●31日目 01 朝『転がる展開』

 しかし、約束は破られるためにある。それを知ったのは翌日朝起きてラジオをつけて情報収集を始めたときだった。


『――昨日一部テレビ局で放送された映像についての続報です。対策本部はこの映像がT県内の中学校に立てこもっている生徒たちから送られてきたものであることを認めました。現地の子供たちの身の安全を優先し、非公開要請が出されていたにも関わらず大々的に放送された事に対して甚だ遺憾であるというコメントが出されています。また、避難所ではない場所に多数の子供が閉じ込められていたことを知りながら隠蔽していた政府に、野党は批判を強めています』


『この件について報道したテレビ局プロデューサーは楽観している人たちや無関心な人たちに対してT県内部で何が行われているのか知らせる義務があるとし、報道の正しさを強調しています。一部のシーンは過激すぎるとして放送ではカットされましたが、映像の中には子供たちが襲ってくる大人たちに火をつけて殺害するなど過激なシーンもあるとされ、世論からは即時救出を求める声が高まり、人権擁護の観点の声を上回りつつある印象です』


『一方、武力を用いることに反対している野党では、この映像の公開により反対しても印象が悪くだけではないかという声が一部から出始めていて――』


 これを聞いて沙希は目が点になる。回収の要請をしたときは報道したりすると変質者たちを刺激することになるから絶対に控えてほしいと伝えていたのに、わずか半日で電波に乗って日本全国に流れてしまった。ヘタをすれば海を超えて全世界にも流れたかも知れない。


 これを一緒に聞いていた光沢も苦々しい表情になり、


「すみません。僕が余計な提案をしてしまったばかりに……」

「光沢のせいじゃない。これはどう考えても漏らした連中が悪いし、後悔している暇もなさそうだわ。すぐに警戒態勢を強めて――」

「そうだね。ちょっと来てくれないかな」


 沙希が頭を抱えているところに八幡が生徒会室に顔を出してきて手招きしている。

 その案内に従って沙希たち三人は屋上に登った。そして、


「勘弁してよ……!」

 

 そこから見える光景に沙希は頭を抱えてしまった。


 学校周辺にうろついている変質者の数はここ数日増える一方だったが、もはや限度を超えるレベルになっていた。道路のアスファルトはまばらしか見えず、まるで津波のように学校を包囲している。ざっと見る限りでは全部で数万人近くいるのではないだろうか。


 フェンスにしがみつき奇声を上げている変質者も多い。まるで飢えで苦しみエサを求めているかのような不気味さを感じる。


「テレビで流れたのが昨日の深夜。それを見た変質者たちが殺到してきたか、あるいは略奪者がさらに誘導したのか。どちらにしてもさすがにこれは対処しきれるような数じゃないよ」

「別に救出が決定された訳じゃないだろ? 何でそんなに集まってくるんだよ」


 梶原は疑問符を浮かべるが、それに光沢は腕を組んで真剣なまなざしで、


「学校内の様子を政府に送ったのは追い込まれている状況を的確に伝えるためでした。やはり声つきの映像ですからインパクトは強いでしょう。しかし、それは変質者や略奪者たちにとっても同じ事です。空腹になってきている状態で新鮮なエサが大量にある映像が流されればどう思うでしょうか? 当然その場所に殺到しますよね」

「奴らがテレビ見てここにやってきたってのか?」

「略奪者も学校内の様子まで確実に把握していなかったのかもしれません。それで予想以上にエサがあることを知り、さらに送り込んできたのではないかと推測します」


 沙希はたまったものじゃないと即座に生徒会室に戻り政府側へ連絡を繋いで抗議をする。


 向こうも謝罪していたが、それでもはやどうかなるような状況じゃない。あの壁が一気に学校に押し寄せてくれば確実に学校に侵入されて皆殺しにされてしまうと必死に伝えるが、今対策本部で協議中だからもう少し待ってほしいばかりだった。


 しかし、同時にこうも言う。救出は近い。即時ではないが、もう秒読み段階であり、恐らく遅くても明日中には救助できるはずだと。


 沙希は即時救出を求めて十分ほど文句を続けていたが、とてもいい返事を引き出せそうにない。これ以上は時間がもったいないと感じて一旦電話を切る。そして、光沢にメール送信の指示を出す。


「総動員体制を引くわよ。ランク制は現時刻を持って廃止。変質者たちを迎え撃つ!」

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