エピローグ
●1日目 夕方『次の戦いへ』
「で、なんであたしだけまだ退院できないのよ」
「仕方ないじゃない。脱出してから一人だけ一週間ぐらい眠りこけていたんだから、なんて」
夕日が差し込むベッドの上で沙希はふくれっ面で愚痴をこぼす。その横では高阪が変わらない優しげな笑みを浮かべながらリンゴの皮を剥いている。
学校脱出から約一ヶ月。あの後、感染の可能性を調べるといって、生徒たちは隔離病棟に送り込まれた。万一、県外に出た途端に変質者化したら大変だからだろう。
綺麗にカットされたリンゴを皿に載せ、
「でもおかげで余計な雑音から遠ざかってよかったんじゃない? 退院した後、私もマスコミに追いかけられて大変だったんだから。なんて」
「むしろ生徒たちから変な恨みを買ってないか不安になったわよ。自分がマイクの前にたったほうがマシだったわ」
沙希は愚痴りながらリンゴを口に放り込む。
生徒たちの中で、沙希だけは生徒会長の重圧から解放された反動か、ずっと眠る日々が続いた。そのせいで一人だけ検査スケジュールが遅れ、生徒たちがほとんど退院した後でも、まだ病院に残されている。ただ精神的な不調を訴えてまだ入院生活を続けている生徒もいたりするが。
そのせいで、目を覚まして一人検査をしている間、ずっとテレビの中では生徒たちがマスコミのインタビューを受け続けているのを歯痒い気持ちで見ていたものだ。主に、自分が当時どう思われていたのか赤裸々に語られるのを見て。
「それで、他の生徒達はどうなったのよ、副会長殿」
相変わらず生徒会長気分が抜けない沙希に、高阪はくすくすと笑みを浮かべ、
「親が生きていたり、身寄りがある人はみんな引き取られていったよ。それ以外は施設送りかな。私は幸い身寄りがあるから、もうそっちに身を寄せているの。ところであなたはどうするの?」
沙希は腕を組む。
「わかんない。親は県外にいると思っていたけど、未だに連絡してこないから、実は県内にいて今頃変質者になってそこら辺歩き回っているのかも」
とはいえ、これは――これでも希望的観測だ。これに乗じて親が完全に自分とは縁を切ろうとしているんじゃないかと可能性もある。1年以上放置されていた状況を考えれば十分にありえるから困る。
リングを全部食べ終わった沙希はまたおかわりを要求すると、高阪ははいはいとまた剥き始める。
「そういえば、あなたが脱出後に気を失ってしまって、そのまま目を覚まさなかったときは大変だったのよ。みんなすごい心配していたし、特に梶原くんなんて見に行くと暴れまわって――」
「あの駄犬は人が寝ている間も気苦労をかけさせるのか。勘弁してよ」
沙希は耳をふさいで頭を振った。
ここで病室の扉が開き、
「どうもお久しぶりです」
「…………」
光沢と梶原が現れる。沙希は思わずじっと梶原を睨みつけてしまい、
「なんだ?」
「なんでもないわよ」
ぷいとそっぽを向き沙希に、高阪はくすくすと笑みを浮かべる。
そんな中、光沢はいつもの営業スマイルで、
「ところで言われたとおりに準備してきましたよ。向こうも食いついて来ましたから段取りは簡単でした」
梶原も問題なしと頷いた。
この一連の事件――T県内の住民が一斉に人喰い変質者に変貌した原因は未だにわかっていない。事件の起きた日の「給食の残り」は政府側に提出したものの、それ以降何の音沙汰もなし。マスコミにも流れていないところを見ると、どうやら隠蔽する気らしい。もしかしたら、すでに犯人はわかっているが、政治的な理由で表に出せない可能性もある。
だが、それではダメなのだ。
高阪も立ち上がる。
「ようやくこれで終わるの?」
「いいや多分これは次の段階の始まりよ」
沙希もベッドから降りた。
実は「給食の残り」は全て政府には提出しなかった。もしかしたら隠蔽される可能性もあったからだ。そして、
「マスコミを通しでこれを全世界にばらす。これであの事件を起こした犯人の存在を世間にしらしめることができる」
高阪たち三人も頷いた。
犯人の存在が出来れば、学校でやってきたこと――暴力も死も罪も何もかもそいつに押し付けられる。それで晴れて、全員がこの事件から解放されるのだ。
ほかの三人を引き連れて、病室から出る。
沙希は、責任は全て自分が取るといった。でも、実際そんなに簡単にはいかない。たくさんの生徒たちがそれぞれ責任を背負ってしまっているだろう。しかし、犯人の存在を示せば全て解放される。
犯人はすぐにわからないだろう。変質者や略奪者の存在理由も。だけど必ず答えを見つけ出す。
「さあ、行こうか。あたしが背負った責任を全部押し付けてやるために」
~学校編終わり~
学校日和~包囲封鎖下での中学生活~ きたひろ @kitahiroshin
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