第38話 時には歌劇に流されて

 全身黒ローブの人を追って自然公園の中を走る私達。

 ついに追い詰めたその先は、大きな野外ライブ会場でした。

 ショーのためにある大きな舞台。お客さん用の長い椅子。

 掃除がされているのか綺麗な場所ね。


「ここまで追ってくるなんて……嬉しいよ。そこまで熱烈に愛してくれるファンがいたなんて!!」


「勘違いされているな」


「さあ、そんな兜を脱ぎ捨てて、君達の顔を見せておくれ!」


「……仕方ないわね」


 二人して兜を脱ぐ。あとで返せるように、椅子の上に置いておきましょう。


「俺達は顔を見せたんだ。そっちもそろそろ顔を見せて名乗りな」


「よかろう! とうっ!」


 不審者さんが飛び上がり、舞台の中央に着地する。

 その瞬間、どこからかスポットライトが当たる。


「刮目せよ!」


 ばさりと脱ぎ捨てられた。黒いローブ。

 その下からは、耳の尖った中性的な美形さんが現れました。

 確かエルフさん。ツノや羽のある人もいるから、あまり目立たないけれど。

 多分エルフで間違いないはずよ。


「我が名はミウ! 極楽四天王の一人、ミュージカルスターのミウ!!」


 舞台からファンファーレが聞こえます。協力者でもいるのかしら?


「どうだ? 私は美しいだろう?」


 確かに整った顔立ちだ。すらりとした体も、こうして見ても男女どちらかわからない顔も。ちょっと癖っ毛の銀髪も。スターと言っても過言ではないわね。

 まあカズマの方がかっこいいと思いますけれど。


「極楽四天王ってなんだよ?」


「この世界を極楽で包むのさ! 人生には潤いが、笑顔が必要だろう?」


 つまりこんなのが後三人はいるということね。

 いやだなあ、これが四人もいるの。


「できれば邪魔しないでくれないかな? もっと笑顔と歌劇を届けたい」


「お前がやっていることは洗脳に近い。あれじゃあミュージカル依存症だ」


「まだまだ。あんなものじゃあ依存症とは言えないよ」


「いやだから、依存症になっちゃ困るのよ」


「わたしはね、最高の演劇を完成させるまで止まれないんだ。そのために、共演できる逸材を求めてこの街にやってきた」


 マイペースねこの人。会話が繋がらないわ。

 こういうタイプはどう接していいか、ちょっとわからないわ。


「共演?」


「一人芝居でも十二分に観客をわかせる自信がある。事実、あんなにファンができた」


 催眠術とかじゃないなら、ファンができるほどに演技が達者なんでしょう。

 それは漂うオーラと、ミウの言動でわかるわ。


「だが、誰かと演じることはなかった。そこで飛び入りも許可した。それでも! それでもわたしは満たされない! 誰も私の演技についてくることができないから!」


 大げさな身振り手振りで語りだしたわ。なんだか音楽もなり始めた。

 これ誰がどうやっているのよ? 仲間がいるの?


「だがわたしはついに見つけた! この魂を! 溢れんばかりの情熱で満たしてくれそうな者達を!」


「いいから普通にミュージカルがやりたかったら劇団でも入れ。普通にやれ」


「美しい黒髪をお持ちのレディ。お名前は?」


 あ、これ聞いちゃいないわ。何を言っても無駄ね。

 自由度高いわねえ。


「私?」


「そう、君だ。長く綺麗な黒髪をしているね」


「それはどうも、あやこです」


 黒髪をレイに続き褒められた。こっちじゃ珍しいのでしょうね。

 褒めるなら珍しい箇所を。ということでしょう。


「オーケイ、そちらの男前さんは?」


「カズマだ」


「了解了解。どうやら君達は……そういう関係だね。ラブストーリーも得意だからね。ラブの波動をビビっと! あビビっとキャッチしたよ」


 余計なことを察する能力があるわね。

 私はそんなにわかりやすいのかしら。


「なにをわけのわからんことを」


 カズマはもうちょっと察してください。

 ラブの波動と言われてその反応はいただけないわよ。


「で、それがどうしたのよ?」


「わからないかい、あやこ姫」


「……姫?」


「わたしを追い詰めたつもりだろうが、君達はもう舞台に上がっている! さあ、楽しい舞台の始まりだ! 楽しもうじゃないか~!!」


 私にスポットライトが当たると、服がお姫様の着る真っ白なドレスに変わる。


「なにこれ!?」


 しまった、油断したかも。これは予想外よ。


「あやこになにをした!!」


「今日は年に一度の舞踏会! あるものはあやこ姫の美貌を一目見ようと、あるものは覚えを良くしようと、貴族豪族が集まっていた」


 舞台が観客席も含めて、完全にお城の中に変わる。

 天井にはシャンデリアが。会場にはクラシックが流れている。


「どうなっているの?」


「さあ、わたしを満足させてくれたまえ!」


「こっちになんのメリットもないな」


「ならば、君達が勝ったら野良ミュージカルスターはやめる。最後まで演じきれば君達の勝ちだ。いかがかな?」


 そうきたか。ミュージカルなんてやったことがないわ。

 学園祭だって劇なんてやらないし。

 台詞のある役とか恥ずかしかったから未経験よ。


「言っておくが、演劇の一部として戦わなければいけないよ。カズマ王子は身体能力が高いようだからね。舞台は壊すものじゃない。全員で作り上げるものさ! 芸術なんだよ!」


「私達は素人よ?」


「ああ、だから簡単なものにするよ。歌も気分が乗った時以外歌わなくていい。あやこ姫に求婚する王子が、様々な戦いと冒険の果てに姫への愛を誓う。それだけさ」


「あやこに危害が及ぶようなことを、俺が許可するとでも?」


「何度も言わせるな。わたしは芝居がしたいんだ。君達と殺し合いがしたいわけじゃない。まあ、この状態に入ってしまった以上、殺し合いでも負けるつもりはないがね」


 一瞬でお城の中にする力。この力が幻覚なのか転移なのか、舞台装置なのかもわからない。


「やるしかないってわけか」


「無理はしないでねカズマ」


「ああ、お姫様はそこで守られていてくれ」


「そうかい。決まったか。それでは始めよう。愛と、夢と、希望に満ち溢れた奇跡の物語! ここに開幕だ!!」


 カズマの服が白くてかっこいい、王子様というか、貴族の着る服へと変わる。

 何を着ても似合うわねえ。白を基調として、動きやすさを重視しつつも下品にならない。青がちょっと入っていることで爽やかさアップよ。


「今日は年に一度の舞踏会。あやこ姫は隣国の王子カズマと再会を喜んでいた」


 あ、なんだかダンスの時にかかりそうなBGMが。


「あやこ姫。どうか私と一曲踊っていただけますか?」


 笑顔で手を差し出すカズマ。はい、かっこいい。

 ここは乗っておきましょう。


「はい、私でよろ……」


「しかし、そこに現れる一人の男!」


 窓ガラスをぶち割って、颯爽と登場するミウ。


「ちょっと!? 台詞の途中なのに!?」


「わたしは皇帝ミウ! あやこ姫よ~! わたしとともに~宇宙の~支配者と~なって~この世ー界ーをー二人のものに~!」


「どういう設定なの!?」


 そして無駄に歌がうまい。やたらにうまい。流石自称スター。

 自称でもなんでも引き込まれる歌唱力であることは確実ね。


「あ~やこ姫~は、渡さない~! 必ずー俺がー守ってみせる~!」


 序盤から歌うカズマ。楽しんでいる?

 ちなみにカズマは歌もうまい。声もかっこいい。

 万能超人なのです。カズマだからね。


「よく即興でできるわねそういうの」


「いや、勘でやろうと思ってミウの真似したらできた」


 勘でできたら苦労しないのよカズマ。


「ならば!」


「ならば?」


「あやこ姫はーいただいてーい~く~ぞ~!」


 軽く小脇に抱えられ、シャンデリアの上に連れてこられた。

 高い。そして怖い。危ない。

 これどうなっているのか知らないけれど、落ちたら死ぬんじゃないかしら。


「ちょっと!?」


「安心しろ。ここで君を傷つけるつもりはない。それに、わたしは女だ」


 そんなことを小声で言われました。

 男性に抱えられるのは、ちょっとアレだけれど。そうか女性だったのねミウ。


「ふはははは!! 追ってこい! 追ってこい! 姫がそんなに大事なら~!」


「あやこ姫ええぇぇ!!」


 そして舞台は暗くなり、また別の場所へと切り替わる。

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