●2日目 07 昼前『新生徒会体制始動』

「これで医療担当チームは定員に到達っと……」


 沙希は募集に応じて生徒会室にやってきた生徒たちをまとめた資料を作成していた。パソコンやワープロが使えずひたすら手書きで書き続けたせいで手に痛みが出てしまい、軽く振ってそれを解消する。


 掲示板に張り出した募集内容はこうだ。


 □ 校内にランク制度を敷く

  ランクA(一日の食料配布 3回) 生徒会メンバー・治安担当チーム


  ランクB(一日の食料配布 2回) 各作業チームに属する生徒


  ランクC(一日の食料配布 1回) 担当作業無しの生徒


 □ 校内の作業をする生徒を募集

  一、清掃担当チーム ランクB

   (トイレや廊下、教室などの清掃、その他汚染元の処理など)


  二.医療担当チーム ランクB

   (けが人や病人への対応など)


  三、食料担当チーム ランクB

   (治安担当チームが確保した食糧の管理、配布、炊事など)


  四、雑務担当チーム ランクB

   (その他チームの範疇外で作業の必要性が出た場合の作業など)


  五、治安担当チーム ランクA

   (校内の治安維持、食糧確保など命に関わる危険性が高い作業)



 作業チームを編成し、生徒たちに学校内の維持に努めさせる。そして、貢献度が高い人間を優遇、つまり多くの食料を与えるという形を取ることによって、働く人間の士気を向上させ、それをやる意義を与えてやる。これが、沙希が考えた安定的な体制の詳細だった。半日で考えているため、まだ穴が多いところもあったが、それは追って考えればいいと開き直っている。


 すでに学校に立てこもって一日が過ぎようとしている。空腹を訴える生徒も増えつつあり早いところ基盤となる秩序を構築しなければ、あっという間に校内の安定が崩壊してしまうだろう。


 これを最初に示した時に梶原がランクCの扱いについて、


「何もしない奴に食わせるのか? 必要ないだろ」


 これに関して沙希はほとほと呆れ返る。


「あのね、食料与えないってことは死ねと言っていることと同じ。あんた、窮鼠猫を噛むって言葉を知らないの?」


 これには光沢も頷き、


「確かに死ねと言われて死ぬ人はいませんね。そんなことになれば、即座に暴れて問題になるでしょう」

「その通り。何もしたくない奴はしなくていい。最低限生きることだけは保証しておいてやる。トラブルを起こされるより飼い殺し状態にしたほうがマシなのよ」

「……お前がいいってなら、別にいい」


 そう話していまいち腑に落ちない感じを見せるものの同意した。


 そうしてこの張り紙を出したとたんに、清掃・医療・食料・雑務担当への応募が殺到し、あっという間に全て埋まってしまった。飢えている状態で食料の配布量が変わるランク制度のインパクトは強かったのかもしれない。


「にしてもりせっちが清掃担当に応募して統括者になるとは思わなかったわよ。このまま適当な地位をでっち上げて生徒会メンバーとしてもよかったのに」

「何もしてないのに梶原君や光沢君みたいな立場って言うのもなんかあれだから。私あんまり頭もよくないし、単純作業の清掃ぐらいしかできることないのさっ」


 理瀬はいの一番に清掃担当として手を挙げ、さらに定員が埋まった時点で清掃担当者全員と話し合いメンバーを統括する責任者にも手を挙げた。統括者は生徒会メンバーとしての地位を得られることになっている。


 募集完了したチームはすでに内部で話し合いを始め、作業計画書を午後の間に沙希に提出することになっていた。


「ですが治安担当チームには二人しかまだ応募してきていませんね」


 光沢はしばらく経ったままで疲れたのか近くの椅子に足を組む。その指摘に沙希は手に持っていたシャーペンをくるくる回しながら、


「大丈夫よ。じきに集まる――ほら」


 そう視線を生徒会室の扉に向けるとそこには八幡が立っていた。その背後には大勢の男女入り混じった生徒たちがいる。


 沙希はさすがだと感心しつつ、


「何人集まった?」

「さっき自主的に応募してきた二人を入れて25人だよ」


 八幡の言葉に沙希は思ったよりも集まったと手を叩く。普段から人望が厚かったことに加え、変質者の学校進入時に真っ先に対応し、敵を叩き出したその決断力と行動力を示し圧倒的な人気を誇った。そんな彼がやろうと声をかければ、危険な治安担当でもこれだけの人が集まる。彼ならば付き添ってもいいと考えるのだろう。


「これでよしっと」


 最初の一歩で元副会長の反乱という憂き目にあったが、それ以降は驚くぐらいに順調に進んでいた。やはり自分の考え方は間違っていない。これなら全てうまくいく。彼女は少しずつ自信を取り戻していた。


 ここで八幡は一人の男子――五分刈りでごつい顔のいかにもスポーツマンな生徒を連れてきた。


「さすがに僕一人だとキツイから副指揮官を置きたいんだけど問題ないかな?」

「内部で作業分担するなら一向に構わないわよ。統括者として生徒会メンバーには加えられないけど」


 そう答えると、スポーツマンな生徒が沙希に握手を求めてきて、


「お前が生徒会長か? 俺は杉内。サッカー部のキャプテンだ。八幡の奴に誘われて危ない仕事っつーのに参加することになったからよろしくな」

「よろしく」


 その手を握る。続けて、


「治安担当チームも他と同じく行動計画書を出して。あと、明日の朝に食料を取りに行かせるからそれについても計画にまとめること。いいわね」

「おいおい明日の朝って無理だろさすがによぉ」


 すぐさま杉内が抗議の声を上げるが、八幡がそれを制止し沙希に近寄ると真剣な表情になり、


「無茶は承知……で言っているんだよねきっと。こっちも仲間の命を預かる身だから軽はずみな判断は出来ないよ」

「やらなきゃみんなそろって餓死するだけよ」


 にべもなく沙希は言う。唐突な作戦立案に腹を立てているのかと思ったが、彼の表情を見てそれは違うと感じた。

 覚悟は出来ているのか? 彼の目線はあくまでも沙希に問いかけている。なぜ自分にそれを問うのか、その辛い覚悟を受けるのは八幡自身や治安担当チームじゃないのかと少し疑問に思う。


 八幡はしばらく沙希を見ていたが、やがて短く嘆息すると、


「わかったよ。どのみちやらなきゃならないのは変わらないからね。ただ条件が一つあるんだけど」

「言ってみて」

「僕を含めて数名でちょっと外に出てもいいかな。敵情視察ってほどでもないけど、外の様子を軽く探りたいし家に戻って必要なものも取りに行きたいんだよね」


 八幡はいつもの幼い口調に戻る。沙希は顎に手を当てて少し考えてから、


「いいわよ。ただ気をつけて。外にいる連中は中学生だからって容赦してくれないわよ」

「それは直接やり合った僕たちが一番わかっているよ」


 そう言い残し、八幡は治安担当チームの輪に戻った。


 さて、とつぶやき――彼女は自分の姿を見下ろしてあることを思いついた。


 制服のブレザーを脱ぎ、近くに置いてあったガムテープを取る。それを両面で貼り付けられるように丸めてブレザーの肩のところの内側に貼り付ける。そして、そのまま袖を通さずに肩の上から掛けて肩の部分をさすりブレザーとワイシャツをガムテープで接着する。ドラマや映画で出てくるヤクザがよくやっている格好だ。


「おっ、なんかいいねぇ。偉そうな雰囲気が出てきたよー」


 そう理瀬が褒めた一方で、梶原は無愛想に、


「格好だけ変えても意味ねぇぞ」

「これで遠くからでも一発であたしだってわかるように出来るわ。特別な立場なんだから身なりで差をつけるってのもアリよ」


 梶原はそれ以上何も言ってこなかった。光沢は楽しそうに苦笑しているだけである。


 さあ新しい生徒会の始動だ。

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