●32日目 02 午後『最後の戦い2』

 猛烈な勢いで学校周囲が火に包まれた。真っ黒い煙が立ちこめ、周囲の視界が悪くなっている。


 火炎壁作戦は順調に推移し、周囲の建物につけられた火のおかげで変質者の大群は学校に近寄れない。ただ元々火炎壁の内側にいた変質者たちが次々と学校に押し寄せているため、治安担当チームが必死の抵抗を続けていた。向こうもかなり必死なようでお互いを踏みつけてその上を登ってフェンスを越えようとしている。


 戦いは熾烈を極めたが、突破されず、軽傷程度のけが人は出ても犠牲者は出ていない。八幡の指導力には心底感心するほかない。


 一方で来るはずの助けが未だに来ない。すでに発表から半日以上が経ち、じりじりと日が傾きつつあり、夜間になればろくな明かりもないため戦うのは困難になってしまう。火炎壁も少しずつ収まり始めたため夜を越すのは無理だ。


 何度も政府側にどうなっているのかと確認していたが、向こうはもうすぐだとしか言ってこない。向こうもかなりせっぱ詰まっているのか現場の動きを把握し切れていないようだった。


「見てください!」


 珍しく光沢が語気を強めた光沢の声に沙希が振り返ると、火炎壁の一角になっていた民家が倒壊し、その日の中を変質者たちが火だるまになりながら進んできた。


「まずい……八幡、東側から大群が来るわよ!」

『こっちも見ているよ! 人を回して入ってきたら対処するから大丈夫!』

「おい北側の裏庭にも侵入されるぞ! 下の連中は何やってんだ!」


 梶原の叫び声に振り向くと、一人の変質者がちょうど治安担当がいない時を狙ってフェンスを乗り越えてようとしていた。だが、すんでの所で気がついた男子生徒数人がそいつをフェンスから叩き落として事なきを得る。


 だが変質者たちの猛攻は止まらない。ここで略奪者たちが動き出す。


 突然激しい自動車のクラクション音が鳴り響いた。すると校門前の道に群がっていた変質者たちがゆっくりと海を割るように道を開けていく。


 その向こう側にいたもの――それはトラックだった。エンジンを吹かして今にも校門めがけて突入してくる。略奪者による特攻だ。


「――まずいっ!」


 沙希の叫びと同時に校門にトラックが衝突し轟音とともに破壊される。時を同じくして学校の校庭側からも激しい衝突音が響く。そちらに振り返ると、同じように軽トラックが突っ込んでフェンスと防砂防球ネットが破られていた。ただ空いた穴にすっぽりと車体が詰まっていたため変質者たちはまだ入って来られなさそうだった。仮に入ってこられてもあそこには堀があるので対処はできる。


 問題は校門だ。周辺には多数の変質者たちがいたため、一気に学校の中に流れ込んできた。


「八幡、校門からの入ってくる連中を押さえ込まないと!」

『わかっているよ! あれを使う!』


 そう言うと地上で数人の治安担当チームが大型のガスボンベを抱えてきた。もしも大量に入り込んできた場合に爆弾として使う切り札だ。


 しかし、ここで邪魔が入る。トラックから降りてきた略奪者が電動ガンを撃って妨害し始めたのだ。このため治安担当の生徒たちは上手く点火できない。


 そして、もたもたしている間に変質者たちの大群に囲まれてしまった。これで点火すれば自分たちも巻き込んでしまう。


 そこに八幡が走って現れ手にしていたボウガンを発射した。それは電動ガンを乱射していた略奪者の右肩に当たる。


 略奪者は痛みを受けている感じはなかったが、不利だと判断したのか電動ガンを撃つのを止めて変質者の群れの中に消えていった。その後は怒涛の勢いで変質者が学校内に流れ込んでくる。


 八幡はすぐに消火器を振りまきながら変質者の群れに突っ込み、空いた隙間から取り残されていた治安担当の生徒を次々と助け出していった。しかし、今度は八幡一人だけが取り残されてしまっている。どんどん増えていく変質者たちに周りももう助けることが出来ないようだった。


 それでも八幡は諦める素振りを見せず変質者を蹴飛ばしたり消化器で追い払ったりして抵抗していた。だが、多勢に無勢すぎて、このままでは喰われてしまうのは間違いない。


「俺が行ってくる」


 そう言い放ったのは学生服の上着を脱いだ梶原だった。沙希はきっと彼を睨み付けて、


「あたしのケツにずっとついてくるって約束したわよね」

「ああ」

「万一約束破ったらあの世でぶっ飛ばすから覚悟しておきなさいよ」


 ふっと笑みを浮かべると、全速力で屋上から駆け下りていった。八幡は必死に中身のつきた消火器を振り回し、近づけまいと抵抗を続けている。

 そこに校舎から飛び出してきた梶原が変質者たちの包囲網に体当たりをかまして中にねじ込んだ。


「梶原お願い……!」


 祈るような気分でその様子を見つめることしかできない自分にいらだつ沙希。


 やがて何を思ったのか、ボンベに火をつけようとするのが見えて自爆する気かと沙希の血の気が引いた。すぐにボンベは爆発する前に猛烈な勢いで火を吹き始める。その勢いで変質者たちの輪の一部が崩れ落ち、八幡を抱えて梶原はそこから突破した。


 ――その刹那、ボンベが大爆発を起こして校門周辺にいた変質者が一気に消し飛ぶ。


 衝撃波に周囲に拡がり屋上にいた沙希も床に伏せてしまうが、すぐに立ち上がり二人の姿を探した。しばらく見つからずに肝を冷やしたが、校門近くに掘ってあった堀から出てきた二人を見てほっと胸をなで下ろした。変質者を落とすつもりで作っていたものが逆に救うために役に立つとはとんだラッキーだ。


 しかし、門が開け放しになっていることには変わりがないため、そこからどんどん変質者が侵入してくる。さらに火炎壁も新たに三箇所が崩壊してますます変質者たち本隊が学校めがけて押し寄せていた。北側に突っ込んだ軽トラックの屋根を登って侵入してきている者達も確認されている。もうもたない状況になってきていた。


 体育館内に閉じこもるべきか。だが、この大群を体育館や防火シャッターで抑えきれるのか? それに閉じこもってしまえば救出がきても、脱出が難しくなる。


 だが、その前に皆殺しにされてしまっては何の意味もない。


「どうする……っ!?」


 沙希は唇を噛み、決断を迫られたときだった。


 突如として猛烈な突風と回転音が辺りに響き渡たる。上空を見上げると小型のヘリ数機が学校上空に飛来したのだ。さらに大型のヘリ三機もほどなくして姿を現す。さらに近くの路上を通ってたくさんの軍隊と思われる車列がこちらに向かっていた。


 救助がついにきたのだ。電話でも確認を取ってこれが救出しに来た人たちだと確証を得た。


 沙希は屋上や校内にいた生徒にすぐに外に出るように指示を飛ばして、自らも階段を降りて玄関に向かう。


 その間に大型のヘリは次々と校庭に着陸を始めていた。車列も変質者たちをはねとばし校門から入ってきた。体育館にいた生徒たちも次々と校庭へと降りてヘリの元に向かい始めた。


 沙希は車列から出てきた救助隊のリーダーと握手してから、どうすればいいのか尋ねると人数を尋ねてきた。二百人と答えると連絡ミスで人数が把握し切れていなかったらしく、ヘリは収容オーバーなため一部の生徒たちは車列に乗って脱出することになった。


 押し寄せる変質者たちが止まる気配がないためついに発砲による撃退が始まる中、沙希はすぐに各担当の責任者たちを集めて、


「いい!? これが最後の仕事よ。この名簿の通りに全員いるかちゃんとチェック。あとあたしと治安担当チームは車両に乗って脱出するわ。絶対に一人も残さないで! 行って!」


 学校にいた生徒たちの一覧を手渡すと、全員散っていった。ふと、梶原に肩を借りながら歩く八幡の姿があった。そこに駆け寄って肩の辺りから血を流していることに気がつく。


「まさかその傷……!」

「大丈夫。これは転んで切っただけだから」


 誤解しないでと笑みを浮かべるものの傷が深いのかすぐにまた苦悶を浮かべる八幡。沙希はほっとしつつ上着の一部を破り止血処置を施してから、


「ここまでよくやってくれた。あとはあたしがやる。だからあんたはヘリに乗って一足先に脱出しなさい。救助隊もいるし大丈夫よ」


 沙希はパンパンと怪我をしていない方の肩を叩いて激励する。ふと、ここで八幡は思い出したように、彼女の耳元に口を寄せ、


「生徒会長。頼みがあるんだ」


 あることを告げた。それを聞かされた沙希は少し驚きながら、


「ったく、追求は禁止といっておいたはずだけど?」

「生徒会長は何もかも背負うつもりだったみたいだけど、さすがにそれは気が引けるからね。それさえあれば――」

「責任は全部そいつらに押し付けられるかもしれない……か」


 八幡の機転の効きぶり感心を超えて呆れ返ってしまう。


「まあ正直、生徒会長は図太いからなんとかなるかなーとか思っていたんだけど、副会長の高阪さんを見て絶対に持っていかなきゃダメだと思ったんだよ」

「ったく、図太くて悪かったわね」


 ジト目で愚痴る沙希に、脱出の開放感からか、八幡は今までとは違う軽い笑みを浮かべる。そして、沙希の手を握り、


「高阪さんのこと頼む。あの人を救ってあげられるのは、同じ物を背負っているもうあなただけだ。頼む」

「……わかってる。絶対に連れていくから安心して」


 その頼みを受け入れて頷く。そして、近くにいた生徒たちに担がせてヘリに向かわせた。


 沙希はすぐさま校舎の階段を駆け上がった。すでに生徒の大半は校舎の外に出ていたので無人になっている廊下を疾走する。


 そして、生徒会室に駆け込むと、八幡が私物置き場として使っていたロッカーから「それ」を取り出した。


「おい、いきなりどうしたんだよ」


 背後に追いかけてきた梶原が息を切らせている。沙希は「それ」をバッグに詰めると、


「あたしが背負っていた責任を全部別のところに押し付けられる魔法のアイテムよ」


 そう言ってまた走りはじめた。目的地は高阪のいる部室棟だ、

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