第10話自爆テロ
それから2ヵ月後のカイロ。グランバザール入り口付近の大通りに
いつものようにナセルは車を止めようとした。
前方にバスが故障で止まっている。乗客はほぼ満員。
運転手と誰かが言い争いになった。するとその時、
甲高い声を上げて背中に何かをしょった男の子が走りこんできた。
「どっかーん!」大音響が起こる。
舞い上がる白煙と風圧。瓦礫と人の体がフロントガラスにぶつかる。
ナセルはまさにドアを開けようとした瞬間だった。
座席に伏して石を握り締めナムストーンと叫び続ける。
幸いなことにフロントガラスは割れていない。
砂埃の中に逃げ惑う人々。阿鼻叫喚とはこのことだ。
慎重にドアを開けてナセルは外に出た。
黒煙を上げて燃えるバス。逃げようとする人と
助けようとする人とがぶつかり合う。
消火器の泡があちこちから上がりやっと炎は消えた。
くすぶる白煙とすごい悪臭。砂埃の中に叫びうめき
うごめくけが人たち。
地獄だ!テロだ、無差別自爆テロだ!
しかも子供が爆弾を背負って突入してきた。
これほどの悲劇はない!
誤まれる思想や宗教は人類を破滅させる。
何とかならないものか?
ナムストーンと念じながらナセルは煙に
くすぶるバスの車内に入った。
かなりの人数が折り重なって倒れている。
何人か外の男たちを呼び込んだ。
手前から一人ずつ担ぎ出す。虫の息だ。
遠くでサイレンの音が聞こえる。
入り口付近のドアと窓とは大きく破損している。
数人の死体を避けて次々と負傷者を担ぎ出した。
車内は煙にむせて息ができない。
ようやく救急車と消防車が到着した。
マスコミも押しかけてきた。
ナセルは車に戻り運転席で大きく深呼吸をした。
警察が犯人の目撃者はいないかとあちこち声をかけている。
警察がナセルの車の扉を開けた。同時にフラッシュがたかれた。
「犯人を目撃されませんでしたか?」
「ああ、目撃した。子供が叫びながら背中に何かしょって突っ込んできた」
「詳しくお話を聞かせてください。お疲れでしょうが協力お願いします」
ナセルは起き上がって車から出た。
たくさんのフラッシュがたかれる。
群衆がナセル、ナセルと叫んでいる。
ナセルが負傷者を助け出したとか、
炎の中をバスに乗り込んで担ぎ出したとか言っている。
こうしてカイロのテロ事件は大きく世界に報道された。
オサムオサナイは今回今までにない胸騒ぎを感じた。
石の色もグレイのままだ。ナムストーンと祈っても一向に明るくならない。
夜である。机に座りなおして石を置き一心に祈る。
テレビはつけたまま、いつもは消しているのに。
その画面に臨時ニュースのテロップが流れた。
エジプトカイロで自爆テロ5名死亡負傷者多数、詳細不明と出た。
12時のニュースでは映像が流れた。
「子供が叫びながら何かを背負って突っ込んできた」
あれっ?証言しているのはあのナセルベックハムではないか?
群衆はナセルナセルと叫んでいる。このことか?
皆からメールが入ってきた。間違いないナセルだ。
ナセルから後日みんなへの報告。
「間一髪で助かりました。ナムストーンと唱えながら慎重に行動したところ。
当局の取調べもマスコミもいつの間にか英雄扱いになってました。
みんな応援ありがとう。ナムストーンには人智を超えた不思議な力があります」
それから数ヵ月メンバーは勉学にいそしみ正月も過ぎて、
この夏にでもみんなで一度会いませんかと言う話になってきた。
学年末の夏休み8月ごろがいいのでは。
そうした1年中で一番寒い底冷えのする夜に
オサムはまたあの胸騒ぎを感じた。
ナムストーンと祈るが石は一向に明るくならない。
ふと眠り込んでしまってザーッと言うテレビの音に目が覚めた。
時計を見ると午前5時を回ったところだ。
テレビを消してしばらくすると突然下から突き上げる
ドドーンと言う衝撃、テレビもスタンドもすべてが
体ごと飛び上がった。
とまもなく大きな横揺れ、台所でガシャーンという音。父が、
「じっとしとれ。四つんばいになってじっとしとれ!」
と叫んでいる。
妹とは母キャーキャー叫んでいるだけだ。
オサムはパソコンを両手で抱きかかえて揺れが収まるのを待った。
『ナムストーン!これ以上激しくならないでくれ!たのむ!』
横揺れが収まって母が玄関のドアを開けた。ここは7階相当ゆれた。
「大丈夫かー?またくるぞー!」
誰かが叫んでいる。
すぐに余震の横揺れがきた。やっと収まって他の部屋を見てまわる。
居間のテレビは台から落ちて台所の食器棚は斜めになって食器は粉々。
妹の部屋は本棚が倒れて本が散乱している。
とにかく皆無事だ。母は友人の部屋を数軒訪ねて帰ってきた。
8階建てのマンションは中層より7,8階が激しく揺れてけが人も出た。
隣の棟では上水槽が壊れて水浸しになり
こちらの棟ではエレベーターとの間に1mもの隙間が開いた。
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