第36話ガウリ

ガウリは2台のトラックに食料を積んで山間部に向かった。

日暮れまでに村につかねばならない。数キロ手前の峠でもう日没間近だ。


この付近は山賊が出没する。まだ組織化されていないゲリラもいるが

武器が容易に手に入るため昼はおとなしい農民の一部が

夜は山賊に早変わりするのだ。


峠を下りかけたところで襲撃された。なだらかな山側の林の陰から

自動小銃で撃ってくる。谷川も林で10数メートルほど下が

小川になっている。


こちらは武装した部下が5人、直ちに飛び降りて応戦する。

ゲリラは10人ほどか。激しい銃撃が一瞬ぴたりと止んだ。

息を止めて1秒2秒。


「谷側へ逃げろ!」

ガウリは叫んで木陰へ飛び降り根元にうずくまった。

その瞬間、ドカーンという音と衝撃で前方のトラックの真下に

火柱が上がった。ロケット弾だ。


おそらくソ連製の対戦車ロケット砲、インド軍から奪った

携帯可能な最新式のものだ。予想外の反撃でそれもプロと

思われる銃撃で敵は貴重なロケット砲を持ち出したのだ。


食料を積んだトラックはもんどりうって木々をなぎ倒しながら

谷へと転がり落ちていった。両こぶしを強く握りしめて

頭を抱え込み木の根元に思いきりうずくまる。


すぐ脇の木々をなぎ倒してトラックは川に突っ込んだ。再び沈黙。

1秒2秒3秒。山側からサーチライトが点灯した。2台目の

トラックとその周りをなめるように光の輪が動く。


さらに周りの木立を一通り照らしたかとみると10数人の武装

ゲリラがトラックを取り囲みエンジンがかかるやみな素早く

飛び乗って闇の彼方へ消えていった。


星あかりに5人の死体が転がっている。峠のほうに戻った

ということは町の商人と山賊とは仲間なのか?それとも

誰かが通報したのか?ロケット砲がゲリラの手にということは?


等々極度の緊張の中でめまぐるしく頭は回転する。


音も収まり光の影も消えて再び静寂に戻った。


ガウリは大きく深呼吸をしてゆっくりと立ち上がる。


握りこぶしはしっかりと握りしめたままだ。



ふと見ると右手の中が光っている。


青白い輝きが握りこぶしから漏れ出ているではないか。



「なんだこれは?」



ガウリは恐る恐る握りこぶしを開いてみた。


汗にまみれた掌の中で奇妙な形をした


半透明の石が青白く輝いている。



まじまじと顔を近づけてじっと見つめていると


徐々に輝きは収まり普通の乳白色の


不透明な石になった。



「不思議な石だ・・・」



ガウリは右のポケットにそっとその石を忍ばせて


谷を上り村へと向かった。



ゲリラの統一戦線はまだまだ暗中模索だ。


そうこうしているうちに東パキスタンでは


インド軍が勝利しバングラディッシュとして


独立してしまった。



カシミールではインド軍の空爆が始まり


大峡谷を挟んで対峙したままで停戦してしまった。



1972年一応戦勝国となったインドに有利な協定が


結ばれてしまう。けっきょくイスラム過激派は


何もできずにガウリは大きな課題を抱えたまま


あの不思議な石を携えて帰国した。

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