第13話大洪水1

そしてさらに数ヶ月が過ぎた。

中部ヨーロッパ、ザールからシュバルツバルトにかけて

大雨が降り続いた。


酸性雨のために美しかったもみの木の森シュバルツバルト

の頂上付近はすっかり禿山になっている。


大雨は少しずつ東に移動しながら中部ヨーロッパに

長期間居座った。雪解け水とも重なって、


ラインの増水は日ごとに危険水域に近づいた。

雨は一向に止もうとはしない。ついにスイス国境付近

の雪解け水が一挙にボーデン湖をあふれさせた。


温泉で有名なバーデンバーデンが増水と大きながけ崩れで

町の大半が埋もれてしまった。


増水は各地で危険水域を突破しドイツ政府は国家非常事態宣言を発令、

軍隊が出動し始めた。このころ


キーツカーンは学会の研究論文発表のため5月のはじめから

デュッセルドルフに住みケルンの大学とを毎日往復していた。


長雨が続く異常な増水でデュッセルドルフの大きくラインが膨らんだ

広い河岸が、いつもは市民のいこいの広場なのだが、


もうすっかり水没していて樹木だけが濁流の中に林立している。

今までに見たことのない光景だ。


キーツカーンは静寂の中に忍び寄る大恐怖を感じた。

「おお!ナムストーン!」


ケルンの大聖堂の裏手にすぐライン川が流れている。

そこも危険水域を越えて橋げたに隙間がわずかで激流が渦巻いている。


アウトバーンはまだ走れるから住民はこぞって移動を始めた。

全ヨーロッパに非常事態が宣言されそうだ。


フランス国軍が独仏国境を越えてドイツ国軍に合流した。

大量の土嚢を運び独軍に手渡し、道路を避難民のために誘導し、


橋を補強しがけ崩れを阻止し灯火や照明を配備して、

延々と続く車の列をフランス国内の安全地域へと誘導する。

いまやEU,NATOの旗の下に全ヨーロッパはひとつなのだ。


キーツカーンは学会の中止を確認すると車で直ちにゲッチンゲン

へ向かった。実家のほうはまだ安全みたいだ。


アウトバーンは渋滞が始まっている。キーツは一般道を

ライン川沿いにフランクフルトへ南下した。


危険区域なのでかえって車は少ない。軍隊があちこちで

土嚢を積んでいて軍の車と頻繁にすれ違う。


カーラジオがラインの支流が決壊してハイデルベルグの町が

水浸しになっていると叫んでいる。バーデンバーデンの

行方不明者は15人とも言っている。


避難勧告が避難命令に変わった。マインツ、コブレンツに

避難命令が出た。つづいてマンハイム、ボン。まもなく

ケルン、デュッセルドルフそしてオランダ全域。


キーツカーンはローレライにさしかかった。

ライン川をはさんで切り立った崖が迫っている。


川幅200メートルはない。がけ下に道路が走っていて

ほとんど橋がない。民家が時折数軒立ってる程度だ。


昔の戦争映画で両岸を戦車が走り唯一の橋を取り合う

場面そのままだ。絶壁のがけ上には古城が見える。


ローレライ付近は急流地形の危険地帯だ。唯一の橋の

橋げたははもう見えず濁流が橋の上を流れ始めていた。


土嚢を越えてかなり急なカーブの河岸道路を濁流が舞う。

これはほんとに危険だ。軍隊の車も見かけなくなった。

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