第38話危機1

1997年秋、シャリフとムシャラフは軍総司令部で


二人きりで会談した。来春のインドの総選挙で右派が


勝利しそうだという情報が各地から頻繁に届くようになったからだ。



年ごとにイスラム過激派のテロが多発し民族主義


ヒンディ至上主義派の台頭が著しい。これは予想できたことだが


いよいよ決戦の時を迎えつつあることは実感できた。



もし右派が圧勝して政権を取ったならば、その時中距離弾道


ミサイル実験を強行する。それによって新政権の出方が


わかるから和解も有利に導いていける。



そうでなければ核保有を天下に知らしめるのみだ。年明けとともに


25のミサイル基地が完全臨戦態勢に入った。



ガウリは右ポケットの不思議な石が小刻みに震え鈍く輝いている


ことを数日前から知っていた。ナムストーンとかって不意に口を


ついて出た言葉で祈ってみても輝きは収まらなかった。



その春ついにインドで政変が起きた。インド独立以来の


国民会議派がヒンデゥー至上主義の右派政党インド人民党に


とってかわられたのだ。



パキスタンは中距離弾道ミサイルの発射実験を強行する。


インドは直ちに反応した。24年間凍結していた地下核実験を


世界の非難をはねのけて強行したのだ。



ついにパキスタンも対抗して初の地下核実験を強行し


核保有があからさまになった。極度の緊張がカシミールに走る。


あの時シャリフの指示を得てムシャラフが中距離ミサイル発射の

ボタンを押した。ポケットの石は輝きを増し小刻みに震え続けたが無視した。


実験は成功した。地下核実験の時はムシャラフはためらった。

石のバイブレーションがすさまじく青黒い輝きも極限に達していた。


脂汗をかきながら数十秒の間をおいてムシャラフはボタンを押した。

数キロも離れているのに大地の底から不気味な激震が襲う。

地球の悲鳴のような低音振動が響く。


激しい横揺れ。ポケットの石と波長が同じみたいだ。石は激しく振動し

青黒く不気味に光り輝いたかと思うと閃光を放って黒い塊になった。


ムシャラフはその後数日間は右足を引きずりながら身も心もひどく疲労困憊

していた。実験は成功したが気は重く毎夜ナムストーンを祈り続けた。もう

核のボタンは押すまい、この時ムシャラフは心の底からナムストーンに誓った。


1999年2月インドのバジパイ首相がパキスタンを訪問してシャリフ首相

と会談をした。とにかく全面戦争だけは避けなければならない。両国首相は

カシミールの緊張緩和を目指してラホール宣言を発表した。


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