第35話カシミール2

15才幼年兵のガウリは級友たちと

狂おしいまでに心が高ぶった。何時の

日か必ずカシミールの地を取り返すのだと。


それから3年、その戦いの日は来た。

1965年5月、第二次印パ戦争が始まったのだ。


18才のガウリは見習士官として東部戦線の

後方補給基地の任務に着いた。だがしかし戦闘

らしい戦闘はまったくなくすぐに戦争は終結した。


最前線はインド軍とパキスタン軍が一進一退を

繰り返していたが、パキスタン軍が攻勢を

仕掛けたところで停戦となった。


ソ連を中心とした国連決議が可決されたのだ。

開戦前の実効支配ラインまで撤退し、

両軍は兵を引き上げた。


ガウリは実戦に参加できなかった悔しさと、

カシミールわが故郷カルギルの町を

奪還どころか見渡すこともできなかった。

そのもどかしさだけが心に残った。


今は耐えるしかない。じっと時が来るまで

身体と精神を鍛えに鍛える時だ。ラマダンを

控えガウリは真摯に神に祈った。


1971年12月、東パキスタンで暴動が起こった。

インドが以前から独立派を支援しているという情報が入っていて、

パキスタン軍部は秘密裏に独立派幹部の動きを探索していた矢先だった。


すぐにパキスタン軍が暴動の鎮圧祈りだしたが動乱は市民を巻き込んで

独立運動へと拡大しついにインド正規軍が独立運動支援を掲げて

東パキスタンに侵攻し第三次印パ戦争が始まった。


このときガウリは24才の精悍な情報将校に成長していた。

『カルギルに入りインド内部より敵をかく乱せよ』

雌伏24年、故郷奪還の特命を秘めてついにガウリは故郷カルギルに潜入した。


旧市街のほぼ中央、イスラム商館の一室、10畳ほどの部屋に

大きな絨毯が敷いてあって壁下に沿って長い枕のようなソファー。

暗がりの中で4人の男がアラーに祈りを捧げている。


祈り終えると4人は横長に寝そべって頭を中央に寄せて話し始めた。

チャイとハッシシが運ばれてくる。口ひげ頬髯をはやした4人の真剣な

まなざし。中央がイスラム教師オマル青年、ガウリより年上で威厳がある。


右隣がイスラム過激派のリーダー、ウサマ青年。サウジアラビアの豪族の出身で

カシミール藩王国とは昔から縁の深い独立運動家である。


左隣がシャリフ青年、同じくイスラム過激派のリーダーで、パキスタン陸軍の

秘密機関に属していてガウリの先輩に当たる。カシミールの

パキスタンへの併合を目指している。


ガウリはオマル教師を介してまだできたばかりのイスラム過激派と連絡を取り

支援せよとの密命を帯びて潜入してきたのだ。


東パキスタンにインド軍が侵攻したというニュースを

ガウリは昨日カルギルの酒場で聞いた。カシミールでも戦闘が始まる。

正規軍の勢力はほぼ互角で山岳部はゲリラ戦だ。


そこで勝敗の鍵を握るのがジャムカシミールのイスラム過激派

ということになる。正規軍はすぐには動けないから

パキスタン国内のイスラム過激派と連携して突破口を開かなければならない。


まだ勢力は微々たるものだが必ずその日は来る。

今は意見の分かれている両派を団結させることが第一だ。


この時パキスタン領内に強力なイスラム戦士育成機関を

創設することと武器弾薬等全面支援が確約された。


初めての過激派との会談終了後みんながイスラム商人の

館をそっと忍び出たところで砲撃が始まった。


インド軍からの砲撃だ。東パキスタンにインド軍が侵攻すると

同時にパキスタン軍が停戦ラインを越えて南下してきたのだ。


町から国境南の峡谷付近までは10数キロ離れてはいるが

空気を切り裂く砲撃の音はよく聞こえる。


ラジオはがなり立てている。町の周囲には強力なインド軍が

守備を固めていて北方の大峡谷を挟んで両軍は

対峙したまま動きが取れなくなるはずだ。


この峡谷を超えることは両軍にとって至難の業なので

町の人々は少しも慌てはしない。停戦ラインはその峡谷の

さらに北部の稜線に沿って地図上に規定されている。


砲撃は数日続き時折偵察機が来るくらいでそのうち

停戦になるはずだ、人々は皆そう思っている。

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