●1日目 05 午後『さらなる混乱』

 二人はクラス委員長の遺体が転がっている教室にはあまり近寄りたくはなかったため、廊下の隅に座り込む。周りでは発狂したように泣きじゃくる生徒や携帯電話で助け呼ぼうとするものの回線不調で一向につながらないことに苛立つ声が響く。


 沙希が見たところ、水道はまだ出ていて、喉が渇いたと訴えた生徒達が水場に列をなしていた。しかし、電気が止まっているらしくいつの間にか構内の電灯が全て消えている。また携帯の電話回線も繋がらない。電気が途絶えてしまいそれで電話をつなぐ中継局の機能が停止してしまったのかもしれない。

 水が出るため、すぐに飢え死にすることはないが、外部に助けを求めることも出来ない。そんな状況に追い込まれている。


 理瀬は膝を抱えてうつむいたまま、


「これから私たちどうなるんだろう……家族もみんなあの外にいる連中に殺されちゃったのかな……」

「…………」


 そのつぶやきに沙希はなにも返すことが出来ない。親なんてもういないと考えていた沙希には家族の心配という気持ちがわからなかったのだ。

 とにかく今はじっとしていよう……なにも出来ないんだから何かが起きるまでじっと……少し休めば誰かが助けてくれるかも知れないし、何かいい手が思いつくかも知れない。


 しかし、そんな沙希の考えは短い悲鳴とともにすぐに打ち砕かれた。

 何事かとその声の方に振り向く。その先には沙希たちの教室があり、その後ろの出入り口に誰かが立っていることに気がついた。


 血まみれの学生服に、おぼつかない足つき、肌は血が抜けて真っ白で目はうつろ――それは教師達に噛みつかれて殺されてしまったクラス委員だった。とっくに絶命していたはずなのに、今は明らかに自分の意志でふらつきながらも立っている。その姿は完全に外を彷徨いている変質者達と同じものだった。


「どうして……」


 隣にいた理瀬は呆然と声を上げた。死んだ人間が生き返る。ファンタジーの世界の話が今目の前で起きているのだ。沙希も訳がわからなくなり思考が完全に停止してしまう。

 変質者と化したクラス委員長はしばらく周りを見回していたが、やがて獲物を定めたかのように沙希たちの方をじっと見ると、そのままゆっくり二人の元に近づいてきた。


「……逃げないと、ってなにやってんの! 早く立って!」


 理瀬は立ち上がって逃げようとするが、沙希は完全に腰が抜けてしまい立ち上がれない。明らかに自分を殺そうと元クラス委員が迫ってくるのに、逃げられない。


「来ないで!」


 理瀬はそのまま沙希の前に立ちクラス委員長を止めようとする。それを見て沙希は自分の不甲斐なさに泣きそうになってしまった。少ない――というか唯一といって良い友人が身を呈して守ろうとしているのに、身体が言うことを聞いてくれない。


 迫り来る変質者化した男子生徒を振り払おうと理瀬が身構えた時だった。

 鈍い殴打の音が廊下に響く。同時に周りの生徒達の小さい悲鳴が上がった。


 沙希は目を閉じることなくそれを視界に捉えていた。理瀬に飛びかかろうとしたクラス委員が突然横に吹き飛ばされ、廊下の壁に頭から激突し、そのまま力を失って床に崩れ落ちたのだ。そして、クラス委員が立っていたところには一人の背の高くだらしない格好をした男子生徒の姿がある。


「…………」


 無言で、動かなくなったクラス委員と沙希を交互に見るその生徒はあの不良の梶原だった。沙希の頭には始業前に出て行ったはずの梶原が、なぜここにいるのかというどうでも良い疑問が浮かぶ。


「あ、ありがとう……」


 理瀬はその威圧的な姿に恐る恐る礼を述べたが、梶原は興味なさそうに周りを見回し始めた。


 続けてまた悲鳴が上がる。そこにはさっき一階から逃げてきた女子生徒二人の姿があり、足を噛みつかれて負傷していた生徒が、介抱していた生徒の喉元に食らいついていた。噛みつかれた女子生徒の断末魔が校舎中に広がり、周りにさらなる混乱を拡大させる。


「……気をつけてっ!」


 そこに息を切らせながら向かいの校舎から走ってきた八幡が叫んだ。沙希はその内容に目をまわしてしまう。


「外の連中に噛みつかれると、奴らと同じになるよっ!」

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