第39話 豪華客船での戦い

 絶賛ミュージカル中の私は、なぜか豪華客船の上でした。


「美しいだろう? この海から見る夕日はどんな財宝よりも美しかった。あやこ姫、あなたを見つけるその日までは」


 甲板の先端でミウと一緒に夕日を見る。確かに凄く大きくて綺麗な夕日。

 いや舞台にいたはずなんですけどね。


「どうして私を……」


「言っただろう? 君を気に入った。手元に置きたい。どれほどの財宝とて敵わぬ輝きがあると思った。ゆえに手に入れた! これぞ愛だ!」


「私は……私にはカズマ王子が……」


「何が不満だ? あの王子よりもわたしが優れていると証明すればよいのか? 財宝なら好きなだけ与えよう。望む国を征服し、姫のためのリゾート地にしてみせよう」


「そんなものは愛ではない!」


 遠くから声がする。こちらに向かう船の大砲に、何やら見知った顔。


「カズマ王子!」


「発射あぁ!!」


 大砲に入ったカズマがこちらに向けて撃ち出される。


「えええぇぇぇ!?」


 なんて豪快な登場。完全に人間やめたわねカズマ。


「とうっ!」


 空中で三回転して甲板の中央に着地しましたよ。

 なんですかその運動能力は。体が丈夫になったわねえ。


「あやこ姫は返してもらうぞ! 皇帝ミウ!」


「フハハハハ! 一人で来るその勇気は見上げたもの。だが! であえであえーい!! くせものである!」


 船室からわらわらと出て来る海兵さんの服を着た人達。

 手にはサーベル。なんですかこのお話は。


「ええい悪の帝国軍め! 寄らば斬る! なあ……もしかしてこれ生身の人間なのか? 殺しはしたくないんだよ」


「安心したまえ、わたしの舞台で作り出された質量のある幻影さ。もっとも、君が攻撃され続ければ、命の保証はないがね」


「それは助かる。愛のため、わが愛刀にて屠ってくれよう!」


 刀を握り、戦闘態勢に入るカズマ。

 王子様の服が、夕日に照らされてイケメン度アップ。


「王子よ、哀れな王子~! 姫を諦め帰るなら~! 許してやら~んこともーないー!」


「ふっ! せい! 冗談きついぜ~皇帝様よ~!」


 ちゃんと斬ると蜃気楼のように消えていく。

 歌いながら戦って息切れしていないことには、もうつっこまないわ。


「お前のそーれーはー! 愛じゃなーい~!!」


「ええい黙れ! さあさあ下僕よもっとこいー! さっさーと王子ーを切り伏せて~サーメに餌でもくれてやれー!」


 カズマは持ち前の身体能力で次々に敵を切り倒す。

 敵がちゃんと叫び声を上げながら消えていくのは感心するわ。


「ふっ! はっ! せいっ! どうした! 皇帝軍とはこんなものか!」


「なにい!?」


「ふっ、自らの手を汚さず、姫の後ろに隠れる臆病者についてくるものなど、所詮はこの程度さ!」


「よかろう! ならばわたし自らが引導を渡し、あやこ姫の心をも奪ってみせよう!!」


 ミウが跳躍し、カズマの前へと躍り出る。

 腰の宝剣を引き抜き対峙する。その構えは素人から見ても様になっていた。


「…………ん?」


 よく見ると私にいる兵隊さんが何か持っている。

 そこには『私を巡って争うなんて……的なセリフを』と書いてある。

 …………カンペ出してきた!? 仕方ないわね。


「ああ、なんてこと! 私のために二人が争うなんて! お願い! 死なないでカズマ王子!」


 一度は言ってみたいセリフだけど、実際に言うと凄く恥ずかしいわね。

 これに歌を加えろと言われたら、顔が真っ赤になるわ。


「ありがとうあやこ姫! 君の悲しむ顔を見たくない! 君に涙を流させないためにも! 絶対に負けはしない!!」


 呪いにかかっていても、お芝居ならそういうセリフも言えるのね。

 なにかしら、この嬉しいのか悲しいのかわからない気持ちは。

 私の乙女心は結構複雑みたいね。


「ふん、無様に負けて生き恥を晒すがよいわ!」


 そこから激しい剣戟乱舞へと入る。

 鍔迫り合いと撃ち合いで、火花が散り。金属のぶつかる音が繰り返される。


「やるな! だがあやこ姫は渡さん! くらえ、エンペラースラッシュ!!」


 黒く揺らめく炎がサーベルを埋め尽くす。

 そして勢い良く縦に振ると、それは漫画で見たような衝撃波を伴ってカズマへと急接近した。


「なんだと!?」


 刀で受けるも、衝撃を殺しきれずに十メートルほど下がる。

 ここで初めて防戦を余儀なくされる。


「カズマ王子!?」


「必殺技とはやるじゃあないか」


 黒炎を横一文字に切り払い、現れたカズマはおそらく無傷。

 カズマを吹き飛ばすほどの威力。まずいわね。


「なんだ、王子ともあろうものが必殺技の一つもないのかね?」


「ああ、羨ましい限りだよまったく」


 ここにきて遠距離攻撃の手段がないという、根本的な問題へ直面する。


「ああ~ミウ様~! 我らが皇帝ミウ様は~宇宙に敵なし味方なし~! オレたちゃ金さえくれりゃいい~!」


 兵隊さん達も歌い始めました。人望ないのねミウ。


「ふはははは! どうだカズマ王子! これが金の力だ!」


 身も蓋もないわねこの人。そういえばミウは主役じゃなくて悪役なの?

 普通自分を主役にするものじゃないのかしら。


「ならば、俺はそれすらも打ち砕こう! 姫への愛で!」


「ほざけ! わたしの正義の刃! もう一度その身に浴びるが良い!!」


 あ、これ正義のつもりなのね。ただ感覚がずれているだけか。


「金塊アターック!」


 金塊を投げナイフみたいに使い始めましたよ。


「あやこ姫。これは敵が投げてきた。つまり奪われることも想定内だよな」


「カズマ王子。生活のために一個もらいましょう」


「そうだな。これだけあれば一個くらい問題ないな」


「爆破!!」


「爆破!?」


 金塊が爆発した。しかもさっきと同じ黒い炎が舞う。


「しまった!? つい生活を豊かにしようとしてしまった!」


「ふははははは! 残念だが金塊はダミーだ! 本物を使っていたらこちらの生活が苦しくなるからな!」


 カズマは無傷。やっぱり爆発程度じゃびくともしないわね。

 おのれミウ。こちらの庶民感覚を逆手に取るとは。やるじゃない。


「さあ姫よ! これでもまだカズマ王子につくか! 姫の名に相応しい暮らしが待っているぞ!」


「お断りよ! だって、だって私の気持ちはずっと変わらない! こんなことをしても、あなたに靡くことはないわ!」


 今のミウは私とカズマの間にいる。告白チャンスよ!

 しかも私は二人から離れているから、そこそこ大きめの妨害が入るはず。


「カズマ王子~お前の行く道は~困難続きの茨道~! 待ち受ける危機! 立ちはだかる壁! お前にあやこ姫は~守れはしな~い~!」


「守るさ守るさこの愛ある限り! ささっとぱぱっと皇帝倒してな~!」


「とにかくとにかく姫には似合わない! 切り裂き~切り伏せ~征服あるのみさ!」


 あ、歌に入っちゃったわね。ちょっと黙っていましょうか。

 ミュージカルを壊さないようにするの難しいわ。


「あやこ姫! わたしのさ!」


「渡さない!」


「奪い取る! さあ~! い・く・ぞ!」


 まるで二人で踊っているような気さえする剣舞。


「や・る・な~皇帝よ~!」


「金~の力全開だ~! 宝剣の~付与に~どれだけかけたと思う~!」


 その中で平然と歌う二人。動いているのに歌声がぶれないことに驚くわ。


「姫の気持ちも考えず~! 好意を押し付けて~!」


「ならば聞こう! 姫から直接聞けばいい!」


 あ、チャンス来たわ。でもこれってお芝居と認識されるんじゃ。

 本気であるとなんとか伝えましょう。


「聞かせておくれあやこ姫!」


「カズマ王子……いいえカズマ! 聞いて! 私の気持ちを!」


「姫……あやこ!」


 よし、多分あやこ呼びってことはお姫様じゃなくて、普通の私と認識したはず。してください。


「私は……私はカズマが大好きです!!」


 その時です。船が揺れ始め、爆音とともに打ち上げられる船。

 空に、雲にぐんぐん近づいていった。


「クジラだ! なぜか偶然巨大クジラの真下に船が来て、潮吹きのタイミングで船が打ち上げられたんだ!!」


「ばかな!? こんなことは想定の範囲外だ!?」


 ミウも驚いている。私には演技かどうか見分ける術はないけれど。

 告白の効果なら予定外でしょう。


「ぬうぅ……飛行モードに切り替えよ!」


 そして船は雲に隠れ、突き抜けた先は満天の星が輝く夜空でした。


「ふっ、この程度。なんの障害にもならぬ!」


「くうぅ……姫の言葉を聞きそびれてしまった! 怪我はないかあやこ姫!」


「ありがとうカズマ王子。私は平気よ。そちらこそ気をつけて!」


 兵隊さんが手に『この舞台がラストです』と書かれたカンペを持っていた。

 ありがとう兵隊さん。なんとか頑張ります。

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