●22日目 02 昼『必要なのは分析ではなく行動』
「このまま黙って奴らが好き勝ってやるのを見逃せってか!?」
「見逃すって訳じゃない。ただ真正面から戦っても勝ち目がある相手じゃない」
生徒会室では沙希と治安担当チームの副指揮官である杉内との口論が続いていた。
負傷した治安担当チームが帰還して三十分あまりが経過したが、沙希は有効な一手を打てないでいた。
元々激情的な杉内だったが、仲間の一人が殺されて相当頭に来ているようで、
「いいか!? このままじゃ食料を全部持って行かれて、俺たちが必死でやってきたことが全部パアになるんだぞ! それでもいいのかよ!」
「良い訳ない。だけど安易な行動も出来ない」
沙希は冷静に対応していたが、梶原は怒りの臨界点突破寸前だった。怒っているのは略奪者に対してではなく沙希に食ってかかっている杉内にだが。何とか目で諭してキレないように押さえ込んでいる。
しかし、沙希に肩入れしているのは彼と傍観者を決め込んでいる光沢ぐらいで、生徒会室やその周囲に集まっている治安担当の生徒たちはほとんど杉内の言い分に納得していた。
杉内の主張はこうだ。即座に反撃して、略奪者たち――他人のことは言えたものではないが――を一時的に追い出す。その隙に出来るだけ多くの食料を学校に運ぶというものだ。
だが、この作戦はとても了承できるものじゃない。相手の人数は多く武装も充実している。だがそれ以上に重要なのは、『変質者ではない正常な人間』を簡単に殺害できる連中ということだ。彼らが外見からでもわかる子供を容赦なく殺していることがそれを証明している。
仮に奇跡的に追い出すことが出来たとしても、食料を学校に持ち去れば連中の次のターゲットはどこか? 当然この学校だ。凶悪な連中が物資を求めて襲いかかり全面戦争に突入するだろう。
沙希は杉内に押し切られないようにらみ返す。
「前にも言ったけどこの周辺には変質者しかいない」
「だったら噂に聞いていた別の避難所の連中だろ? そいつらが食料を奪いに来たんだろ!」
「あたしも最初はそう思った。でも、どうしても別の変質者が無視している件が気になる。あいつらは本当に変質者ではないのかって」
「……どういう意味だよ」
ここからは即興で今までぼんやりと考えていた仮説を組み上げる。
「冷静に聞きなさい。まず第一にスーパーにやってきた連中は一切の言葉もかけずにいきなり攻撃を仕掛けてきた。これは普通に考えてもおかしい。声の一つぐらいあげてもいいはず」
この件は負傷して戻ってきた治安担当にも確認している。
「第二に変質者たちには能力差があること。以前に学校に侵入してきた連中は明らかにチームを組んでネットを破って侵入してきた。しかも、そのうち一人はこっちの様子をうかがってチャンスを狙っていた節まである。つまりまともに考える能力があるやつもいる」
理瀬を殺した変質者はダンボールを積み上げてフェンスを超え、道具を使ってネットに穴を開け、開けっ放しになっていた勝手口から侵入し、校舎二階のどこかに隠れてこっちの様子をうかがっていた。ふらふらうろついている変質者たちとは訳が違う。
「第三に変質者は餓死している様子がない。人の形をしている以上、カロリーを摂取しなければそのうち死ぬわ。でもあいつらは死んでないのよ。つまり普通の食料も食べているはず」
変質者は人を襲い食う。だが、沙希たちがこの学校に立てこもって以来、まともに食えた人間なんていないだろう。となれば別の食料を口にしているはずだ。
「第四に変質者は変質者を襲わない。共食いはしないのよ」
今回の件で最も気になったのはここだ。スーパーで物資をあさっている連中は変質者に襲われていない。
ここまで言って脳みそが筋肉でできているようなタイプの杉内でも理解できたのか、
「……つまりあそこにいる連中も変質者だってことか? 頭のいい奴らが武器を持って食い物をあさりにやってきたって?」
「その可能性がかんがえられるってことよ」
だが愚直すぎる杉内は聞く耳を持とうとしない。
「別にどうでもいいだろそんなこと! 変質者だろうが生存者だろうが、俺達の仲間を殺して食い物を奪おうとしているんだ! だったらやるしかないだろ!」
「落ち着きなさいって。報告を聞く限りだと大型のワゴン車二台で来ている。それだけの運搬量じゃとても食料全部をもっていけっこないわ。だから今は様子を見て、連中が一旦去った後でもう一度――」
「それは無理だよ」
そこに現れたのはさっきまで屋上で周囲の様子を探っていた八幡だった。手にはデジカメが握られている。
「さっき大型のトレーラーが二台市道を走ってくるのが見えた。今あそこにいるのは食料があるかどうか確認しに来た先遣隊だよ。もうすぐ本隊が合流して根こそぎ食料を全部持っていくつもりじゃないかな」
沙希は手渡されたデジカメの画像を確認する。確かにそこには引越しで見かける巨大なトラックの姿が捉えられていた。
これで沙希の一旦様子見という案も完全に崩壊してしまった。さらに沙希の考えが揺らぐ。いくら頭のいい変質者がいたとしてもここまで可能なのか? 襲ってきた連中の正体がつかめない。
「ほら見ろ。このままじゃ俺たち終わりだぞ!」
さらに攻勢に出る杉内にそうだそうだと治安担当チームから同意の声が響いた。沙希は堪らず八幡の方を向いて、
「責任者としてのあんたの意見はどうなのよ」
その問いに八幡はしばらく生徒会室の壁に寄りかかって腕を組み俯いたままだったが、
「生徒会長の指示に従うよ。ただし何もしないっていう選択以外ならね。ここで手をこまねいているだけなら、県外の人たちと大差ない。今必要で求められているのは分析ではなく行動だよ」
口調こそ冷静だったが、その目は怒りに満ちていた。喚くだけの杉内と違い、物静かだがそれだけでも人が殺せそうなプレッシャーにそれ以上話を振れなくなってしまう。
八幡の言うとおりだ。連中が変質者だろうがなんだろうが、この状況を打破するには行動するしか無い。
杉内は追い打ちをかけ始め、
「そもそもお前がずっと言ってきた訳のわからない三日間戦略のツケがこれじゃねーか!」
「いい加減にしなさいよ。今更『たら・れば』の議論に今更何の意味があるってのよ? それに万一食料を学校に溜め込んでいたら奴らは確実にここを襲ってきたはずよ。それが避けられたのは大きいわ」
「それにこっちは一人やられているだ。やり返さなきゃ収まらねぇ……!」
「報復が目的ならもっと反対よ」
沙希はさすがにイライラが募ったため、つい声に怒気をはらんでしまった。
両者一歩も食い下がらない状態で動いたのは、近くでその様子を見ていただけの高阪だった。二人の間に入ると、
「あのね、生徒会長さんも治安の人たちも突然の出来事で混乱していると思うの。だから少しだけ――ほんの十五分だけ私と生徒会長さんで話し合わせてもらえないかな? 言い争いの中じゃ良い案も出てこないと思うから――なんて」
そう微笑む。仲裁のチャンスと八幡も思ったのか、
「杉内。十五分ぐらいなら待てる。一旦外に出よう」
「ちっ……」
さすがの杉内も軽く舌打ちすると大股で生徒会室を出て行った。他の治安担当チームも不満を言いながら生徒会室前から自分たちの詰め所へと戻っていく。
「光沢、一緒に行って見張っておいて」
「わかりました」
生徒会室内には沙希と梶原と高阪の三人だけになった。
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