●12日目 03 夜中『絶対に離れない』

 すっかり雨が止み、月明かりが照らす中庭で、放置されていたコンクリートブロックに沙希は座っていた。その身体は血と泥にまみれている。理瀬を「起き上がらないようにした」後、遺体をビニールシートに包み、中庭に埋葬したのだ。


 周囲には梶原一人しかいない。今はそっとしておくべきという八幡の言葉に従って沙希一人でやることになったが、梶原だけは彼女のそばを離れようとしなかった。


 沙希は座ったままうつむき、かれこれ数十分は身じろぎ一つすらしない。もはや後悔や悲しみすら超えた失意が彼女に覆い尽くしていた。だが、それは理瀬を失ったことに対するものだけではない。


 しばらくして沙希は少しずつ果てが微かに青くなりつつある夜空を見上げ、


「ねえ何人死んだか知っている?」

「…………」


 梶原は何も答えない。


「最初の襲撃で五十八人、最初の食糧確保で六人、そして今日一人。併せて六十五人よ。信じられない数よね。その全員の命を抱えてあたしは次に進んで行かなきゃならない。今日死んだりせっちは六十五人の一人。たったの一人。%に直せば一.五%ぐらい。それなのに――」


 沙希は再び目を伏せると、


「バカかあたしは」


 そうぽつりとこぼした。そんな彼女に梶原は詰め寄り、


「当たり前じゃねえか。ずっと付き添っていた相手なら特別視するに決まっているじゃねぇか。お前は何も間違ってないっ」


 静かな校舎の壁に彼の叫び声がこだました。それは電気を失った真っ暗な街並みに拡散して消えていく。


 沙希は軽く首を振って、


「でもそれじゃダメなのよ。それじゃもう無理」


 そう答えるとすっと立ち上がり、


「よくさ、死を乗り越えて先に進むっていうフレーズあるじゃない。あたしもそうしよう、そうなれるようにがんばろうと思ったけど、やめることにする。そんなのただの言い訳で逃げだってわかった。だから――だからここで死んだ人間全ての命をあたしはずっと背負うわ。あたしの命がつきるまでずっと。それでいい」


 そう独り言のように言いながら梶原のそばを通り、生徒会室へ戻ろうとする。が、そこで方に手がかけられ、


「あらかじめ言っておくぞ。俺はこの先どんな状況になってもお前から絶対に離れないからな。もう二年前みたいに気がついたらいなくなっていたみたいなのは絶対にゴメンだ。食らいついてはなさねぇから覚悟しろ」


 梶原の言葉に沙希は立ち止まり、少しわざとらしくくしゃみをしてから、


「全く、月明かりのせいで――」


 止まらない涙を流し続けた。

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