●11日目 01 昼『積もる問題』

「冷たい……」


 シャワーから出てくる冷水を被ると頭痛がしてくる。アイスとか一気に食ったのと同じ感覚だ。

 沙希は3日ぶりにシャワーをあびていた。この中学校は数年前にシャワー室が設置されていたので、学校の全敷地を変質者から奪還して以降、生徒たちはここを使って日頃たまる垢を流し落としていた。だが、ガスが止まっているので出てくるのは冷たい水だけだ。秋で気温が下がりつつある中、これを浴び続けるのはかなり辛い。


 緊急時なんだから我慢しろという思いはあったが、一方で政府の動きが鈍く長期戦も考えなければならなくなったため、清潔を維持するのが重要と思い直している。万一不潔のままにしたせいで伝染病が発生したらあっという間に学校内に広まって秩序が崩壊するだろう。


 身体が冷えてたまらないので沙希はさっさと身体を洗い終えてタオルで身体を拭いた後にいつもの制服に着替える。ふとその匂いを嗅いでみると結構汗臭い。清掃担当の理瀬からもすでに話が出ていたが、今度は服の洗濯についても考えなければならない時期が来ている。


「まいったなぁ……」


 立てこもりが長引けば長引くほど、先送りにしていた問題が浮上し始める。それは秩序に対する負担の増大につながり、やがて生徒たちだけでは対応しきれなくなるはずだ。早いところの救出を望むところだが今のところ気配はない。


 部室棟から出ると、外で待機していた梶原がそばに立った。相変わらず無言で忠実である。同時に女子生徒たち数人が代わりに部室棟に入っていった。今は女子のシャワー時間なので列ができている。数人同時にシャワーが使えるので遠慮せずに沙希と一緒に使えばよかったはずだが、遠慮していたのだろう。


 梶原を従えてそのまま生徒会室に戻る。


「戻った」

「おかえり……ってなにその髪ー」


 理瀬は沙希の頭を指してケラケラ笑い始めた。生徒会室に置いてある鏡を覗くと髪がボサボサになっている。タオルで乱雑に拭いたせいだ。ファッションに対して興味がなかった沙希だったので別にこのままでいいと思ったが、


「ほら座って。整えてあげるから」


 どこからか持ち出したヘアブラシをプラプラさせている。断ろうと思ったが、まあいいかとそのまま生徒会長席に座って理瀬の好意を受け取った。


「生徒を代表しているんだから身だしなみはしっかりしないと威厳にかけちゃうよー?」

「見た目で判断されるだけじゃ、この状況を生き残れないわよ」


 じっとヘアセットを受けていた沙希だったが、梶原が何やら思い出したように、


「でもこいつ前に顔と頭に泥を塗って未開の原始人だとか言ってたぞ。俺もやらされた」

「やめて頼むから」


 いつもなら上履きをぶつけているところだが今は理瀬の邪魔をしないように耐えることにした。


「よしできた! お客さんこれでいかがです?」


 理瀬が床屋の真似っぽいことをして鏡を差し出してきた。沙希はしばらく確認してきれいに整っているのを確認する。


 ふとここで時計が目に止まった。ニュースの時間になっていたので、ラジオのスイッチを入れる。


『政府は現在も被災者救出のための準備を進めていると答えていますが、与党の一部議員の間では暴動を起こしている人々への対処方法によっては造反もじさないという動きが起きており、具体的な準備が進んでいるようには見られません。特にT県に関わっている議員の大半は武力行使に反発しており、平和的解決を求めている野党と超党派を結成し、裁判も辞さないという強硬論も浮上しています。一方で救出には自衛隊の投入が考えられますが、万一隊員が襲われた場合での正当防衛の基準や武器の使用について曖昧で、適切に身を守ることが許されない恐れがあると防衛省に近い議員も反発しており、未だT県大暴動に対する情勢は混迷が続いており――』


「今日も外は延々議論続き。いつ助けが来るのやら」


 沙希は愚痴りながら、ちらりと窓の外を眺めた。しばらく快晴続きだったが、昼過ぎからどんよりとした分厚い雲が広がり始めていた。ラジオの天気予報では今日の夜から朝にかけて雷を伴った嵐が来ると報じられている。


 広がっていく黒雲を見ながら、何かいやな予感が感じていた。

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