●27日目 03 昼『変質者も変わらないのかもしれない』

 沙希は八幡についていき屋上へ出た。そこでは治安担当数人が双眼鏡で辺りを様子をうかがっていたが、その表情は全員緊張に満ちている。


「勘弁してよ……」


 沙希はそこから見える町並みを見て唖然とした。道という道に変質者たちがあふれかえり、群れをなして彷徨いていた。普段も昼間から夕方にかけては出歩く変質者が多かったが、その比ではなく休日の繁華街のようになっていた。学校を取り囲むフェンスを大勢が野生動物のように叩いたり引っ張ったりしている。


 梶原は珍しく危機感を募らせた表情になり、


「なんで急に増えたんだ。さっきまではいつもどおりだったよな?」

「ついさっき外からヘリがこの学校に来ましたからね。このままではエサに逃げられるのではないのかという危機感を募らせたのかも知れません」


 光沢も険しい表情で変質者たちの群れを見ていた


 しかし、八幡はやや思案顔で、


「それもあるだろうけど、多分それ以外にも原因があると思う。生徒会長、これを見て」


 沙希に手渡されたのは八幡が持ち歩いているスマートフォンだ。最近の機種はよっぽど廉価版でもなければ動画撮影機能もある。そして、撮影された動画には予想外のものが映っていた。


「……これ、なに? いや何をしているのかわかるけど、でもこれは……」


 困惑するしか無い。映っていたのはズームアップされた路地で座り込む変質者の姿だった。それは今のこの街ではありふれたものだったが、問題はその前でしゃがみこんでいる変質者らしき存在の方だ。背中に銃――恐らく略奪者が使っていた改造電動ガンを背負い、食べ物らしきものを座り込んでいた変質者に差し出している。


 一緒に覗き込んでいた光沢も驚愕の表情になり、


「……これは想像以上ですね。変質者に知能の高い個体があることは予見されていましたが、まさか別の知能の低い変質者に食料を与えようと行動することまでは考えていませんでした」

「同感」


 沙希も思わず口に出して同意する。


 そのまま動画を再生すると座り込んでいる変質者は受け取った食べ物――恐らくパンらしくものをしばらくじっと見ていたが、やがて投げ捨ててしまった。どうやら食べられないらしい。頭のいい変質者の方はしばらくしゃがんでいたが、やがて捨てられた食べ物をつかむとそのまま食べ始めた。


「生徒会長の言っていたとおり、あの変質者がスーパーを略奪したのは自分たちの食料を得るためだったのはこれで確定だと思う。そいつらがまた戻ってきて、別の変質者たちに食料を分け与えようとしている」

「一体何の目的だよ」


 八幡の説明に、梶原が疑問符を浮かべていた。だが光沢は冷静に、


「考えてみれば当然かもしれません。例えば私たち人間が誰か困っている人を見かければどういう行動を取るのか」

「俺なら放っておく」


 その梶原のツッコミに光沢は苦笑しつつ、


「あなたのような方もいるでしょうけど、世の中には違う人もいます。困っていれば手を差し伸べようとする人もいるでしょう。変質者の中でも高い知性を持っている存在があるのなら?」

「……頭の悪い変質者が困窮しているからなんとか救おうとしているってことか」


 これで沙希の考えはだいたいまとまってきた。略奪者も変質者の仲間、ただし頭がいい。そして、何よりもそいつらはこちらとは全く話さずに治安担当を残虐に殺した。敵だということだ――とここで結論が出る。


「てことは、スーパーを爆破した後に治安担当をまるでエサみたいにしたのって!?」

「見せしめでも邪魔だったからでもない。そのまんまの意味で他の変質者に食べ物として与えたんだ。お腹をすかしている仲間のためにね……!」


 八幡は理解を示しつつも怒りの表情を浮かべていた。これはその行為に対してではなく、その行動が理解できてしまうからかもしれない。


 沙希はまいったとポリポリ頭を掻きながら、


「とりあえず変質者の中でもこいつらは特別だから今後は正式に略奪者と呼んでおくわ。わけて考えて対処しないと厄介だ」

「で、今度はその略奪者は何をしでかすんだ」


 梶原の疑問。沙希は頭の中で考える。


 略奪者の頭はいい。変質者たちの困窮を理解しなんとかしてやりたいと思っている。しかし変質者は普通の食べ物は受け付けない。恐らく人間だけだ。その人間はどこにいる? 目の前の学校だ。一度略奪者は学校の生徒をエサとして変質者に与えた。そうすれば変質者たちの空腹が解消できる。なら次にやることは?

 

「どうにかしてこの学校を襲おうとするだろうね。見てみて、フェンスをはしごで登ろうとしている変質者が二人いる」

 八幡が指さした先にはどこからか持ち出してきたハシゴを使ってフェンスを越えようとしている変質者たちの姿があった。中庭にいた治安担当チームがあわてて駆けつけて、手製の武器でそいつらを押し返し始めていた。


 今まではああいった知恵を働かせる行動はしてなかった。恐らく略奪者たちが指示をしているのだろう。この学校にあるエサを与えるために。


「僕も下に行って来る。しばらくはキツイ日々が続きそうだよ」


 八幡はそう苦笑を浮かべると階段へと向かった。沙希は思わず彼を呼び止めて、


「八幡! 略奪者に対して思うところがあるのは理解している。でも高阪も動けない状況であんたまで失うわけには行かない。感情的になって無茶は絶対にしないで」


 八幡は振り返ることなく手だけ振って去っていった。


 見送った後、沙希は再び双眼鏡で略奪者の様子を見る。そいつはしばらく歩いていたが、やがて立ち止まりじっと沙希のほうに見出した。


「こっちが見えてんのか?」

「さあね」


 梶原とそんな会話をしているうちにまた歩きだし、近くに止まっていた自動車に乗って何処かに走り去っていった。


 その光景に沙希はぞっとする。まるでそれが略奪者たちの力を見せつけているような行動に感じたからだ。

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