第14話 美人でも本性は醜かったりする

 カズマが来るまで時間を稼いでおきましょう。うまくいくといいのだけれど。


「ヒマだったから本でも読んで時間を潰そうと思ったのよ。日記や家計簿つけるなんて、意外とマメな性格なのね」


「ふん、しつけのなっていないお子様ね。不愉快だわ。戻しておきなさいな」


「い・や・よ。なんなら朗読でもしてあげましょうか? まだまだ夜は長いのよ?」


「そ、そうですよ……怖くなんかないですよ……」


 私の横でぷるぷる震えてちゃ説得力ないわよ。

 まあでもロザリアが警戒してくれれば時間も稼げるわ。

 机の後ろにいる私達まで二十メートルくらいかしら? この距離を大切に使いましょう。


「なにか罠でもあるのかしら? それともハッタリ? 気になっちゃうわ」


「なんのことかわからないわ。それよりカズマはどうしたの?」


「ああ、カズマは尻尾巻いて逃げたよ。締め付けても叩き付けても効きやしない。不死身なのかしら。忌々しいわ」


「そう、カズマを殺せなかったのね」


 やっぱり無事か。よかった。あとカズマと呼ばないで欲しい。


「殺せないだけさ。私を倒す技はな~んにも持ってないみたいだからね」


 カズマは強くなっているけれど、今のところ物理攻撃しか出来ない。

 今回のように物量作戦をとられると不利ね。

 それこそ告白の影響で倒すしかないかもしれないわ。


「カズマさんはあなたなんかにやられません!」


「結局諦めて逃げたのよ。負けは負け。それに……小娘の挑発には乗らないわあぁ~ん」


 いやみったらしさ大爆発な声を出すロザリア。

 やっぱりこの人嫌いだわ。人じゃないらしいけど。


「もしかしたら札をまだ持っているかもしれない。持っていなくとも、お前らをみくびったりはしない。近づくのはアホのやることで、人間レベルの知能しかないマヌケがやることだ。カズマが来る前に! お前らを確実な方法で殺すっ!!」


 随分ゲスな本性を見せているロザリアの身体から、花と同じ紫色のオーラのようなものが出ている。ついでに目も同じ色に怪しく輝いているし、なんか気持ち悪い。


「ち・な・み・に。あやこちゃんとそっちのお嬢ちゃんはどういう関係かしら? ただの護衛? それともお友達?」


「友達よ。それがどうかしたの?」


「それはいいわ! すごくいい! 殺す方も殺される方もぐっと苦しみが増すじゃなあ~い? 人間の分際でここまで手間もヒマもかけさせたのよ。もっともっと心に傷をつけさせてもらうわあああ~!!」


 満面の笑みだ。私達を殺すことを心から楽しんでいるって感じね。

 でもなにをしてくるのかわからない。どう警戒すればいいかすら……っていうのは気分のいいものじゃないわね。


「あ……あやこさん……」


「大丈夫よエルミナちゃん。心配しないで」


 エルミナちゃんが震えた声でゆっくりとこちらに両手を伸ばす。

 ぷるぷる震えているし、やっぱり怖いのかな。


「あやこさん……逃げて……」


「エルミナちゃん?」


 両手で私の首を絞めてくる。女の子の力じゃない。

 引き剥がそうとしてもまったく動かせず、ぎりぎりと首が締まっていく。

 まずい、これは予想してなかったわ。


「どうかしらぁ? お友達に殺される気分は?」


「貴女……なに……を……」


「ふぅ~ん。やっぱり魅了が効かないのね。でもいいわ。あんたさえ死んでくれればそれでいいもの」


 魅了……エルミナちゃんを操作しているってことかしら。

 どこまでも薄汚い手を使うわね。


「あやこさん……わたし……こんなことしたくない……のに……逃げてください!」


「どうもそう簡単には逃げられないみたいよ……結構力強かったのねエルミナちゃん。カズマといい勝負なんじゃない?」


「冗談言ってる場合じゃないですよおぉぉ!!」 


「これでカズマくんは私のものね。あの子には、私のように永遠に美しい妖魔こそ相応しいのよ」


「ああもう……やっぱり好きになってるのね……たいしたものよ本当に」


「惚れっぽすぎじゃないですかねぇ」


 今ここで確実に倒さないといけなくなったわ。

 こんな面倒な相手が野放しだと今後の生活に支障が出る。

 ここまでコケにされて許す気もない。


「カズマくんも所詮人間。飢えもするし、疲れもする。ピンチの時に優しくすれば、案外ころっとなついてくれるかも」


 そんな姑息な手段でカズマの心は動かない。

 乙女心というものに鈍感だけど、そういった卑怯な真似は通用しない。

 カズマは案外ロザリアのこの性格を感じ取っていて、嘘をついてまで帰ろうとしていたのかもね。


「そうだ、私は優しいから、助かる方法を一つ。さ・し・あ・げ・る。喜びなさいあやこちゃあぁ~ん」


 どうせろくなこと思いついてないんだろうなあ……なにをしようっていうのかしら。

 できれば私達を開放してから自害してくれるくらいのハッピーなお知らせを希望するわ。


「ほ~ら受け取りな!!」


 私の近くに突き刺さったのは……ノコギリ? 片手で持てる柄のついた刃渡り三十センチ位のノコギリでした。


「エルミナちゃんはあやこちゃんを殺したくない。あやこちゃんは死にたくない。だったら簡単。あやこちゃああぁ~ん。それでエルミナちゃんの腕をぎーこぎーこ切り落としなさあぁ~い」


「そんなことっ!? できるわけないでしょう!!」


「すこおぉ~し力を緩めてあげるわ。ノコギリに手が届くようにね。さっさと切り落としな。さもないとお友達が殺人犯になっちゃうわよお? 可哀想にねぇ」


 質が悪い。想像以上に下劣だ。妖魔っていうのは外見だけ美形で中身最悪ね。

 醜いったらないわ。将来こうならないように気をつけよう。


「二人とも助かるなんて都合のいい展開は与えないわよ? 覚悟して選びなさい」


 エルミナちゃんを殺人犯にするわけにはいかない。かといって切り落とすのは論外よ。

 いっそ死んだふりでもしてみようかしら。

 首を絞める力も弱まっているし、時間を稼ぐだけならできるかも。


「あやこさん! あやこさんが死んじゃう……私……どうしたら……」


「大丈夫よ。そう簡単に私は死なないわ」


「いいのかしらエルミナちゃ~ん? 切ってもらわなければ、貴女があやこちゃんを殺しちゃうのよ? 貴女のせいであやこちゃんは死んじゃうの。カズマくんも悲しむわよ。ぜえぇ~んぶ貴女のせいでね」


「私のせいで……カズマさんが……うああぁぁ!!」


「違うわ! エルミナちゃんのせいじゃない!!」


「ほらほらほらあぁ~どうするの? カズマくんに嫌われちゃうわよ?」


 なんとか混乱しているエルミナちゃんを落ち着かせなきゃ。

 こんな涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、こんな悲しそうな顔のまま、お友達とお別れなんてしたくないものね。


「どうしてこんなことをするの? ただ殺すだけじゃ物足りない? それとも別に目的があるのかしら?」


「私は人間から栄養を奪って生きているタイプの妖魔。人間の命が消えるその瞬間。ぎりぎりまで心底絶望しながら死んでくれるとね、とおお~ってもおいしくなるの」


「食事のために……ここまで回りくどいことをするのね。グルメ思考もここまでくると異常だわ」


「アンタ達がさっさと苦しんで死ねば美食にありつけるのよ。足掻いても無駄だと実感できないということは、やはり人間は下等な存在ってわけね」


 ずっとにやにやしっぱなしでロザリアは一歩もこっちに来ない。なにか手を考えるのよ。

 勝利を確信しているんじゃない。私を警戒しているから距離をとっている。

 そこから何か考えるのよ。頭が回らなくなる前に。


「餌に慈悲を与えなくちゃあいけないなんて……妖魔も楽じゃあないわねえぇ~」


「あやこさん……カズマさんに伝えてください……」


「エルミナちゃん……?」


「エルミナは……カズマさんが……大好きでした。ずっと、ずっとお側に居たかったです……」


 ぼろぼろと涙を流し、声を震わせながら、なにかを諦めるような、決意を秘めた表情でじっと私を見つめるエルミナちゃん。嫌な予感がする。


「でも、お友達を傷つけて……あやこさんをこんな目に合わせてまで……一緒にいられない……だから……ありがとう……あやこさん……さようなら……」


「エルミナちゃんっ!!」


 反射的にエルミナちゃんの口に指を突っ込んでいた。

 指ががりっと噛まれる音。激しい痛みが私を襲う。

 やっぱり舌噛もうとしたわね。危ない危ない。


「いっ!? いったたた……強く噛みすぎよもう」


「あやこさん……どうして……」


「どうしてもこうしてもないわ。カズマが来るまで生きるのよ。私達どっちが死んでもカズマは悲しむわ」


 きっとカズマは自分を責めるでしょう。責任なんてないのに。

 そういう人だと知っている。知っていて好きになった。


「カズマくんは来ないわよ。勝てないとわかっていて、ここに来るはずがない」


「いいえ来るわ。カズマはね、鈍感で、女の子の気持ちなんて全然わかってくれなくて、何人もの乙女が心を折られて、しまいには告白さえ通らなくなるし、もうどうしたらいいのかわからないけれど……」


「あ、あやこさん?」


「それでもね。カズマは私との約束を破ったことはないの。私を守ってくれるって約束したもの。だから必ず来る。だから……それまでみっともない姿は見せられないのよ!!」


 ノコギリを拾い上げ、エルミナちゃんの足元に向けて振り下ろす。


「気づいたか。小賢しい小娘だこと」


「あやこさん?」


 エルミナちゃんの力が弱まった瞬間に、首にかかっていた手を引き剥がした。

 ランプのわずかな明かりと、ロザリアが発する魔力? の光で一瞬だけ、エルミナちゃんの靴に絡みついたツルが見えた。なんとなく思いつきで切ってみたけど大正解ね。


「エルミナちゃんの靴にツルが絡まっていたわ。他にどこか気になる場所はない?」


「無駄さ、もう操作に十分な魔力を送り込んでいる。アンタがなぜ平気か検討もつかないけれど、その子はもう私の支配下にある。いい加減諦めなさい。あやこちゃん」


「私はね、胸を張ってカズマの隣に並んでいたい。カズマと並んで笑っていたい。そのためには……ロザリアなんかに……こんな些細なトラブルなんかに屈して約束を破ったり、死んだりしてちゃあいけないのよ」


「つまらないねえ……希望に満ちた目をしている。その無駄な希望が死期を早めているのよ?」


「本人に確認もなく死期なんて決めないでもらえるかしら? 私は一回も死ぬなんて言っていないわ」


 それに、たとえ寿命が後十秒でも、五秒でも、最後の最後まで……大切な人の……カズマの知っている私でいるわ。


「カズマくんを健気に待っているのね。でもダメよ。その想いは伝わらない。そのちっぽけな想いはここで消えるの」


「確かに、他人が見ればちっぽけなことかもしれない。それでも、その小さな想いは私の中で育ち続けている。目の前の化け物が怖くないくらいに、こんな状況でもカズマを、大好きなカズマを信じていられるくらいには!!」


 突然扉が大爆発し花と一緒にロザリアさんが吹っ飛ぶ。

 部屋のちょうど真ん中くらいまで飛んだ。この爆発は……もしかして。


「ようやく追いついたと思ったら……いきなり扉がぶっ壊れやがった」


「カズマさん!!」


 爆発で飛ばされた時、ロザリアの術も解除されたのか、エルミナちゃんはその場に座り込んでしまう。想像以上にきつかったわ。まだちょっと絞められている感覚が残っている。そのせいでちょっと咳き込んでしまう。


「もう……遅いわよ、カズマ」


「悪い、待たせたな」


 身体にカーテンを巻き付けて、まるでローブを着た魔法使いのようになっているカズマ。

 まったく……待たせ過ぎなのよ。

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