第37話タリバン
帰国後ガウリはイスラム戦士の育成機関創設に尽力した。
しかし心は晴れなかった。カシミールは遠のくばかりだ。
国境の警備は強化されカルギルにはインド軍の前線司令部
が常設されて蟻のこ一匹は入れないほどになった。
ガウリは結婚もし二人の子供も設けたが、カシミールへの
望郷の念は日ごとにつのり育成訓練所での昼食後に必ず
屋上に上って東のカシミールの山脈を眺めて過ごした。
将軍は孤独であった。掌の石だけが彼の心を知っていた。
隊員たちは峻厳な将軍のこのような姿に神々しいまでの
畏敬の念を抱き始めた。
ガウリは連日数十名の戦士に戦闘訓練を施すとさらに
あのオマル教師を招いて徹底したイスラム原理主義を説
いていった。さらに13歳からの神学生を募り時間をかけて
イスラム戦士を育成していった。
それから2年後のある日ガウリは新築なった訓練所本部棟
の屋上でいつものように昼食後カシミール方向の山脈を眺
めながら右ポケットの中の小石を撫でていると、
突然すさまじいバイブレーションが起きた。
すぐに取り出して見つめて見ると青黒く不気味に輝き
小刻みに振動している。
「ナムストーン、ナムストーン!」
思わず口をついて出た。驚愕の目でじっと石を見つめながら
ナムストーンと唱え続けた。光は徐々におさまり再び
元の乳白色に戻った。全身汗だくだ。
幸い誰にも見られていない。大きく深呼吸をしてガウリは
何事もなかったかのように階下の教室へ降りて行った。
すぐさまオマル教師が駆け寄ってきた。いつもは冷静な教師が
血相を変えている。
「シャリフ参謀長のところへ大至急行ってください。
インドが先ほど地下核実験をやりました」
ガウリは軍の車で東部司令部へ急行した。
パキスタン東部司令官はあのシャリフである。
「ガウリ ムシャラフ君ついに宿敵インドが中国に対抗して
地下核実験を強行した。国連及び各国がもちろん我が国も
国を挙げて非難演説をするだろうがわれわれとは立場が違う。
われわれは秘密裏に核開発を開始せねばならぬ。
ムシャラフ君、君に特殊任務を指令する。直ちに
北京に赴きパキスタンの核開発の意志を伝え何としても
技術支援を勝ち取ってくれたまえ。中距離弾道ミサイル
の開発援助も忘れずに、以上!」
ーーーーーー
時は流れてそれから5年がたった。1979年春、
アフガニスタンの治安回復のためにとソ連軍が
アフガン北部から南下した。
アフガン戦争の始まりである。ガウリはこの時
陸軍東部方面軍の司令官であると同時に
イスラム戦士育成機関の最高責任者でもあり
さらに陸軍参謀長として極秘裏に核開発、
中距離弾道ミサイル開発の総責任者でもあった。
総参謀長はシャリフで次期首相を目指していた。
実戦部隊の隊長はオサマ。オマル教師はこの時
すでにアフガン東部に潜入して神学生を主体とした
イスラム原理戦闘集団タリバンを立ち上げようとしていた。
ソ連のアフガン侵攻とともにアメリカはパキスタンに接近した。
アメリカからの全面的な支援を得てイスラム戦士は続々と
アフガンへと送り込まれた。
この間にも核とミサイルの開発は着実に進み、カシミール峡谷
では両国のミサイル基地が一つまた一つと増築されていった。
泥沼のアフガン戦争もゴルバジョフの登場とともに1989年に
終結する。この時戦う場を失ったイスラム戦士の多くが
カシミールに潜入した。
インド領ジャムカシミールではイスラム過激派が徐々に
増え続け独立派と併合派とに分かれて一大勢力になっていた。
やがてシャリフ首相が誕生しガウリムシャラフは総参謀長に就任した。
アメリカが核開発に難色を示しあからさまに批判してきたが
ムシャラフは中国や北朝鮮から技術輸入して中距離弾道ミサイル
「ガウリ」の完成も間近であった。
ガウリとは12世紀にインドを征服したイスラム戦士の名だ。
パキスタン側に核とミサイルが配備されればあとはインド領
ジャムカシミールでのイスラム過激派の武装蜂起を待つだけだ。
20年前のバングラディッシュ独立の報復だ。カシミール独立支援
を名目にジャムカシミールを制圧する。核は両国とも使用できない
だろうから、とすれば両国のイスラム戦士が連携を密にして
さらにパキスタン国軍が援護すれば地上戦での優位停戦は可能だ。
カシミール奪還はもう時間の問題だった。
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