●22日目 01 朝『襲撃者』

 しかし、祈りは通じなかった。しかも昨日の今日でだ。


「落ち着いて状況をもう一度教えて」


 生徒会室で八幡が食料を確保しに行った治安担当とトランシーバーでひっきりなしに連絡を取り合っていた。室内にいるメンバーも緊張の顔色が濃くなっている。

 物資確保のためにいつもと同じように治安担当数名が軽トラックで取りに行ったが、変質者以外誰もいないはずのスーパーマーケットに「先客」がいたのだ。


『大型のワゴン車が二台止まってそこからどんどん人が出てきている。食料を取りに来たっていうより店内がどうなっているのか調べているみたいだ』

「それは変質者じゃない人たちなの?」

『間違いない。みんな普通の大人だよ。男だけじゃなくて女の人もいて、みんなボウガンみたいなのをとか――あと銃、なんだっけ、ああ自動小銃って奴みたいなもの構えて辺りを警戒している』

「銃って……。いつからここは紛争国になったのよ」


 沙希は敵――しかも重装備の一団の襲来に舌打ちする。だが八幡は冷静に、


「本物の銃が手にはいるとは思えない。たぶんエアガンとかの類じゃないかな?」

「玩具の銃か? 前に試したが奴らには通じないって結論が出ただろ」


 梶原が異論を口にする。以前にエアガンや電動ガンを治安担当が使ってはどうかという意見があったが、変質者たちは痛みに鈍感な様で、いくらプラスチックの弾をぶつけても効果がないという調査報告があった。


 沙希ははっと気が付き、


「使う対象が変質者とは限らない……」

「その通りだろうね」


 八幡も頷く。つまり彼らは自分たち以外の『正常な人間』に対しても備えているって事だ。他所から食料を一方的に略奪しに来た敵である可能性が高い。


「変質者たちは?」

『それが妙なんだよ。ちょうど変質者がいない時間帯だからまばらなんだけど、スーパーにいる連中を襲う気配がない。周辺をフラフラしているだけ』


 この返事に八幡も眉をひそめる。確かに変だ。変質者と言えば人間を見かけるとすぐに襲い掛かってきて食おうとする連中なのになぜ無視している? 何らかの変質者避けの手段を持っているということだろうか。


「しかしどうしましょうか。このまま持ち去られるのを黙っていているわけにも行きません。もしも別の生存者なら話し合いで直接食料の分配を交渉できればいいのですが」


 光沢もいつものスマイルを消して思案顔になる。沙希もどうすればいいのか答えを出しあぐねる。


 昨日のニュースの話ではとあるある避難所は暴力的な支配が実施されているという。もしそいつらだったら交渉できるような相手かどうかも怪しい。仮にそうでなくてもこっちは中学生の集団だ。相手が大人の場合こっちが下に見られるだろう。それに別の変質者が無視しているという話も気になる。


 話し合うか? 戦うのか? それとも傍観するのか? どれをとっても今まで通りには行かず、それなりの痛みが伴うことになるだろう。


 だが、沙希が迷うということができるのは現場にいないからだった。食料の入手先であるスーパーマーケットは言ってみれば命綱。ここがなくなれば生きて生野すら難しくなる。助けがいつまでも来ない状況もその思いに拍車をかける。それを直に目にしている現場の治安担当が焦るのは当然のことだった。


『中のものを運びだそうとしている……! このままじゃ全部持って行かれるぞ! 止めなきゃ!』

『おいバカ落ち着け! ――クソッ! 一人飛び出した! こっちも続く!』

「待って! 何の策もなしに飛び出しちゃダメだ!」


 絶大な信頼を寄せられているはずの八幡の言葉すら通じない。バタバタという走る足音がトランシーバーから流れた始め、次に聞こえてきたのは短い悲鳴だった。

 そして次に聞こえた言葉に一同顔面蒼白になる。


『最初に出た奴が打たれた! ボウガンだ! ああクソ、頭に直撃して――ダメだもう意識もない! 息もしてない! 死んでる!』

『あいつらなんだよ! こっちはまだ近寄っていっただけなのに何も言わずにいきなり攻撃してきたぞ! どうなってんだよっ!』


 沙希の中で時間が一時停止する。


 死んだ。理瀬の死亡以来ずっと出ていない犠牲者が、よりにもよって変質者ではない正常な人間によってもたらされてしまった。


 さらに今度はトランシーバー越しに半狂乱で叫んでいた治安担当の一人が短い悲鳴を上げた。そして、別の声で、


『また撃たれ――いてっ! なんだこれ! エアガンじゃねえぞ!』


 わずかだがパパパパと発射音と何かが金属が衝突した大きな音が響く。八幡は必死に、


「逃げて! とにかく今は逃げるんだ!」

『ボウガンで撃たれた奴を置いていけない! このままじゃ奴らのエサになっちちまう――』


 ギャっという歪んだ悲鳴とともにまた通信がとぎれる。その後痛みに悶える吐息と何かを引きずる音が流れてきて、


『トラックまで戻った! 今から学校に戻る! 他に二人足と顔を撃たれた! かなり痛がってる!』


 また別の治安担当の声が聞こえてきた。同時にトラックにも電動ガンの弾が浴びせられ始めたのか激しい金属音が響く。以前に八幡から説明を受けたとき電動ガンで使っているのはプラスチックの弾と言われた。だがこの音は明らかに違う。もっと固い何かだ。


「たぶんエアガンを改造してあるんだ。プラスチックじゃなくて鉄製の弾を発射できるように改造してあるんだよ。でなきゃこの威力は説明がつかない……!」


 八幡は苛立ちから机を叩く。それは容赦なく撃ってきた連中に対してか、守りきれなかった自らへの腹立たしさからのものか。

 沙希は立ち上がると、


「光沢、すぐに緊急事態のメールを出して。全ての担当は作業中止。クラスに戻って鍵を締めること」

「すぐやります」

「高阪も念のために直接生徒が指示通りに動いているか確認をお願い」

「わかった」


 高阪は了承すると、小走りに生徒会室から出て行く。沙希は思わず爪を噛んでしまう。


 おかしい。沙希の中でさっきまであった別の避難所の連中が物資を奪いに来たという確信に揺らぎが出てきていた。いくら避難所が暴力に支配されていたとしても、いきなり攻撃を仕掛けてくるものだろうか? 脅すにしても一声かけてきても良いはずだ。しかもこっちは中学生であっちは大人であり、力関係を考えれば恐怖にかられている可能性も考えにくい。トランシーバーからの聞こえてきた状況を判断する限り、あまりにも問答無用で一方的すぎる。


 本当にスーパーにやってきたのは変質者ではない別の避難所の人間たちなのか?


 沙希は結論が出せない。

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