学校日和~包囲封鎖下での中学生活~
きたひろ
プロローグ
●17日目深夜『制圧』
夜。微かな月夜の明かりだけが廊下を照らしている。それを頼りに全身真っ黒ずくめの人間達が第二校舎二階の廊下を息を殺して進んでいく。簡易的なゴーグルに野球部が使っていた紺色のヘルメット、体育用のジャージを黒く染め上げたその一団は暗闇に溶け込んでいた。
彼らが向かうのは校舎の角だ。理科の授業で使う部屋の備品置き場になっていた小さな部屋がある。
その前には見張り番をしている一人の男子生徒がいるが、近づいている集団に全く気がついていない。微かに聞こえるはずの足音や服のこすれる音なども彼の耳に届いていないようだった。その理由は微かに廊下に広がるシャカシャカという耳障りな音だ。
黒ずくめの一人――生徒会治安担当の一人はそばにいたリーダーである
「情報通り、見張りはイヤホンをつけて音楽を聴いています」
「薄暗くてこの距離だとはっきりは見えないけど……確かなんだよね?」
「夜目は利く方なんで」
八幡は相変わらず気がついていない見張り番に向けて手を二回ほど振る。指示を受けた治安担当の一人はそのままゆっくりと見張り番に近づいていった。
さらに八幡は残りの治安担当チームに両腕で首を絞めるポーズ――見張り番を取り押さえる指示を出すとじりじりと動き始める。
先行していた一人の治安担当が背後から見張り番の肩を叩く。彼は短い悲鳴を上げて後退りし、すぐさま角部屋にいる仲間に異変を知らせようとした。
「――動かないで」
しかし、背後に回り込んでいた八幡が口を押さえ、さらに身動きできないように羽交い締めにした。反射的に見張り番は抵抗して逃れようとするが、すぐにおとなしくなる。首元に大型のサバイバルナイフが突きつけられて冷たい刃の感触が肌を伝わったからだ。
「抵抗しなければこれ以上の危害は加えないよ」
口調は柔らかいが、明らかに殺意の籠もった八幡の口調。それに最初こそ驚いて身を震わせる男子生徒だったが、程なくして少し不敵な面構えに変わる。
この八幡という男子は野球部の主将を務めていて正義感が強く人望が厚いが、あくまでも標準的な範囲の男子中学生である。そのことはナイフを突きつけられている男子生徒もわかっていた。『外』をうろついている『変質者』たちと違い、ごく普通の人間を殺すなんてできない。そんなことただの中学生にできるわけが――
「僕が奴ら――あの忌々しい変質者の首をどれだけ掻っ切ってきたか知ってるかな。人間の首は意外と固いんだよね。上手く刺して引かないと十分に切り裂けない。最初はその感触に抵抗感があったけど今では慣れっこだよ。その僕から言わせてもらうと、変質者たちは見た目が汚いだけで人間と同じ。だから奴らの喉元を掻っ切るのも、君にそれと同じ事をするのも同じ」
「…………」
見張りの男子生徒の身体が再び緊張で強張るのを八幡は感じ取り、更に追い打ちをかける。
「君たちのやっていることは生徒会長の命令に背く重大は違反行為だ。それはこの学校内の治安を著しく乱す。変質者同様に排除しなければならない存在なんだよ。だから――なんのためらいもなくできる」
冷たく心臓に突き刺さる痛みを感じる口調だった。男子生徒は直感ですぐに理解する。こいつは本気だ。いつでも自分を殺せる。
男子生徒は半泣き状態でひたすら首を縦に振り続けて無抵抗をアピールした。これに八幡は満足したのは少し微笑むと、
「ありがとう。助かるよ。と言ってもこの先の処遇は生徒会長次第だけどね」
抵抗の意志なしと八幡が手を上げて合図を送ると、治安担当チームは慣れた手つきで見張り番に猿ぐつわとプラスチック製の拘束具で両手を封じる。そして、目標であった教室の入り口の両脇に立った。
中からバカ騒ぎする男子生徒達の笑い声が聞こえてくるのを確認すると、八幡は手を振る。その合図とともに二人の治安担当が扉を破るために用意した大きな鉄製の筒を入り口にぶつける。
深夜の静まりかえった校舎に大きな破壊音が響き、引き戸が破壊されて教室内に倒れ込んだ。中にいた『不良生徒達』は突然のことにパニックになり叫び声を上げるが、続けて教室内に治安担当が消火器を噴射し、狭い部屋の中を一気に白い煙が充満するにつれ、咳き込む声に変わっていった。
まるでバルサンに焚かれた害虫のように不良達は悲鳴を上げて次々と部屋から逃げ出してくる。治安担当チームたちはそれを訓練通り手際よく全て取り押さえ、すぐさま見張り役と同じように拘束していった。
四名確保、と治安担当員の一人が声を上げると、リーダーの八幡は頷いた。
「作戦終了。あとはお願い、生徒会長」
そう近くの階段の方へ言葉を投げた。気がつけば、一連の騒ぎに教室で就寝中だった生徒達が何事かと顔を覗かせ始めている。
ほどなくすると、暗闇だった廊下に一つの光源が生まれた。それは近くの階段からゆっくりと複数の足音とともに捕り物現場に近づいてくる。それを聞いた不良生徒の一人は必死に逃れよう身体をひねるが、すぐさま治安担当数人に廊下の床に押しつけられる。
やがて階段から三人の生徒が現れた。先頭を歩く女子生徒に、その背後にピタリとついてくる男子生徒二人。
男子生徒の一人は平均をはるかに超える長身で、ぼさぼさな髪の毛とだらしない学生服の着こなし方から近寄りがたい空気を放つ。
生徒会長補佐官、
もう一人の男子生徒は梶原とほぼ同じぐらいの背丈だが、身なりは校則ぎりぎりの長さの茶髪と、きっちりとした制服の着こなしが優等生の空気を漂わせる。さらにきりっと整った顔立ちからファッション誌の表紙を飾っていそうな美青年だ。
生徒会長補佐官、
そして、先頭を歩く女子生徒。肩に掛かるぐらいの少しクセのある黒髪、スカートも校則に乗っ取った長さだが、上着だけは袖に腕を通さず、マントのように肩の上から掛けている。ドラマなどでヤクザがたまにやっている格好だ。
その三人がゆっくりと拘束された不良生徒達に近づいてきた。それに合わせるように八幡たちは不良生徒達四人を並ばせ跪かせる。
生徒会長である黒片沙希は、威圧的な視線で不良生徒達を見下ろすように彼らの前に立った。
「わかっているだろうけど、あんたたちのしたことは食料の略奪・就寝時間無視などの校内での不良行為。両方とも明確な違反で重罪よ。厳罰を覚悟しておきなさい」
威圧的に言う沙希に、不良生徒の一人が猛烈に抗議の声を上げようとするが、猿ぐつわのためにただうなるだけだった。それを見ながら顎に手を当てて、
「とりあえず罰としてあの変質者がうろついているフェンス前で穴掘りでもしてもらいましょうか。その穴は殺した変質者の墓穴だけど」
不良生徒のほとんどは恐怖に怯えた顔になる。当然だ。あの人を食らう連中のそばになんて行きたくないんだから。しかしそれでもこの不良生徒たちのリーダーらしき男子はまだ沙希を睨みつけて唸り声を上げている。どうやらどうしても言いたいことがあるらしい。
沙希は背後に視線をやり、他の生徒達がこの様子をうかがっていることを確認すると、その不良生徒の猿ぐつわをほどくように指示を出した。見せしめにちょうどいい。
「ふざけんなよっ! 食い物のやりとりなんて誰でもやっていることだろ!? なんで俺たちだけ取り締まるんだよっ!」
「とっくに告知したはずよ。配給した食糧の譲渡は絶対禁止。違反が発覚した場合、それにどう対処するのかはの最終的な判断は生徒会長のあたしがやるってね」
「全員ちゃんと取り締まれよ! 不公平だろ!」
「もう一度言うわよ。最終的に取り締まるかどうかの判断はあたしが下す。あんたたちは校則に背いて食料の譲渡を――まあ正確には脅迫による略奪だけど――をやっていた。そして、それの報告を受けたあたしが取り締まるべきだと考えた。それだけのこと」
「ふざけんな! 自分が法律とでも言う気かよ!」
激高した不良生徒が拘束されたまま無理やり沙希の方へ飛びかかってきた。頭突きでもかまそうというのか、強いステップで彼女に体当たりを仕掛ける。
「梶原!」
手慣れた命令が飛ぶ。直後、生徒会長補佐官である梶原冬弥が、その不良生徒の顔面に痛烈な回し蹴りを食らわせた。不安定な体勢だったため、いとも簡単に飛ばされ壁に激突する。
この行為に遠くで見ていた野次馬生徒達の中で小さな悲鳴が上がる。
痛烈な一撃と壁に激突した痛みで床にうずくまり悶える男子生徒を見て、沙希は抵抗できなくなったのを確認すると不良生徒にしゃがんで顔を近づけ、
「あたしが法律? 違う。その垢の溜った耳をかっぽじってよく聞け」
そして言い放つ。
「あたしはこの学校そのものよ」
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