第8話レイシッキム

レイ シッキム


レイはネパール王家の親族だ。生活はなに不自由なく王宮の一室で

インターネットばかりやっている。


他の兄弟や従兄弟たちは主に米国やヨーロッパに留学していたが、

レイはカトマンズに残った。母がお前だけは傍にいてほしいと言うし、


祖母も誰かがいないと寂しそうだ。いつもレイにまとわりついてくる。

別に急ぐ必要もないし、そのうち誰かが帰ってきたら、


ゆっくりと世界一周でもしようと思っている。今年18歳になったばかりで、

ひとまずネパール大学の文学部宗教哲学科に籍を置いた。


その日も祖母がかまいにやってきた。散歩と称して孫娘と街中に

買い物に行く時間なのだ。王宮から中央寺院、バザールを回って、


頼んでおいたシルバーのブレスレットとシルクのテーブルクロスを

取りに行くのだ。レイは格式ある専門店よりは中央寺院の路上の一角、


手作りのアクセサリーを売っている若者たちの広場が大好きだ。

数百軒の路上店舗がびっしりと並んで小物アクセサリーを売っている。

実に多種多様でとても面白い。


夜明け前から一つ一つ丁寧に並べていく。

祈りをこめて並べているのだろうか。

ひとつひとつが彼らのオリジナル作品である。


並べ終わったあとは作りかけのブレスやネックレスに

磨きをかけている。ほとんどがシルバーだ。


ネパールにもカースト制度が根強く残っていて、

専門店は大昔からの伝統を正確に継承し、


格調高い緻密な工芸品群作っている。

しかし若者には興味の湧かない代物ばかりだ。


祖母はここでしか注文をしない。デザインは

孫娘の好みに合わせようとするから、

中央寺院の路上で売ってる好みのデザインになる。


路上の若者たちはカーストの職制の中ではあっても、

常に斬新なデザインを次々と発表している。レイは、


「ニューヨークあたりで売れば売れるだろうな」

と思いつつ、祖母の目を盗んで路上のアクセサリーを

少しずつ買い集めているのだ。


祖母は近寄ってよく見ようともしない。

カーストは交わるべきでないと、

いつも横を向いて辛抱強く孫娘と付き合っている。


レイはその日もしゃがみこんで一番奥の一角、指輪とブレスレットが

とても美しい無口な若者の指輪に見入っていた。その時である。


「あらっ?」

スカートの右側のポケットに石が入っている。


取り出して手のひらのうえで開けてみる。

なんとも奇妙な水色の半透明な小石だ。


「これ、あなたの?」

と若者の目の前にしゃがみこんで指輪に鑢やすり

をかけている無口な若者に見せた。


若者はレイをじっと見つめて静かに首を横に振った。

そのまままた作業を続けている。


『見えないのかなこの石。じゃあもらっとく』

レイはそのまま石をしまい立ち上がった。

待ちくたびれた祖母が近づいてきて足早に王宮へと帰る。


部屋に戻るとレイは石をつまみ出してよく眺めた。

うすい萌黄色だ。とてもうれしいと思った瞬間、

薄いピンク色に変わった。


形も奇妙などんぐり形だ。見とれていたらトントンと

ノックの音がしてドキッとすると石の色は一瞬青に変わった。


『あらほんとに不思議な石だこと』

と思いつつ大急ぎで石をポケットに戻すと大きな声で、

「はいっ!」と返事をした。



夕食の時間だ。兄と姉は今留学で海外にいる。

父は議会に出ているので、半身不随の祖父と


元気な祖母。病気がちであまり外には

出たがらない母との4人での食事である。


レイは石のことが気になってボーっとしながら食べている。

右ポケットには確かに石が存在している。

早く部屋に戻りたいと思ったそのときに祖母が、


「今日買った腕輪はどうしたの?」

専門店であつらえてもらった高級品のことだ。


「とても素敵なのでお部屋に飾ってあるわ」

レイがそういうと祖母は

「あ、そう」

といって兄さんたちの便りの話になった。


今がチャンス。

「ごちそうさま。歩き疲れたから部屋で休むわ」

と言って部屋に駆け上がった。


なんて不思議な石だろう私の気持ちのとおりに反応する。

レイはそっと石をシルクのハンカチの上において語りかけた。


「石さん石さん、どこから来たの?」

石は薄い黄緑色のままだ。


「ねえ教えて、あなたのことが知りたいの」

石の色が水色に変化し始めた。

そのままレイは眠り込んでしまった。


石は青から緑、黄色と変化して乳白色で落ち着いた、

かと思うと急にピンクになった。レイは夢を見ているのだ。


にこっと微笑みながらお母さんが元気だったころの

ハイキングの夢を見ていたのだ。夕立が来て皆大慌て


石の色もめまぐるしく変わってまた乳白色に戻って落ち着いた。

「まあ、きれいな色になってる」


目が覚めてそう思った瞬間、石はピンク色に輝いた。

「わかったわ。私の心が幸せを感じたらピンクに輝くのね」


その日から自分の心の色が大体分かるようになった。

時々手にしてみると寸分違わずその色になっている。


そうしたある日、

「アンビリーバブルストーン、ドンチュウウノウ?」


ツイッターに日本の学生からだ。じっくりと読んでみて驚いた。

ナムストーン?私の石と同じだ。心のバロメーターというのも確認済みだ。


彼はナムストーンと呼びかけることによって石の色がコントロール

できると言っている。さっそく試してみた。


「ナムストーン、ナムストーン。私に勇気と元気をください。

ナムストーン、ナムストーン、ナムストーン、ナムストーン」


石がピンクに輝きだした。体中にエネルギーが満ちてくる。

本物だぞナムストーン。レイはオサムオサナイにメールを送った。

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