●30日目 01 朝『活動報告』

 消防のヘリがこの学校に3日が経過した。相変わらず街は増える変質者で埋め尽くされ、フェンスを登ろうとする治安担当との攻防戦は激しさを増すばかりだ。


 しかし、政府側の連絡は相変わらず「待って欲しい」ばかりである。


「全く話しにならないわよっ」


 沙希はテレビでニュースを見ながら生徒会長席の机をバンバン叩く。飛行禁止解除により各避難所の状況が改善されたと伝わっているものの、相変わらずニュースでは法律だの人権だのの議論がずっと続いている。


「我々だけでも救出してもらえればいいんですけどね」

「でも外の連中は俺たちが変質者かどうか見極めたいと言って拒否してんだろ?」

「それもありますが、危険ということもあるようですね。確かに難しいと思いますが、それよりも事故が起きて責任問題になる方を恐れている感じですよ」


 光沢と梶原がそんなことを話している。沙希も変質者を攻撃することができないのと、地上に降りられないのならロープかなにかで引き上げてほしいと要請したが、救助チームが地上に降りずに実行するのはリスクが高すぎると言われて断られてしまった。さらに変質者になる理由が未だに解明できないため、生徒を外に出すかどうかで対策本部が結論をまだ出せていないとも。


「何とかしないと……」


 朝の集会で生徒たちのストレスが露骨に溜まってきているのを感じ取っていた。


 沙希は立ち上がり生徒会室の中を歩き回りながら打開策を考える。救助が来たと思ったらその後進展なし、しかも変質者たちの攻勢が強まり続けている。これでは生徒たちが持たなくなる。


 直接の原因は略奪者が送り込んできている襲ってくる変質者たちなので、そいつらをなんとかすればいいが、相手は数千人にも及ぶ変質者の群れであり、そいつらを何とかするなんて自衛隊でも連れてきて皆殺しにするしかない。


 この危機的状況について政府側に何度も言っているのだが、人権だの法律だの言い続けていて明確な対応をする気がしなかった。ここまで来ると責任逃れしているんじゃないかと疑いたくなる。


 ここで光沢が自分で汲んだお茶をすすりながら、


「やはり外側との意識の乖離が大きいと感じますね。こちらからいくら必死に言ったところで、彼らが目で見ないとその危機的状況は伝わらないものです」

「とはいってもどうやって伝えればいいのやら……」


 沙希が顎に手を当てて思案顔になる。


 そこで光沢は胡散臭い笑みを浮かべると、ポケットからスマートフォンを取り出す。


「実録ドキュメンタリーでも撮りましょうか。幸い今は誰でも静止画だけではなく動画も撮影できますから」




「おい、そっちから奴らがのぼってきてんぞ!」

「消火器もってこい! それでそいつらを叩き落とせ!」


 治安担当チームがそこを登ってフェンスを乗り越えようとしている変質者たちを棒で突っついて落としていた。そんな中、スマートフォンを構えた光沢がその場にいる治安担当を写し続ける。被写体になっている八幡はやや息切れ気味に、


「一度段ボールを積み上げられると、次々と奴らが登ってくるんだ。だから積み上がる前に何とかしないとならない――急いで! 後一つでフェンス超えられるよ!」


 ゲキが飛ばされ治安担当たちの戦いが激しさを増す。何とか登ってきていた変質者を段ボールの上から叩き落とすが、次々と別の連中が登ってくるためきりがない。

 光沢は撮影を続けながら質問もする。


「撃退法はああやって叩いて追い払うだけですか? 段ボールが残っているとまたそれを使って登ってくる変質者も現れると思いますが」

「だからこうするんだよ」


 八幡が指さす方向では別の治安担当の女子二人が殺虫剤とライターをもっていた。その二つを火炎放射器と同じ要領で使いフェンス越しに段ボールを焼き払う。


「灰にしてしまえば使いようがなくなるからね」


 スマートフォンであっという間に燃え上がっていく段ボールを撮影する。ついでにそれの巻き添えで火だるまになった変質者の一人がふらふらとフェンス越しに歩いている。


「可哀想だと思うかも知れないけど――こうするしかない。でないと僕たちのほうがやられてしまうからね。正直言うと変質者の中には顔見知りもいるんだ。でも、躊躇することわけにはいかないんだよ。もうあれは友人でも親類でもない。ただの人殺し集団なんだから」

「ありがとうございました」


 光沢は一礼すると、そこでスマートフォンのカメラを止めた。


 いろいろ考えた末に、治安担当数人を護衛してもらいつつ、生徒会のドキュメンタリー撮影隊が活動を開始することになった。


 光沢の案はこうだ。スマートフォンのカメラ機能を使いできるだけ学校内の現状を記録し、明日、政府側の定時にやってくるヘリで撮影した動画を回収してもらう。あとはその映像を外側の人間たちがどう判断するかにかかってくる。そのため、いい返事がもらえるようにわざと大げさなシーンを撮影し、さらに光沢がセンセーショナルに編集することにしてある。


 この撮影にはもう一つ狙いがある。それは学校にいる生徒たちが変質者ではないことを証明することだ。政府が沙希たちの救助を拒んでいる理由に、何らかの病気に感染していた場合、連れ出せば拡散する可能性があるという判断である。だからこうやって人間らしさを失わずに変質者ではないことをアピールするのだ。


 沙希は携帯電話を受け取り、映像をチェックする。


「まあ……ちょっときついシーンだけどこれくらいじゃないと伝わらないか」

「そうですね。この調子で校内の作業状況も撮っていきましょうか」


 次に校内に移動して、医療担当責任者の男子の撮影を始める。


「一日にどのくらいの人数を診るんでしょう?」

「十人ぐらいでしょうか。もっとも診るといっても知識も資格も技術もないですからね。出来ることは備蓄している薬を渡すことぐらいしかできません。あとは傷を消毒すること程度です」

「最近変わったことはありましたか?」

「季節の変わり目で夜は寒くなってきましたから、風邪を引く生徒が増えてきています。幸い重症者は今のところ出ていませんが、万一校内で危険な伝染病が発生すれば手に負えなくなると思います」

「ありがとうございました」


 次に清掃担当責任者の女子。理瀬の後釜としてかなり奮戦してくれた気の強い人だ。


「清掃はほぼ毎日やっているわよ。トイレ・窓・床・黒板と徹底してやっているわ。あんた、割れ窓理論って聞いたことある?」

「確かビルの窓ガラスが割られてそのまま放置すると、そのビルは管理されていないという認識が生まれ、そのせいでさらに窓ガラスが破られ、最後はビル全体が荒廃する、という話でしたか」

「そうよ。一箇所でも汚い部分があれば、その汚れがどんどん周りに広まっていくわ。そして汚いところには歪んだ感情が集まる。そうならないためにも徹底して清掃を続ける必要があるってわけ」

「なるほど。作業の中で辛いこととはありますか?」

「清掃自体は慣れたから大丈夫だけど……やっぱり変質者の遺体処理はいつまで経ってもなれないわね。四週間前の一階初清掃の時の三年生たちを埋葬したのは今でもトラウマだわ」

「ありがとうございました」


 次は食料担当責任者の女子、栗松ななえ。


「政府の人からたくさん食料をもらえるようになってきているから、ここはだいぶ楽になったかな。本当にギリギリでやってきた感じでいつお腹を悪くするものを作っちゃうんじゃないかと正直結構心配していたんだよ。乗り切れたのは食料担当のみんなのおかげ」

「どの辺りに気を遣っているのでしょうか?」

「やっぱり食中毒とかだな。まとめて作っているから万一腐らせているものでも入ったら大変だからね。生徒たちがみんな倒れて機能が麻痺しちゃう。その辺りの衛生管理は徹底させなきゃ」

「神経を使いそうな仕事ですね」

「そうだね。でもそれが役目だから。あー、早いところ安全なところに行って美味しいものをたくさん食べたいよ」

「ありがとうございました」


 ドキュメンタリー撮影はまだまだ続く……




 結局一日がかりで撮影が完了し、翌日の朝にやってきたヘリが降ろした小さな袋付きのロープに動画を撮影したSDカードを入れて回収してもらう。光沢がノートパソコンで手慣れた操作で編集や演出まで加えてくれた力作だ。


 ただしテレビなどで公開はしないように伝えてある。もしその放送を略奪者たちが見れば、焦って本格的な攻勢を始めるかもしれない恐れがあるからである。もし公開するにしても救出が決まった時点でと年を押しておいた。


 飛び去っていくヘリを眺めながら、


「これで何とかなればいいんだけど……」


 これで向こうにここの状態が伝わり、状況が変わるのか。あとは祈るしかなかった。

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