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仕事を請け負ったからには、可及的速やかに着手し、最善を尽くすべきという理屈は、何も諜報員に限った話ではなく、どんな職業にも共通する鉄則だと明智は考えている。
従って、所長室から営業部の自席に戻るなり、憲兵隊に連絡を取り、桐原大佐との面談の約束を取り付けた。
親の愛情というものはかくあるものなのか、電話口に出た大佐は、予定を確認している様子もなく「今すぐにでも来て欲しい」と宣い、早速事情説明を始めた。盗聴を警戒する余裕もないようだ。
「すぐにそちらに向かいますので、詳しいことは後ほど」と話を遮り、漸く冷静さを取り戻す始末だった。
半ば強引に電話を切ると、明智は、今年4月に赴任してきたばかりの年下の女上司、
浮かない顔で物思いに耽っていた彼女は、不意討ちを食らい、おたおたしていたが、彼女が頼りないのはいつものことなので、気にせず皇国共済組合基金ビルを出発し、桐原大佐の待つ憲兵司令部を徒歩で目指した。
桐原大佐は、軍人らしい大柄で筋肉質な体格に、仁王のようないかつい顔立ちをしていたが、部下が執務室に案内してきた明智の姿を見るなり、縋り付く勢いで駆け寄ってきた。
無番地は新興組織であるからだけでなく、業務の性質上、陸軍内部でも知る人ぞ知る存在である。
そして、辛うじて認知している者の多くは、中野学校の二番煎じだの、得体の知れない変人の巣窟だの、悪口しか言わない。
諜報戦略に対する消極的な姿勢は、中野学校や無番地の諜報員が実際に功績をあげるようになってからも、陸軍内には根深く残っているのだ。
怪しげな組織に属する諜報員に、恥も外聞もなく頼ろうとする上官を、若い憲兵が冷ややかな目で見ているのを、明智は見逃さなかった。
いかにもインテリ然とした風貌の彼を、威風堂々とした外見の大佐があてにしている絵面は滑稽でもあったのだろう。
「明智君、君の活躍は横浜の隊長から聞いている。何でもやってくれるのだろう?」
そう大佐は切り出した。
横浜の隊長が事実をありのままを伝えなかったのか、桐原大佐が曲解しているのかは不明だが、無番地を便利屋と勘違いしているようだった。
苦笑したい欲求を抑え、明智は首肯した。
「何でもというのは些か語弊がありますが、今回の件につきましては、早期の犯人検挙もお嬢様の護衛も、必ずや大佐の望まれるとおりに対処いたします」
「そうか、それは頼もしい……。良かった。ああ、良かった……」
まだ具体的な打ち合わせは何もしていないのに、安堵のため息をつき、大佐は応接用ソファにへたり込んでしまった。
その後、2時間以上も二人は今後の警備計画を話し合った。30分もあれば十分だと目論んでいたのだが、大佐が何度も同じようなことを確認したり、念押ししてくるせいで、大分時間がかかってしまった。
結局、荷物を纏めたり、不在中の仕事の引き継ぎをするため、今日のところ、明智は一度無番地に帰り、明日の朝から桐原邸に桐原範子専用の運転手兼執事として潜入することで話し合いは決着した。
昼過ぎ、憲兵司令部の敷地を出るときには、明智は酷く気疲れしていた。
娘を持つ父親とは、皆あそこまで面倒な生き物なのだろうか?
男兄弟の中で育ち、現在に至るまでろくな恋愛経験もない彼には、想像してみても、よく分からなかった。
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