第9話王宮事件
オサム オサナイの返事
「 早速のご連絡ありがとうございます。今ナムストーンの存在を知るものは
5人。ドイツのキーツ カーンさん、カイロのナセル ベックハムさん、
イスタンブールのケムン アタチュルクさん、ネパールのレイ シッキムさん、
そして日本のオサム オサナイの5名です。
皆私も含めてこの数ヶ月以内に石に気づきました。心の状態に微妙に反応する
ということと、時々消えてしまうということとはすでに体験済みだと思います。
問題はこの先です。ナムストーンと唱えかけることによって石の色を変化
させることができる、このことは画期的な発見です。
どういう生命状態のときでも瞬時に勇気を勝ち得ることができる。
この数ヶ月このことにチャレンジしてみてください。
来年の8月ごろをめどに一度皆さんとお会いしたいと思っています。
不可解な面や不安は一杯あります。たとえば、何時この現象が消滅するか
ということや、他にもこの石が現れてくるのだろうかと言うようなことです。
今我々が確認できる諸現象はほんのまだ一部分かもしれませんので、
いろいろと解析や実験をしてみてください。石はどうも本人以外には見え
ないみたいなので、お会いしたときにもまた数々の実験をしてみましょう。
それでは友人のアドレスを紹介いたします。」
次の日レイからメールが入っていた。レイは宗教比較論が専門だ。それによると。
ナムストーンとは非常に意味のある言葉の内容と響きだそうだ。
ナムとは梵語で音訳すると南無、意訳すると帰命。命を帰する。
それに命を賭けて従うとでもいう意味だ。とすると、
ナムストーンとはその石に命をかける。その石は心と直接に
感応しているからつまり、素直な心に命をかける。すなわち、
素直な生命の法則に心を合致させようと努力する命の状態を
ナムストーンと発声するのだ。だから命の石が反応するのだそうだ。
失明しかかったとき思わず口をついて出た言葉がナムストーンだった。
あれは偶然ではなかったのかもしれない。ナムストーンと念じただけで
効果がある。声に出して一心に祈ればさらに絶大なる効果が全身にみなぎる。
ひょっとしたらこれは全人類を救う大革命になるのではないだろうか。
オサムオサナイは空を見上げてそう思うと思わず大きく身震いがした。
夏休みが終わって新学期が始まった。そして大事件が起きた。
カトマンズの王宮で皇太子が銃を乱射。王である父親と
母とを射殺してしまったのだ。
狂った王子は猟銃を持ったまま王宮の食事の間に立てこもった。
居間には両親の射殺死体が転がっている。その時人質になったのが
皇太子のおじ夫婦と幼い従姉妹3人とそこにレイも居合わせた。
王宮は非常事態となった。軍隊が入りもう一人の王族が指揮を執って
食堂を取り囲んだ。このことはテレビでも報道されて、
キーツもナセルもケムンもすぐさまオサムに連絡を入れた。
オサムももちろん知っていた。レイらしき人影が人質の中に
いるのも確認していた。電話もネットもつながらない。
指揮官が叫んでいる。
「お前の結婚は認めるから銃を置いて出て来い!」
何度もそう叫んでいる。
どうも結婚問題で両親ともめていたらしい。
次期王となるべきこの皇太子は数年前に日本に来たことがある。
恰幅のいい柔和でハンサムな青年だった。
親の決めた王族との結婚式が迫っていて、すでに子供までいる
平民との婚姻は認められなかったのだ。王族ゆえの
世代の葛藤が悲劇を生んだ。
現代でも不条理はどこにでも転がっている。
ついこの間、アラブの皇女が斬首された。ヨーロッパ留学中に
他宗教の青年と恋に落ちたからだ。そしてこの事件。
実はこのときレイは3人の従姉妹を両手でしっかりと包みおじ夫婦
の脇にいた。年老いたおじは顔面蒼白で口元がぴくぴくと震え続けている。
おばは目を閉じて天を仰いだままピクリとも動かない。
皆立ったまま流しを背にして大型冷蔵庫の隅に
6人身を寄せて息を止めている。
皇太子は入り口をテーブルでふさいで小さな窓枠越しに、
時々人質に目をやりながら外のスピーカーに耳を傾けている。
殺気立って落ち着かない。こう着状態が続く。
皇太子は銃口をこちらに向けたりあちらに向けたり。
手元はかなり震えている。レイはしっかりと石を握り締め
ナムストーンと心で強く念じ続けた。
その瞳はじっと皇太子の顔面を捉えて放さない。
オサムオサナイは、
「みんなで必死に祈ろう。レイを助けるんだ!」
とみんなにメールを送った。
王宮ではこう着状態が続く。狂った皇太子は絶対にレイと
視線をあわせようとしない。充分にその鋭いまなざしを
感じているはずなのに。
銃口を向けられた時の恐怖は経験したものでしか分からない。
レイはナムストーンをしっかりと握り締めて必死で念じながら
皇太子の瞳をうかがう。
視線が合ったときが最後の一瞬だと本能が感じ取っている。
そしてついに視線が合った。
4mほどの先で銃口を向けられ視線が合ってしまった。
実に悲しい瞳だ。あまりの悲しみのゆえにその瞳の奥は
黒さを通り越してぶきみに鈍く輝いていた。
『ナムストーン!』
心で叫んだその瞬間、皇太子は猟銃を床に落として
短銃をすばやく自分のこめかみにやるや、
引き金を引いていた。
猟銃を落とすのを確認して外間近に迫っていた突撃兵が
窓を蹴破って突入してきた。その瞬間、
「バーン!」
皇太子は即死。ふさがれた入り口が押し開けられて
たくさんの兵隊が入ってきた。指揮官のおじの顔も見える。
やっと解放されて従姉妹たちも家族と別室へ抱えられていった。
おじが大丈夫かとレイに声をかける。
レイはしっかりした口調で答えた。
「私は大丈夫です!」
悲しいほどに黒く澄んだ瞳の奥にピカッと光ったかに見えた、
あの光は何だったんだろう?部屋に戻るトレイはみんなにメールを送った。
その光のこともナムストーンと念じたことも。
特に最後のナムストーンにはものすごい気がこもっていたことを。
皆は感動した。ナムストーンの念力が通じたのかもしれない。
この事件でみんなはさらに確信を深めた。
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