第37話 はぐれミュージカルスターを追え

 はぐれミュージカルスターを探すため、とりあえず出発。

 私達は王都にある劇場に来ていた。

 とても大きくて綺麗。まるで大きな街の映画館のよう。


「なんだかやけに盛況だな」


「こんなに人がいるとは、なにか有名な劇団でも来ているのかね。興味がある」


 劇場の中はお客さんでいっぱいです。

 チケットを買うための列がずらり。

 劇場って行ったことがないけれど、中はこうなっているのねえ。


「ミュージカルを……もっとミュージカルを……見たいのよ!」


「体が……ミュージカルを求めている! 俺達の体にミュージカルを!」


「アイラブミュージカル!」


 なにか言っている人多数。なによこの集団は。


「なんだか怖いわね」


「思ったよりも深刻なようだね」


「これはこれはクレス様! 本日は……」


 なんだか身なりのいい、初老の男性がクレスさんに声をかけてきました。


「公共の場であまりクレス様と呼ばないで頂きたいのですが……」


「これは失礼を。当劇場になにか?」


「ちょっと噂になっている、はぐれミュージカルスターの調査をしていまして」


 ここはクレスさんに任せて事態を見守りましょう。私達は一般市民です。

 ハイソな会話ができません。


「それはそれは……その噂の人物のせいで、このような状態でございます」


「こちらでも被害に?」


「ええ、ええ、突然路上や公園で劇に突入し、一人芝居で大立ち回りをして去っていったそうです」


 迷惑過ぎるわ、はぐれミュージカルスター。

 でもちょっと見たいかも。ストリートミュージシャンみたいなものよね。


「ここのお客さんは全員がその時の?」


「いいえ、どうやら別の劇場で見たというお客様も多いようで」


「劇場にも出るのですか?」


「どうやらそのようです。大きな劇場の一つに出没したと報告がありました。こちらとしましては、お客様が増えたので、一概には批判できないのですが」


「ああ、大盛況のようですね。しかし目的がわかりませんね」


 その時、血相を変えて走ってくる人がいる。

 制服を着ているから従業員の人かしら。


「やられました! はぐれミュージカルスターが現れました!」


「なにい!?」


 どうやら目的の人物は実在していることが確定したようね。


「フハハハハハハハ!!」


 黒いフードを被った人がこちらに走ってくる。

 その後ろを大量の人が追いかけています。


「あやこ、こっちに来い。巻き込まれるぞ」


 カズマにさっと手を引かれ、その集団から離れる。

 こういう気遣いですよ。しかも手を繋ぎっぱなし。

 なんですかこの僥倖は。流れが私に来ている気がしますよこれ。


「フハハハハハハハハ!! さらばだ皆の衆! いや、私のファンよ! ミュージカルを愛する心、確かに届けたぞ!」


 ええ……ちょっと歌うように高らかにファンへの挨拶を済ませる不審者さん。

 男か女かわからない声ね。不思議だわ。でもとても綺麗な声。


「待ってくれー!」


「もっと、もっとあんたのミュージカルを見たいんだー!」


「お願いよ! どうして! どうしてこんなに時が経つのは早いの!」


 追いかけているのはファンになった人達らしいです。

 大人気ね。そんなに面白いのかしら。


「お、おい。あいつを取り押さえるんだ」


「はっはい!」


 急いで追いかけようとする。支配人さん達。

 相手はもう入り口までたどり着いている。

 脚力も相当なものね。


「ファンのみんな! 入口の前に集合だ!!」


 そのよく通る、ちょっと芝居がかった一言で、ファンが入り口に集結した。

 たちまち人の壁が道を塞いでしまう。


「今日は楽しかったよ! さらばだ! またどこかで会おう! フハハハハハハハ!!」


「しまった! 逃げられた!」


「面白い、実に面白いね。二人とも、急いでやつを追うよ。こっちだ」


 クレスさんは別の場所にある出入り口へ駆け出している。

 それについていく鎧の人達。護衛とはいえ、よく鎧なんか着て走れるわね。


「走れるか?」


「ええ、今日はズボンにしておいたからバッチリよ」


 慌ててクレスさんと合流し、犯人を追う私とカズマ。

 まずいわね。これ追いつけるのかしら。


「あの人ちょっと速すぎない?」


「相当鍛えているようだね、あの男……いや女か? 声から判断つきかねるな」


 どうも性別がどっちかわからない。声も体格もどっちか微妙。

 中性的な人なのかしら。


「あやこには辛いかもな。どうする? 俺が運ぶか?」


「荷物みたいに小脇に抱える気でしょう?」


「……まずいのか?」


 やっぱりか。運んで貰うのになんだけど、多分痛い。


「絶対腕がお腹に食い込んで痛いわよ」


「それもそうだな。じゃあ肩に担ぐか」


「カズマの中で女の子はどう運ぶものなのよ」


「それじゃあこれはどうだ?」


 さっとカズマが動いた後には、私は気付かぬうちにその腕の中へ。

 なるほど、お姫様抱っこ作戦できましたか。


「これとおんぶどっちがいい?」


「今はこれがいいわ」


 なんでしょう。もっとロマンチックな状況でして欲しかったわ。

 町中を疾走する場合は想定していないもの。

 幸運にも人が少なく、通り自体がとても広いこともあって、ぶつかることなく走り抜けていく。


「そうか。じゃあ急ぐから掴まれ。振り落とされるぞ」


「どんな速度で走るのよ!?」


「追いつくためだ。こんな体勢でいるところを、あまり多くの人に見られたくないだろう?」


 よく考えたらかなり恥ずかしいわね。

 うわあ、顔バレするのきついわ。


「そうね。だから早く走るの?」


「そうだ。視認できない速度で走る」


「一人抱えてその速度で走れるのね……」


「そんな君達に最適なプレゼントがこちら」


 クレスさんが渡してきたのは……兜? これ兵士さんの兜よね?

 素材はわからないけれど、最低限目や顔を隠すタイプの兜。

 通気性はいいんだろうけれど……迷うわ。


「ここで僕の尋常ならざる気配りが炸裂だ。なんとあやこくんに渡したものは女性がつけていたものさ」


 横を走る兵士さんは、確かに女性でした。息を切らさず並走している。凄い。


「なんだかすみません本当に」


「いいえ、これも街の平和を守るため。星の巫女さんに使ってもらえるならいいですよ」


 あ、いい人だこの人。これはご厚意に甘えましょう。

 意外とすっぽりはまるわねこれ。

 カズマも被っています。いや私を抱えているのにいつの間に?


「カズマ、君の身体能力なら、屋根の上を行けるだろう? 上なら見ている人間もいなくなるさ」


「なるほど、それでいくか」


 屋根まで飛び、カズマがぐんぐん加速する。

 私に気を遣って、抵抗を少なくする揺れの少ない動きをしている気がします。

 うわあ風景が電車が走っているときみたいに流れているわ。


「どうやら公園に行くみたいだ」


「あっちには何がある?」


「ちょっとしたライブ会場がある。確か劇もやるはずだ」


 普通にクレスさんが並走している。

 この人も大概身体能力おかしいわね。


「今度はそこでやろうってか? 先に行って調べてくるぜ」


「任せた。なるべく早く追いつくよ」


 更に加速。私はカズマのおかげか、なぜか耐えることができています。

 そのまま加速して追い続ける中で、徐々に黒いフードの人影が見えてきた。

 自然公園に向かっている。推理が当たっていたということかしら。


「なあ、あやこ」


 私を降ろし、身なりを整えて公園へ。

 しっかりカズマに掴まっていたけれど、正直堪能できる状況になかったのです。

 今度じっくりしてもらいましょう。それまでに理由を考えておかないとね。


「なに? 疲れたなら休憩する?」


「かなり速く走ったろ? 大丈夫か?」


「ええ、気を遣ってくれたでしょう? これでも星の巫女よ。なんとでもなるわ」


 本当に言葉にできない思いって、色々あると思います。

 できるなら誰かして欲しいくらいだわ。


「よし、それじゃあ行くか」


 さて何が起きるか。できれば無事に終わって欲しいものね。

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