズマ」
少しだけ近づいて、目を閉じる。
不思議と安心する。カズマが近くにいると、それだけで守ってくれているようで、私は驚くほどすんなり眠りについた。
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