●3日目 02 朝『自分の役目』
「状況を」
生徒会室の自席に戻った沙希は連絡係の治安担当に説明を求めた。
「また二人……死んだ。一人は先発隊で不意を突かれた。もう一人は後発隊で他の生徒をかばったって……」
力なく答える連絡係にまた沙希の胃がきりきりと悲鳴を上げるが、もう口から出るものがないため耐えることができた。
無線からしきりに声が飛び交っている。その中でひときわ大きい声が八幡のものだということはすぐに分かった。他の治安担当に指示を飛ばして、まだ作戦を続行しようとしている。沙希が使い物にならなくなったのを察知したのだろう。
『いいかい? 先発隊の方に変質者を集めるわけにはいかないんだ! スーパーの方に集結されたら食料を確保して持ち帰ることは無理になる! だから僕達後発隊が陽動で変質者たちを引き付けるんだ!』
『こっちももう二人も殺されているんだぞ! これ以上死人をだしたら誰が責任を取るんだよ!』
『僕達がやるしか無い! 帰る場所はもう学校しか無いんだ!』
混乱の極みの中、八幡はただ一人何とかしようとあがいていた。
――そんな時八幡が言い切った一言。
『責任は僕が全部取る! だからやり切るんだ!』
この言葉に沙希ははっとさせられた。同時に生徒会室にいた全員の視線が彼女に向けられている。その目は一様にみな同じものだとすぐに感づいた。
責任。そう、責任。この先たくさんの人が死んだり失敗したり苦しんだりする。ならその責任の所在はどこに向かうのか。
沙希は手を伸ばしてトランシーバーを掴み送信ボタンを押した。
「八幡」
『生徒会長? 大丈夫なの? とにかく今は時間がないから手短に。さっきまでの話を聞いているならわかると思うけどこれから――』
「二度と自分が責任を取るとか抜かすな」
この沙希の言葉に八幡が口を止める。生徒会室内にもそれが伝わってさらに緊張が高まった。
そして沙希――生徒会長は厳しい口調で続ける。
「この先に起きること全て――犠牲も失敗もヘマも何もかも全て生徒会長であるあたしの責任だ。お前が勝手に責任取るとか口にすることすら許さない」
『…………』
八幡は黙ったまま。トランシーバー越しから聞こえてくるのは変質者たちの小さなうめき声だけ。
「あたしが全部背負ってやる。だからあんたはやりたいようにやれ。以上」
『……わかった、ありがとう生徒会長!』
返ってきた八幡の返事。透き通ってどこか憑き物がとれた口調から彼の笑顔が見えた気がした。
沙希はトランシーバーを戻すと、また作戦の指揮に戻る。
責任者の仕事は責任を取ることだ。この作戦で死んだ生徒たちの責任を全部背負ってやる。
彼女が見出した生徒会長としての真の役割だった。
作戦は続きその後も地獄だった。変質者たちに包囲される先発隊、陽動に出た後発隊二人がそのまま行方不明、かまれた人間を八幡がその場で殺害……もう思い出したくもない悲惨さだった。
沙希は最初の死者が出たときのように逃げることはなく、積み上がる責任の重さによる苦痛に耐え、生徒会室の席を最後まで立つことはなかった。
結局リヤカー2台に詰めた食糧の確保は成功した――しかし。
「食料の荷揚げと治安担当の校舎内への引き上げは全て完了しました」
連絡係の作戦終了の言葉。だが生徒会室にいた誰一人からも賞賛どころか安堵の言葉も聞こえない。あまり表情を変えない梶原も、いつもは営業じみたスマイルを続けている光沢も、ポジティブで明るい笑顔を絶やさない理瀬も、皆一様に疲れ切った沈痛な表情を浮かべたまま黙っている。
死者4名、行方不明者2名。これが食料を手に入れるために流された血の量だった。食料は無事に手に入れられたとはいえ、そのために払った犠牲はとてつもなく大きかった。
だが、そのままでいるわけにもいかない。
「……おい」
ここで背後かかる梶原の声。普段の淡々とした口調ではなく無理やり喉からひねり出すようなものだ。
その声を受けて、沙希はゆっくりと立ち上がる。正直、沙希は疲労感で身動きひとつ取りなくない気分だったが、生徒会長という立場である彼女にそんなわがままは許されてない。
責任を取る。それが自分の仕事だからだ。
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