●2日目 08 夕方『生徒会会議』

「これから第一回生徒会代表会議を始めます」


 立てこもりが始まってから二日目の夕方。理科室に置いてあった蝋燭が多数灯される中、各チームの統括者を集めての会議が開催された。生徒会長・生徒会長補佐官二名・各担当統括者五名の総勢八名の新生生徒会だ。


 沙希は集まった一同を見回す。その中で一人だけ異様な雰囲気を見せている人物がいた。治安担当責任者である八幡だ。

 外の様子を探ると言って街へと出ていた八幡だったが、この会議が始まる少し前に戻ってきたその姿を見て生徒たちは悲鳴を上げてしまった。出て行く前は多少使い込んで汚れていただけのジャージが血まみれになっていたからだ。何事かと思って沙希が問いかけるが、八幡は一言だけ、


「自分の中の問題を片付けてきただけだよ」


 そう寂しそうな笑みを浮かべるだけ。しかし、その目が少しだけ赤くなっていたことを沙希は見逃さない。


 八幡は自分の家に戻ると言っていた。そこには当然家族――恐らく変質者と化しているはずの――もいるはずだ。八幡はその家族を全て自らの手で殺害したに違いない。ジャージについている大量の返り血を見れば、かなり激しくやったのはすぐにわかった。


 これを見て沙希は彼がどういう人間なのか確信した。普段から言われていた優しく熱血漢な性格ではなく己の正義に殉じる人間であり、それが正しいと信じれば人を――家族の命を奪うことすら躊躇わない。思いやるからこそ、大切に思うからこそ、苦しみから解放してやろうと考え家族にも手をかける。そんな人間なのだ。


 偵察として出て行っていた治安担当数名は全員無傷で、武器や使えそうなものなどを調達していた。特に数km程度の連絡が出来るトランシーバーは今後の作戦で必須のものになりそうだ。さらに小さな駄菓子屋から大量のあめ玉を確保してくるということまでやってのけ、沙希は特例として食料担当チームにそれを全生徒へ配るように指示を出した。これで少しは飢えをしのげるだろう。


 彼らなら困難な任務もこなせる。沙希は確信する。


「各統括者は自分たちの行動計画書を見て。あたしから疑問点や問題点を指摘するからそれを答えつつ修正をお願い」


 沙希は黒板を使いながら、外部の状況と照らし合わせながら行動計画書の問題点を指摘し始める。急造のため次々と穴が出てきてかなり活発な議論が交され始めた。わからないところやまとまりそうにない部分は生徒会長判断として沙希が一方的に決めている。誰かが押し通さないとこういうのは決まらない。


 その途中で清掃担当統括者の理瀬が手を挙げて、


「はいはーい、とりあえず私たちがやるのは校内の掃除とあと生徒たちの服の洗濯ってわかったけど、その他の汚染源の除去ってなんじゃらほい?」

「遺体」

「え?」


 理瀬はきょとんとしてしまう。沙希は構うことなく続けて、


「校舎一階や肯定には変質者の仲間入りしなかった生徒たちの遺体がたくさんあるわ。放置していると伝染病の発生源になりかねないし、景観としても最悪。それらを除去する必要が有る。埋葬するか火葬するかは清掃担当内部で好きに決めて」


 その内容に理瀬は唖然とした後、困ったように頬を掻きながら、


「あ、あははははは……まあそうだよね。放置して置くわけにも行かないから私たちがやるのは当然か。うん、わかったよ」


 そんな理瀬に沙希はごめんりせっちと言いたくなるが強引に飲み込む。ここで一人を特別扱いするようなことを言ってしまえば、全体の士気に関わるからだ。

 そして議論が続く中、沙希は食料担当の行動計画書に目をやりあることを思いつく、


「食料担当。調理が出来る人は何人かいる?」

「あ、はい。家の手伝いとかしていた人がいるので問題ないと思います」

「二階の家庭科室のガスは通っていたので間違ってないわね?」

「それは大丈夫でした。電気は止まっていましたが、ガスは今のところ使えます」


 そう食料担当統括者の女子が答える。沙希は少し考えてから八幡の方を向き、


「明日取ってくる食料はできるだけ調理が必要なものにして。例えば米とかインスタントラーメンみたいなそのままじゃ食べづらいタイプのもの」

「……それはどういう意味なの?」


 八幡の表情が少し硬くなる。どうやら話の流れだけで沙希の言いたいことが伝わったらしい。


「最初に言っておくけど、あたしは治安担当チームを信用していない。いや正確には集団として信用していないんじゃなくて、人間として信用していないと言った方がいいか。明日の作戦では確実に流血沙汰になることを覚悟しているし、成功しても治安担当者の精神的負担は強烈なものになると思う。で、そんな自分の命をかけて手に入れた食料をそれ以外の生徒たちに躊躇無く差し出すか?と言われれば、25人全員が納得することはありえない。いざこざが起きるのは目に見えているわ。それを回避するために手に入れた食料は食料担当チームを通さなければ食べられないようにする。リスクの分散ってところよ」


 沙希の説明に八幡は目を閉じて腕組みして聞いていたが、やがて頷くと、


「わかったよ。僕は彼らを全員信頼しているし、彼らも僕を信頼してくれていると思うからそんなことはありえないと信じているけど、生徒会長みたいに周りがそう思ってくれるとは限らないからね」

「あとの細かい品目はこの会議後に食料担当チームと詰めて」


 沙希の指示に食料担当統括者が頷く。


 その後も活発なやりとりが続くが、一時間ほどの議論で話し合えることは全て煮詰めることが出来た。ちらりと沙希が窓を見ると、外はすっかり暗くなり、雲のない空に大きな半月が浮かんでいる。


 彼女は解散の指示をしようと腰を上げて――


「ちょっといいですか?」


 それを制止したのは背後にずっと立っていた光沢だった。議論に夢中ですっかり梶原共々存在を忘れていたので、予想外のところからの発言に少々驚く。

 そんな沙希にお構いなしに光沢は続ける。


「重要で肝心な事の議論が行われていないと思います。どうやら生徒会長以外の方々はそれが気になっているようですが」

「…………」


 沙希は生徒会メンバーを見回す。どうやら光沢と同意見らしい。そのことには気がついてはいたが、議論する気は最初からなかったため見て見ぬふりをしていた。


 光沢は頷くと、


「そうです。あの人食い変質者は何なのか、誰がこの事態を引き起こしたのか、なぜこの一帯では自分たちだけが正常のままなのか。誰でも知りたいと思うのは当然かと」


 沙希と梶原以外の生徒会メンバーが頷く。この疑問については、前に理瀬と話し合っていたときにはいろいろ推論を立てている。しかし……

 彼女は立ち上がり、


「……そうよね。誰が自分たちをこんな目に遭わせたのか知りたいってのは確かにあるわ。じゃあ今から一つの推測を言わせてもらう。もちろん大した根拠も証拠もないからただの与太話として聞いて」


 一呼吸置き考えを整理し、


「まずニュースで政府の発表では何らかの伝染病が発生し、それに感染するとあんな変質者になってしまう可能性を示唆し、私達のいるT県は全て封鎖措置が執られた。でも、そうなら教師たちも変質者化したのになぜここの生徒たちだけはならなかったのか。伝染病ならとっくに全滅していてもおかしくないはず」

「――つまり僕たちだけ、何らかの理由で感染しなかったってことだね」


 割り込んできたのは八幡だ。沙希はそれに頷くと、


「教師たちが感染し、あたしたちが感染しない。この両者の差はどこなのか」

「……そういえば確かに先生たちはみんな変質者みたいになっていたんだよね。違いってなんかあったっけ?」


 理瀬が?を浮かべる。

 沙希の脇に立っていた光沢はしばらく思案顔だったがやがて答えにたどり着き、


「給食……ですか」


 沙希は強めに頷くと、


「その通り。昼に食べた給食に何かが仕込まれていた可能性がある。感染しないようにするためのワクチンとかね」


 その推測に何人かが驚きの声を上げる。給食に変質者になることを防ぐ何かが仕込まれていた。つまり意図的に自分たちは生き残らされたということであり、驚いて当然だ。


 光沢がいつもの胡散臭い笑みを浮かべながら、


「そう考えるのが妥当でしょう。凶暴な変質者達が取り囲んでいる学校……この状況を演出した者がいるのは確かです。電気や電話は通じていませんが、生きるために必須条件である水道が生きているのも作為を感じざるを得ません」


 生徒会室の中に更に動揺が広がる。広いT県に正体不明のウィルスをばら撒き、自分たちをここに閉じ込めるということをやってのけられる存在。それがどれほど巨大で強大なものかイメージするのは容易だ。


 沙希はしばらくざわめく生徒会メンバーを見回した後、


「その通り――だけどそんなことを考えて何の意味があるのか」


 この問題について自らの方針を語り出す。


「元副会長が言っていたけど、あたしたちはまだ中学生。本当にこれが仕組まれたことならとてつもなく大きな組織とかが絡んでいるのは間違いないわけで、とても立ち向かえる相手じゃない。例え明確な敵が判明したとしても生きるだけで精一杯なのに戦うなんて絶対無理だわ。今はただこの学校で助けが来るまで生き延びることだけに集中すべきなのよ。その敵と戦うのは安全なところに逃げてからでも遅くない」


 力強い口調で語る沙希に、最初は釈然としなかった生徒会メンバーも次第に頷き始める。いるのかもわからない敵と戦ったところで何もならない。手のひらで踊るのは癪に障るが、今は生きることだけ考える。それが沙希の進むべき道だ。


「それでいいのか?」


 背後から梶原が声をかけてくる。沙希は視線だけ彼の方に向けると、


「余計なことに頭を働かせている余裕なんて無いわ。今は生きることを最優先。他のメンバーもいいわね。この件に対する追求は今後一切禁止よ」


 生徒会メンバーは反論もなく頷いた。

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