●28日目 01 昼『この国の法律』

「そっちだそっち! また登ってる!」

「棒で押し出せ! はしごを架けさせるな!」


 政府に沙希たちの存在を知らせられた翌日、変質者の攻勢が続き、校舎の裏庭では治安部隊が対応に追われていた。やり方は単純でとにかくスキを見てははしごでフェンスを登ってこようとしてくる。ただはしごの数が少ないのか手に負えないペースではなかった。


 しかし、変質者の数はどんどん増え続け今や街中が埋め尽くされている状態だ。略奪者が新鮮なエサを与えるためにこの学校へ誘導しているに違いない。さらなる大規模な攻撃が近い雰囲気がある。


 一方で今日は政府から航空機で大量の物資が空中から投下された。おかげで米やら野菜やら肉やら新鮮な食料が大量に入手できて当面は学校生活を維持できるようになった。本来は向こうから送られてくるのはパック詰めの携帯食というはなしになっていたが、食料担当の栗松の非常に強い要望により、こういったナマモノをもらうことになった。避難所生活も長いから生徒にまともなものが食べさせたいらしい。


 そっちは栗松に任せておいて、沙希にとっての最大の懸念はやはり変質者たちの攻撃激化だ。昨日の夜の政府への連絡でそのことを伝え、撃退するために武器を送るように言ったのだが、その時は対策本部に伝えるとだけ答えていた。そして、今日届いたものを開いてみたら、


「なんじゃこりゃ……」


 沙希は政府から送られてきた見の安全を守るためのマニュアルを読みながらプルプル震える。昨日の夜の連絡で変質者を誘導する略奪者の存在について説明し、戦うための武器を要求していたのだが、送られてきたのはたった一つの冊子だった。表紙には「暴動から身を守るために」と書かれている。


 その内容をかいつまんで説明すると。



1.興奮した人が近くに来た場合はすぐにその場を去りましょう


2.興奮した人の足は遅いですが力は強いので相手にせず家など安全な場所に隠れましょう。ただし窓は破られる恐れがあるので塞ぐか、無理な場合は最寄りのコンクリート製の建物に避難してください


3.興奮した人の集団には決して近寄らずに距離を取りましょう


4.興奮した人と会話することは不可能です。決して話し合いをしようとはしないでください


5.興奮した人を傷つけた場合、最悪傷害罪に問われる場合があり、最悪は殺人罪も適用されます。正当防衛であるか判断は専門家でなければ難しいので、争うのは止めましょう



 まさにお役所仕事みたいな内容がイラスト付きで載っていた。最後には避難所向けとされている文があったので、恐らくあちこちで投下しているものなのだろう。


「こんなもんで何をどうしろってのよっ!」


 沙希は怒りに任せて破り捨ててやろうかと思ったが、すんでのところで光沢がすっと取り上げてしまい、


「まあまあ、腹立たしいのは私も同じですが、落ち着きましょう。向こうは現行法に従ったことしか言えないのですから」

「わかってる、わかっているけどなんとかしてほしいのよ」


 頭を抱える沙希に光沢は肩をすくめて、


「しかし、この最後の部分は重要でしょう。変質者を傷つけてはならない。恐らく最も伝えたいのはここかと」

「殺しに来るやつの人権なんて気にしていたらこっちの身がもたないっての。はあ……」


 これで武器がもらえる可能性はなくなった。まさか鉄砲やミサイルがもらえるとは思ってなかったが、もう少しマシな物が来ると期待していた。


「外の連中には期待できねえ……今まで通りだ」


 梶原は素手でも変質者と戦う気満々だった。この状況だとそうなる日も近いだろう。


 ふとここでどこからともなくいい匂いがしてくるのに沙希が気がつく。適当なものばかり食べていた最近ではすっかり懐かしい油と胡椒の香り。


「はーい、生徒会長、お昼持ってきたよー」


 ここで生徒会室に入ってきたのが栗松だった。両手には皿があり、それが懐かしい匂いの発生源だと察知する。


「みんなで作ったチャーハン。しっかり食べてね」

「おお……」


 机に置かれたチャーハンの皿を見て、沙希は感嘆の声を上げてしまう。そして、レンゲで掬って口に入れた。


「……うまい。うますぎる」

「ちょ、泣くほどなの!?」


 涙をボロボロ流して食べ続ける沙希に栗松が慌て始める。隣ではいつもの笑みで食べる光沢、仏頂面のままの梶原。


 沙希は一気にチャーハンを食べ終えると立ち上がり、


「今日の食料はランク制関係なく全員に配給して。これだけ上手いのなら食べないと帰って不公平感が出るから」

「ど、どうも」


 絶賛されて恐縮してしまう栗松だった。

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