●2日目 06 昼前『手に余る存在』

「…………」

「どうした?」


 沙希は戻ってきた生徒会室の前でドアに手を掛けたまま停止していた。背後では梶原が疑問符を浮かべている。


 つい少し前に出て行って今戻ってきた。大した時間ではないがその間に沙希がやってきたことはあまりに多く、大きかった。それこそ他人から見た沙希の人物像が一変するほどにだ。

この狭い学校の中、すでに理瀬の耳にも彼女がやってきたことの噂は入っているだろう。今会ったらどんな顔をされるだろう。最悪もう生徒会室にいないとかも……


 だがそんなことでグダグダ悩んでいても仕方ない。沙希は意を決し生徒会室の扉を開く。


「おっ、やっほー。おかえりー」


 そこには椅子を逆に座り、いつもの笑顔で手を振る理瀬の姿があった。出て行ったときと変わらない姿に、沙希は思わず安堵の溜息をついてしまいそうになる――がここはこらえて、自分の席についた。その背後に梶原と光沢が護衛のように立つ。


 理瀬はむーと二人を品定めするように目を細め、


「なになに? 新しいお仲間さんかいっ?」

「あたしの――まあ護衛みたいなものよ。出来る人間はこっちに引き入れておいた方がやりやすくなるから。校内を守ってもらっている八幡も話は通してあるわ」

「ほほう、なるほどねー」


 理瀬はうんうんと腕を組んで頷く――が、すぐに疑問符を顔に浮かべて、


「でもさ、頭のいい人を味方にするなら高阪さんも誘った方が良いんじゃないの? あの人勉強やスポーツとかも無茶苦茶凄いじゃん」

「高阪さん?」


 そういえば、この騒動に巻き込まれててんてこ舞いだったため、頭から全くその存在が抜け落ちてしまっていたことに気がつく。


 学力レベルは学校一位、いや県内一位――それどころか全国統一模試一位という噂もある。運動能力も持久走・短距離走、その他運動測定全てパーフェクトで男子ですら歯がたたない。それに加えてそんな優秀さを気取った態度を取ることは全くなく、素行も全く問題なく、面倒見のいい性格で他の女子生徒からも絶大な人気を誇る。さらに、腰までかかる長い黒髪、足腰の柔らかい動作、出るところは出ているスタイル、テレビの女性アイドルグループに放り込んでも通用するほどの整った顔立ち。


 学校始まって以来の才色兼備のパーフェクト美少女、高阪美咲たかさかみさき。沙希が務めていた生徒会長の前任者だ。学校史上初の2年連続生徒会長なので前前任者でもある。


 確かに仲間に入れるならこれ以上ない助っ人にはなるはずだが……


「そもそも、あの人は三年生だし、最初の襲撃の時点で死んでいるんじゃないの? 万一、生き延びてこの学校内に残っているなら、あたしなんかよりみんなで高阪さんを持ち上げているはずよ」


 教師から優等生扱いされているだけの凡人である沙希を責任者として擁立するぐらいなら、名実ともに最強の高阪美咲が生徒会長の椅子に座らされているだろう。しかし、そうなっていないということはすでにこの学校にいないとしか考えられない。


 だが、ここで光沢が口を開き、


「高阪さんって前に生徒会長を務めていた人ですよね? 彼女なら外の奇妙な集団が学校に押しかけてきたあと、一人で学校から出ていくのを見ました。その時はてっきりに逃げ出したのかと思ったんですが、ついさっき戻ってきたのを見かけましたね。ベランダからずっと外を見ていたので間違いありません。何しに行っていたんでしょう?」

「戻ってきた……だと?」


 光沢の情報に反応したのは梶原だった。沙希も驚く。変質者が街中溢れかえっている町に繰り出し、その後戻ってくるなんて普通の中学生には無理だろう。


「その身のこなしは凄かったですよ。降りるときはロープもなしに二階から地面に向かってジャンプし、軽々と奇妙な集団をかわして学校を出て行き、戻ってきたときは誰かが降ろしていたロープを登る――いえあれは駆け上がると言った方が良いでしょう。まるで野生の動物のようでしたね」


 噂通りのバケモンか。光沢の話に沙希は唖然とするしか無い。


 しかし、戻ってきているなら仲間に誘って――


 いやダメだ。正直コントロールする自信がない。生徒会長の役職を引き継いだ時に、発想力・記憶力・柔軟性何をとっても格の違いを感じさせられた。そんな超人をそばにおいていたら、沙希ではなく高阪に頼る流れになるに決まっている。それに、


「高阪さんがこの学校で何かやろうと思っているならとっくに行動を起こしているでしょ。でも今のところその気配はない。やる気がない以上、声はかけないことにするわ。向こうがやりたいと言ってきたら別だけど」


 少なくとも沙希が行動を示し、それに共感を覚えた形で仲間に引き入れる方が望ましいだろう。

 理瀬はその話を聞いて、


「まあ沙希に任せるよ。あんたがやりたいようにやればいいっさ。で、次はどうするんだい? 今度は仲間はずれにしてほしくないかなー」


 その問いに沙希は手元にあった紙にすらすらと自分の構想を書き連ねると。


「次は、これを掲示板に貼って募集する。本格的な秩序を構築するわ」


 他のメンバーにその紙に書かれた内容を見せつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る