●10日目 05 夕方『白いメシを食おう4』

 というわけで今度は騒音対策をしなければならない。というわけで校舎一階の空き部屋で発電機を回すことにした。正直ガソリンを使う機械を校内で動かしたくはなかったのだが、現状ではこうするしかない。

 

 ふたたび発電機のスイッチを入れるとブイーンと派手な音を鳴らし始めた。今度は部屋の壁に遮られて、外には大した音がもれない。外で待機していた八幡もフェンス越しに外の変質者たちを確認していたが、特に問題ないと手を振っていた。


 しかし――


「……うぷっ」


 沙希が咳き込んだのと同時に、全員すぐさま部屋から飛び出した。理由は簡単。発電機から出てきている煙が部屋内に充満して息が詰まったからだ。


「……死ぬかと思った」

「この中でごはんを炊くのはちょっと勘弁して欲しいよぅ……」

 

 栗松が困惑顔で嘆いている。確かに食料担当が窒息するだけじゃなく、こんな有毒ガスっぽいものが充満したところで炊いたご飯なんぞ何が混じっているかわかったもんじゃない。


 ここで口を抑えて教室の中に入った光沢が発電機を停止させた。梶原もついていって窓を開けて換気する。

 

 光沢は窓と発電機を交互に眺め、


「排気用のダクトを作ったらどうでしょう? ダンボールで簡易的な物を作れば……」

「熱がこもってやべえんじゃないのか?」

「ああそれは確かに」

 

 光沢と梶原があーでもないこーでもないと話している。


 沙希は教室の中を見回して、


「発電機から電源コードを伸ばして教室外に炊飯器を置くか?」

「取説を読む限りあまりコードを長くすると電力供給が下がると書いてありますね」


 取説を見ると光沢の言うとおり電源コードはできるだけ短くしましょうとか書かれていた。


「ああもうっあれをやればこれが引っかかるの繰り返しじゃない」


 だんだんイライラしてくる沙希。光沢はまあまあといつものスマイルを浮かべている。


 発電機だけ部屋の中に入れて最低限の換気をしてなおかつ電源コードを短くするためにあまり離れない方法。沙希はうーんとうなり続けるが思いつかない。


 ふと梶原が教室の壁をどんどんとたたき始めた。隣も今のところ使ってない空き部屋になっている。


「壁に穴を開けたらどうだ? そこから電源コードを通して隣の部屋の炊飯器を於けば煙は来ないだろ」

「ナイス!」


 このアイディアに沙希は思わず指を鳴らしてしまった。


 というわけで雑務担当を呼び出してハンマーなどを使って壁に小さな穴を開けさせた。そこから電源コードを通して隣の部屋に炊飯器を置く。


 ここまで長かったがようやく準備ができた。発電機に繋いだ炊飯器全てにスイッチを入れる。

 今度こそうまくいく。そう思った矢先だった。突然炊飯器が全て停止してしまったのだ。


 沙希は慌てて発電機がぶっ壊れたのかと隣の部屋に駆け込んだ。しかし、今まで通りやかましい騒音と汚い煙を出しているだけだった。


 光沢は炊飯器の取説を読みながらふとつぶやく。


「もしかして電力が足りないのでは?」


 沙希は即座に取説を受け取り、スペックのところを見てみる。

 そこにあったのは最大消費電力1400Wの文字。


「炊飯器ってこんなに電気食うのか……」


 またまた唖然としてしまった。そういえばクーラーとか電子レンジは消費電力が大きいからブレーカーが落ちるなんてきいたことがあったが、炊飯器のなんて意識したことがなかった。食料担当の栗松も驚いている。


「どうしよう、これだと複数同時に使えないし、一つずつ炊いていって配給の時間とか合わせられるかな……」


 一方の沙希は地団駄を踏んでしまう。


「ああもう、なんで炊飯器のスイッチを入れるだけでこんなにうまくいかないのよ。こんなことに巻き込まれる前だったら適当に米を研いでピッで終わったのに、鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい」


 ここにきて自分たちが中学生であることをひどく思いされている。知識も経験も圧倒的に足りてない。大人が一人いればこんな試行錯誤に苦しむことはなかっただろう。


 だが光沢はあくまでも冷静に取説を読んでいた。なにやら栗松と話した後に再び炊飯器にスイッチを入れる。さっきとは違い一台だけだ。

 それからしばらくして炊飯器がぐつぐつと音を鳴らし、いい匂いを出し始める。それを見計らってもう一台の炊飯器にスイッチを入れる。

 再び時間が経ち、今度は2台目がグツグツと音を鳴らし始めた。さっきと違い普通に動いている。


 梶原が取説を覗き込み、


「何をやったんだ?」

「いえ、最大消費電力が高いのなら常時それが続くわけがないと思いまして。ならば一番電力が掛かるであろうタイミングをずらしてみてはどうだろうかと」


 冷静な判断に感心する沙希だったが、光沢は苦笑いを浮かべて、


「取説を読んだだけですよ」


 そう肩をすくめた。

 この落ち着いていつも変わらないペース。光沢を味方につけておいてよかったと今ほど思ったことはない。


 ……梶原が隣でなにやらピリピリしている気がするが見なかったことにしよう。


 

 それからしらばくして炊き上がった御飯を使い、栗松がおにぎりを握ってくれた。中身は何もない塩を振りかけただけのものだったが、たどり着くまで苦労したのがスパイスになっているのだろう。正直泣けるほどうまかった。


 同時に食料担当責任者の栗松の腕は相当で手慣れた作業であっという間に大量のおにぎりを作り上げる。


「家が惣菜屋やっていたから、こういうのはできる……んだよ」


 家族のことを思い出したのだろう。思わず栗松の言葉が詰まる。沙希は肩をたたいて慰めてやった。



 その日はせっかくだったので米デーとしてランク関係なく生徒全員におにぎりが振る舞われた。インスタントラーメンに飽き飽きしていたのだろう、生徒たちはみんな久々の米を笑顔で頬張っていた。

 沙希も当分の食糧問題が解決し、ほっと胸をなでおろす。


「栗松と八幡サマサマだわ。あの二人がいなければどうなったことやら」

「お前のおかげだよ。トップがしっかりしているからあの二人の力を引き出せている」


 珍しく褒められたので沙希は首を傾げ、


「そうかな?」

「そうだよ」


 梶原の言葉に濁りはなかった。

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