第41話 説明と温泉への誘い
協会に戻ってひと息ついて。二人してちょっと後悔。
一人じゃないのが救いね。カズマがいてくれて嬉しいわ。
「とりあえず休もう」
「そうね」
歌って踊って疲れたので、お風呂に入って着替えました。
自室で落ち着いてみるともう夕方近く。
「さてどうするか」
「クレスさんが説明に来るんじゃないかしら」
「来なかったら、あいつの家にでも行ってみるか?」
「そういえばクレスさんってどこに住んでいるの?」
「…………そういや知らんな。あいつも謎の多いやつだ」
協会に来る貴族の発明家でイケメン。そのくらいね。
それくらいでいい気もします。深入りするのは失礼だし。
「おおーいあやこちゃん。カズマくん。お客さんじゃよ」
扉の向こうからアレックスさんの声がする。
「はーい」
「来たか」
リビングまで降りていくと、そこにはやっぱりクレスさん。
「お、来たね。ミュージカルスター」
「やめろ。二度としないぞ」
「私もです。逃げたことは謝ります」
「かまわないよ。事件は解決したし、あれは僕でも逃げる」
どうやら解決したらしい。欠片が手に入ったので、そんな気はしていました。
「ワシも見ておったぞ。いやあ二人にあんな才能があったとは……星の巫女をやめても食べていけそうじゃな!」
「絶対に嫌です」
「同じく。というかあの時いたんですか」
「君達はいっつもトラブルに巻き込まれるじゃろ。心配になって探しておったんじゃよ」
「それは……ありがとうございます」
ちょっと心配かけたみたいね。
まだ新米だし、心配されないようにならないといけないわ。
「ささ、こっち来てお茶でも飲みながら話すとしようかのう」
そんなわけで、冷たいお茶をごちそうになりながら、話すことになりました。
「まずミウ。彼女は改心したというか……もとに戻った。ミュージカルスターになる夢のため、劇団に入るそうだ。君達にも謝りたいと言っていたよ」
「もとに戻る?」
「彼女、何者かに結晶を埋め込まれたらしい」
「……穏やかではないのう」
「彼女から聞いたよ。この国を旅して、自分の所属する劇団を吟味していたところ、妙な女性に出会い、夢を叶えてやると言われた」
そして、交換条件として、この世を娯楽で満たせと言ったらしい。
「大きな結晶を胸に当てられると、体に染み込んでいったらしい。痛みも違和感もなかったと言っています」
「なーるほど、結晶の瘴気が心を蝕んだのかのう」
「ピンクの結晶と言っていましたから、浄化された後かと」
「そりゃ無理じゃろ。暗くて見間違えたのではないかの?」
結晶を人間に埋め込む仕組みなんて、存在していないらしいです。
欠片は浄化されれば無害だし、瘴気があれば人間を蝕む。
後から埋め込んで馴染ませるなんて事例はないとのこと。
「昼に公園で誘われたらしいです」
「えらい堂々としたやつもいたもんだな」
「しかし、その女性は何者なんじゃ? 結晶を持っていて、他人に与えるとは……」
「ミウによれば、フードを被って、顔に包帯がびっしり巻かれていて、声から女性ではないかと」
「怪しすぎるでしょう……」
どうしてそんな人の言う事を聞いたのよ。
昼の公園なら逃げられるでしょうに。
「そこは曖昧なコメントをもらっているよ。なんだか高貴な印象があって、不思議と惹き込まれたんだとさ」
「包帯まみれでか?」
「まみれでさ」
まみれでらしいです。そこまでいくと興味が湧くわ。
目的もわからないし、怖いけれどね。
出かける時は、なるべくカズマと一緒に行きましょう。
「そうだ、あいつ極楽四天王って言ってたぞ」
「言ってたわね」
正直そのネーミングはどうかと思います。
「つまりあと三人いるのか……」
「世も末じゃな」
「でもジャンル違うらしいぜ。少なくともミュージカルじゃないらしい」
これで漫才とか落語だったらどうしましょう。
もう参加しないわよ本当に。ジャンルが何であろうと、参加は拒否します。
「迷惑な連中だね……ミウにその辺の記憶はないらしい。はぐれミュージカルスターとして活動していたことを、ぼんやり覚えている程度さ」
「巫女の力で欠片が浄化されたからか?」
「かもしれない。ちなみに、舞台の途中で正気に戻ったが、役者を目指しているのに、舞台を投げ出す訳にはいかないと頑張ったらしい」
「なんというプロ根性じゃ」
素直に尊敬するわ。その根性があれば立派にスターになれるでしょう。
歌も踊りもうまかったし。運動神経もいいみたいだしね。
「まあ色々あって、二人も心に傷を負っただろう」
「がっつりとな」
「ええ、それはもうしっかりと」
数少ない知り合い二人に見られていたことも、地味にダメージを加速させていますよ。
「なので今回の報酬に、温泉旅館への招待をプラスさせてもらおう。数日ここを離れてのんびりするといい」
「正気か?」
「なんの実験なんですか?」
クレスさんがこんなに親切なはずがないわ。必ずなにか裏があるはず。
「君達は僕をどう思っているのかな? 評判の良い老舗旅館があってね。僕も行ったことがあるが、個室にも家族で入れる露天風呂があるんだ。ちょっと値段はお高めだけれど、部屋がいい塩梅の広さなんだよ」
「個室……家族風呂……もしやあの温泉街かのう?」
「おそらくその温泉街です」
「有名なのか」
「知る人ぞ知る、というやつだね。花や雪なんかがプラスされると、風情でもう心が洗われてね。発明の閃きがこう……とにかくグッと来るのさ!」
クレスさん熱弁である。そんなに凄いなら……いやいやいや。
危ない危ない。ここで簡単にオーケーしちゃだめよ。
「そういう旅館って高いだろ。目的を言え」
「ちょっと遠くに行きたい。二、三日ほど。付き合ってくれ。旅費は出す。もちろんアレックスさんも一緒にどうぞ」
「そりゃありがたいが……いいんかのう?」
「ええ、こういうことは知り合いと行く方がいいですから」
なんでしょうこの爽やかさ。笑顔が猛烈に胡散臭いわ。
アレックスさんに来て欲しいみたいだけど、何を隠しているのかしら。
「四人で行くんですか?」
「ああ、安心してくれ。あやこ君と一緒の部屋で寝泊まりしようなんて考えていない」
クレスさん、こういうところ紳士よね。
アレックスさんもいい人で助かっています。
「当然じゃな。部屋はいくつ取るんじゃ?」
「二つです」
「……二つ?」
これは……これはまさか……まさかの?
そういうことですか? 期待してもいいんですね?
「カズマとあやこ君は一緒の部屋にしようと思う」
「おいおい、いいのかそれで……」
「行きます」
「あやこ?」
なるほど。クレスさんはどうしても、友人と温泉に行きたいみたいね。
いいでしょう。乗ってやりましょう。乗ってやりますとも。
「そうね、カズマが一緒なら安心だわ。カズマは嫌? 旅館の料理は美味しいわよ。疲れもとれるし。なにより温泉なんて滅多に行けないわよ」
「まあ嫌じゃないさ……あやこがいいなら俺も行く。星の巫女を一人にはできない。俺は守護者だしな」
「そんなわけでもう二部屋取ってある。隣同士だ。いやあなんて迅速なんだろうね僕は。手際を褒めてもいいんだよ?」
「今からかい。唐突じゃのう」
「移動手段は確保してあるので、夜までには着きます」
そんなわけで急いで準備して玄関前に集合。
二日分の着替えくらしか持ち物がないけれどね。
もう少しここで暮せば、私物も増えるでしょう。
「忘れ物はないね? それじゃあ行こうか」
カズマと家族風呂。水着を着れば大丈夫よ。やってやるわ。
ただでさえライバルが自動で増え続けるこの環境。
一緒に温泉に行ったという事実くらい作っておかないと安心できないのよ!
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